第15話 後片付け
「Aブロック閉鎖、制圧済みの区画を順次開放せよ」
アストラ内部は切迫している。オルヘイトによる魔物の大群が群雄割拠し、もはやそこが新たなダンジョンのようになっている。
「影宮さん、404の到着を待った方がいいぜ?」
「ガーベラさん…でしたっけ?それが手っ取り早いのは理解していますが、最善ではないのです。まだ取り残された人達が…」
「ゴホッ…!失礼、私もガーベラに賛成だ。向こうは片付いたと連絡が来た。この状況は404が最も上手く立ち回れる」
フェリシーが咳き込み、息を切らしながらそう話す。オルヘイトを逃した後、魔物の大群を退けながら警備室に向かい、建物の一部区画を封鎖したのだ。
「ですが…」
「通常の兵器は役に立たん。なんで俺ら以外の公的機関がダンジョンに関わらないか分かるか?それはダンジョンがどこの国の領地にも属さない文字通りの無法地帯だからだ。だから国は協会にダンジョン関連のことは全部丸投げにした。そのせいで自衛隊やら警察やらには祝福儀礼の兵器が無い。ダンジョンから出てくる魔物にすら対処できない」
「それは承知しています。アストラはその現状を問題視して一般人でも神秘を扱えるように…」
「そこは問題じゃない。本当に問題なのは防衛戦ができるのは404くらいだってことだ。他の連中は戦闘はできても戦略単位での動きはできない。今ここで下手に動いて損害を出すよりは、待った方がいい」
かく言うガーベラも、一応は派遣されて来た身だ。そもそも、外部から救援に来られた時点で奇跡にも等しい。扉の前に家具を置き、バリケードを作って防衛戦を繰り広げられているのも、彼らのおかげだ。
「…冷静ですね」
「ああ、なんて言ったって、404の隊長は…アイツだからな」
「ウチを信用してくれ、影宮さん。少なくとも…1人は今すぐ来れる。だろう?アイビー」
「え…?」
空間を裂き、異次元から現れる少女…ジンの妹を自称する氷雨紗夜だ。
「派手な登場じゃえねえか。待ってたぜ」
「状況は把握しています。ここからは反撃の時間、それでよろしいのでしょう?フェリシー」
「ああ、だが被害は抑えろ。ここは民間企業に過ぎないということを忘れるな」
「了解」
神出鬼没とは彼女のこと。吸い込まれるように異空間に消えていくのだから、見慣れない者にとってはやはり奇妙なものだ。
「本当、仕事人って感じだな」
「そうでもない。…影宮さん、正面玄関を開放してくれ」
「え…?でもそこは…」
「外に溢れた魔物なら別部隊でも対応可能だ。分担した方がいい」
「分かりました。…本当、頼りになる人ですね」
……………………………………………………
「目標地点まで残り三分。装備の点検はオッケー?」
空を飛ぶ黒い武装ヘリ。本来はマーガレットの操る無人機だが、今は紗夜以外の隊員を乗せて運行している。
「相変わらず弾薬の少ないこと…次のミッションはこうならないといいが…」
「狙撃手も難儀ですね。私と一緒に来ますか?『キャリー』してあげますよ」
ルナリアはいたって真剣な顔だが、そこには微かな安堵と郷愁のようなものを感じる。オルヘイトを討伐…いや、撃退してから休む間もなくアストラ本社に現れた魔物を掃討することになった。彼女もきっと泣き疲れているだろう、目の頭が赤くなっている。
「隊長だぜ?俺」
「私も子どもじゃないんですから、大切な人には呑気に、楽に過ごしてほしいと思うんですよ」
「大げさな…それに、まだまだガキだよ。俺もお前も…皆な」
大人の理屈は分からない。ダンジョン探索のために何故人造人間が必要なのかも、なぜああも人の心を殺さなければできないような実験が行えるのかも。分かりたくもない。だから俺は一生大人になれないだろう。…などと考えてもみるが、未だに満足する答えはない。
「家族に幸せになってほしいことはおかしいことですか?」
「いいや、全くもって。お前らが幸せなら俺はそれでいい」
「ならどうして逃げたりしたのですか?」
またそれか…まぁ今となっては俺が悪いのは火を見るより明らかだ。
「色々理由はあるけどな…まぁ、お前らがこんな危険な仕事から手を引くのを考えてくれたらなってのもあった。実際、俺がいない間は任務を受けてなかったんだろ?それと、もし俺が死んだ時に、お前達には俺が居ない生活にも慣れてほしかった」
今思えば酷い後付けな理由だが、もし今逃げるとしたらそれが理由になるだろう。だからなんだという話ではあるが。
「隊長が居ない生活?考えたくも無いです。…それを現実にした罪、しっぽり償ってもらいますからね」
「しっかり、の聞き間違いだと助かるんだがな…」
そういう部分は成長してほしくなかったな…純粋無垢だった頃にもどってほしいものだ。
「目標地点に到達ーっと。着陸するからどこか掴まっててねー」
アストラ本社…ゲームの会社ということでビルのようなものだと思っていたが、外見は病院や研究所に近い。だがどこか異様な雰囲気を感じる。これはやはり魔物由来のものか。
「到着〜。酔ってない?」
「問題ない。…さて、行動開始だ。フェリシーからもらった…そうそうVice-94。あれ今どこにあるんだろうなぁ…結構気に入ったんだが…フェリシーが回収してたりしないかな」
残弾を気にしなくていいのは革新的だ。それに狙撃銃よりも取り回しが良く、拳銃よりも安心感がある。突撃銃とはなんと頼もしいものか。失って気付くものもあるのだな。
「隊長にはレールガンと対物ライフルがあるでしょー?ほら、早く体固定した方がいいよ」
ヘリから降りるルナリアとリコ&ニコを見送り、再び飛び立つ。俺はここから外周を飛び回って援護だ。そのためにロープを繋ぎ、開かれた扉から対物ライフルを覗かせる。
「準備完了、優しく運転してくれよ?」
「やーだ♡」
運転…とは言ったが結局マーガレットは兵器を脳でコントロールできるため免許も持っていない。それでもベテランパイロットもびっくりな操縦技術なのだから、研究の価値はあったのだろう。
「…今思ったんだが、研究所の地下にあった馬鹿でかい奴って…」
「ああ、ドーラのこと?あれねー、一回試そうとしたらしいんだけど、その時はマウスですらギリギリだったから断念したらしいよ〜」
今なら動かせるのだろうか。どうやって地上に持ってくるのかと思ったが、今なら大穴が空いているのでいけるかもしれない。アレが使えれば、今後ダンジョンから出た魔物との防衛戦も大幅に楽になるだろう。
「今ならいけるのか?」
会話をしながら、窓から見えた敵に片っ端から弾丸をぶち込む。民間企業なのでなるべく被害は抑えろと言われているが、窓と周辺の壁くらいなら許してくれるだろう。…許してくれるよな?いや許してくれ。
「うーん、ちょっと疲れるかなー。できなくはないと思うけど。まぁ隊長がご褒美にキスしてくれるなら?ちょっとだけ本気出してあげてもいいかなー?」
客観的に見れば安い取引なのかもしれないが、俺は嫌だ。
「なら封印したままでいい。どうせダンジョンには持っていけないだろ」
「まぁね〜。弾の製造もしてないし、1人で動かすのも大変」
「いつも思うんだが、脳で操るって言ったってどうやってんの?」
一匹、また一匹と確実に仕留める。無くなったらヘリの機関銃に頼るしかないため、慎重に狙撃を行う。
「それは秘密。隊長だって、どうやったら何もないところからレールガンが出てくるの?」
「それは俺にも分からん。フェリシーですら完全な究明は諦めたんだ」
こちらの方面はもう掃討しただろうか。マーガレットにサインを送って移動してもらう。
「その命中率もどうかと思うけど」
「俺よりトネリコの方が1%高いぞ」
「99と100の違いー?変わんないってー」
「ゲームだと結構変わるらしい」
「ゲームねぇ…そういや隊長の固有の能力って何なの?レールガンじゃないよね?フェリシーが作ったやつだし。私たちに一回も見せてくれなかったよねー」
そういえば彼女達には見せていなかった。ほとんど改造された肉体とレールガンで解決していたから、使う機会は無かったのだ。だが使わない理由は別にある。
「とある約束でな。使わないようにしてるんだ。この秘密は墓まで持ってくからな」
「同じ墓に入るからその時に聞くね〜」
「恐ろしいこと言うぜ…」
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