第14話 夜を越えて

「自ら一方通行の場所に逃げ込むとは。脳の回転が追いつかなかったかな?」


オルヘイトが廃棄倉庫に足を踏み入れる。広いが暗く、光の差し込まない空間。


「…なんだ…?」


そこに鎮座する黒く巨大な砲身…人がすっぽりと入ってしまいそうな程の、驚異的な口径…


身構える間も無く、その超大口径が火を吹いた。周囲一帯が硝煙と爆音に包まれ、金属の塊が落ちる音が響く。廃棄倉庫の入り口を原型を留めないほどに破壊し、廊下を貫通、全てを破壊し尽くす。


「…けほっ…まったく、そういえばこんなものもあったな。…80cm列車砲ドーラ…試験運転すら行っていなかったが、弾は入ってるのか。いや、一発だけだろう。となると…」


なんと、生きている。あの砲撃を直に喰らって、まだ生きている。恐ろしいなどというものではない。


「もう撃てまい。ダンジョンからの魔物を想定した防衛兵器の予定だったが政府から許可を得られなかった試作機だからな。確か一発も撃たずに倉庫に送ったが…管理の杜撰さが響いたか…」


「おいおい生きてんのかよ、キモっ…」


だがバリアは剥がした。それに、本命はこれじゃない。


「お出ましか。潔いな」


「撃ち尽くしたらただの棺桶なんでな。碌に移動もできん。…防御は剥がした。さて、やり合おうかクソババア」


「ほう…少し躾けてやろうかな」


時間は稼いだ。神秘の練り直しはある程度終わっている。ここからはただひたすら持久戦あるのみだ。


「やはり分からない。どうして私の愛を拒む?いやそれ以前に、彼女達の愛すら拒もうとするのはなぜだ?」


レールガンの出力は最小限に抑える。装填されている弾数はそう多くないが、鎖を撃ち落とすことだけ意識していれば問題ない。


「…答えてはくれないか。まぁ知っていたさ」


「逆にお前らが俺に執着する理由も無いだろ。傑作とやらを新しく作ればいい」


「…ブランド品を買う若者は機能面だけを見ているだろうか。いいやそれはない。物の価値はそれが持つ本来の価値よりも誇張される。君も同じだ」


「人扱いしたかと思ったらモノ扱いかよ?随分と都合がいいなッ!」


蹴りが命中する。やはりあの砲撃に効果はあった。


「詭弁は得意なのでね!」


蹴りに使った足を掴み、投げ飛ばされる。怪力系の能力か。本当に多芸なことだ。


「チッ…!」


「忘れたか?確かにここは君達の基地だが…この地下は私のフィールドだということを」


「ワイヤー…!?」


警戒を怠っていた…足を取られた俺は不様にオルヘイトの下に転げる。


「君を見下ろすのも悪くない」


「がっ…!」


顔面に降ろされるブーツの底。鼻血だろうか。顔に湿った感触が残り続ける。


「どうだ?本当は乱暴に扱われたかったんじゃないのか?道具の本望だろう」 


この程度でやられっぱなしで終わるわけにはいかない。


「馬鹿が。……天井、気をつけろよ!!」


残った分の神秘全てを注ぎ込んでレールガンを真上に放つ。300%か、400%か、それとももっと上か。しばらく俺も何もできないだろう。だがそれでも構わない…


「くっ…何を…血迷ったか…?」


崩落する地下。天井が落ちてくる。上にはもちろん……


「お兄様!!!」


刀を抜き、瓦礫を伝って落下してくるのは紗夜だ。


「へっ…狙い通りだ。やれ、紗夜!」


「想定外だな…A-003か」


「その首、頂戴します!!」


滑らかな動きで、刃がオルヘイトの首を捉える。その距離、僅か一寸。切れなくとも、空間の収束によって無事では済まない。


「…フッ…」


「…っ!?」


何故だ…?何故死んでいない…?確かに紗夜は奴の首を刎ねたはずだ。幻覚…?いやまさか、そんなことはあるはずがない。首は胴と繋がってピンピンしているではないか。


「自分だけが別の軸を移動できると思っていたのか?」


そういうことか…てっきり死んだ奴らの能力だけを取り込んでいたと思っていた。ふと紗夜の方をみる。…笑っている…?


「ええ。実際、あなたは私の世界に入って来なかった。理解できないといった顔ですね?無理もない。なぜなら私だけがそれを理解できるからです」


「ハッタリは通用しないか。だが所詮は一撃防げればそれで用済みな能力さ。本命は…」


オルヘイトの目が妖しく煌めく…


「避けろ紗夜!!」


「無駄だ」


鎖…すっかり見落としていた。


「魔の鎖ですか…なかなか小癪な…」


「小娘が賢しくなったつもりか?」


「…ふっ…戦略においては貴方より賢しいと自負しておりますが?」


「何?…は…!」


初めて彼女が焦っているのを見たかもしれない。俺は紗夜の成長に驚きを隠さないでいた。もう彼女は俺の知る、か弱い少女ではないのだと認めざるをえなくなった。


「…さよなら、母さん」


「ニワトコ…!?貴様…!私に触れたな!」


強制的な弱点付与…例えマウスの装甲だろうと、能力発動中の彼女に触れられれば一般的な拳銃でさえ貫通する。欠点はその持続の短さと、付与できる範囲の狭さ。大きさは神秘の貯蓄を度外視するならサッカーボールほど、通常時はビー玉ほどの範囲。


「…!貴様さてはトネリコに代わったな!!」


その欠点を補うための能力…トネリコの持つ光の槍の必中。簡単な防御の神秘や魔力に防がれる光槍だが、弱点が付与されたとなると話は別だ。そしてこの双子のもう一つの能力…両者の位置の入れ替え。実際には、存在そのものを塗り替えているので位置が変わっただけではなく、トネリコとニワトコという存在が逆転しているのだ。


「狙いは外さない…!」


先程までニワトコだった人間がトネリコに成り変わる。それが彼女達の本質。だから彼女達は自身がどちらであるかをあまり気にしない。側から見れば、ただ能力が入れ替わっただけなのだから。


「グハッ…!くっ…!この小娘が!」


光の槍はオルヘイトの腹を貫く。


まだ弱点が残っている間に、せめて一発でも撃ち込まなければ。


「まだだ…!ここで終わるわけには…!ちっ…今度はなんだ…!?」


最後の力で避けようとするオルヘイトを止めたのはルナリアの眩しいほどの弾幕と、マーガレットのドローンだった。搭載されている小型タレットが正確に弱点を撃ち抜く。


「チャージ完了、喰らいやがれオルヘイト!」


意識が限界を迎えそうになりながら、脳が焼けていくような感覚と、迸る火花を感じてレールガンの引鉄を引いた。


その最恐の弾丸は勢いよく放たれた。オルヘイトの腹部に大きな穴が開けて、向こう側の壁が見える程に抉り抜いた。


「…終わったのか?」


「……ああ、君の勝ちだ。息子よ」


「お前の息子じゃない」


「そうか…そう思いたいならそう思えばいい。私は君を息子だと思っておくさ」


「ああそうかい、勝手にしろ。もう長くないだろ」


これでオルヘイトは死に、過去の亡霊は消え去る。そのはずだ。


「どうかな。君の思っているほど、うまくいかないことの方が多いものだよ」


…ただの脅しだ。


「俺には物事を良い方向に向かわせるだけの力がある。そういう風に造ったのはお前だろ」


「はっ…そうだったな…」


オルヘイトはその言葉を最後に、満足そうな顔をして砂のように散っていった。これで終わりではない、そんな嫌な予感を頭から追い払い、皆に面と向かった。


「…ただいま」


「「おかえり」」


やはり家はここだった。ここで生まれてここで育った。皆そうだ。


「詳しいことは聞きませんよ」


随分と大人になったものだ。まぁ、その反動で俺がいない時の不安定さはまだ抜けていないのだろうが。


「そうしてくれ。フェリシーはどうした?」


「アストラの施設にまだ残っています。大方片付いたようですが依然として混乱状態で…警察や自衛隊の動ける場面ではありませんから、探索隊を回して対処に回ってるのだと思います。そうでなくても、彼女なら無事でしょう」


「だな。問題は復旧作業、か…骨が折れる」


研究所は崩落してしまったので、やはり工事は必要だ。元の状態に戻るといいのだが…


とまぁ、未だに実感は無いのだが、404はなんとかこの事変も乗り越えたのだ。思い出したくないこともあったが、やはり思い出して良かったと思うことにした。






























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