第13話 天衣無縫

「嫌だ…嫌だよぉ…隊長…どこに行っちゃったんですか…?」


「お兄様…」


「やだ…私を見捨てないで…どうして幸せから突き落とすの…!」


「リコ、怖い」


「ニコ、寒い」


404の拠点は阿鼻叫喚、死屍累々といった雰囲気だった。隊長であるエーデルワイスが拉致されたことをフェリシーが告げたが、前所長オルヘイトが関与していることは伏せざるを得なかった。テストを兼ねてダンジョンに向かわせたところ、行方不明になってしまった…としか告げられなかったのだ。


「だって…約束したのに…!もうどこにも行かないって…!」


精神年齢が下がるルナリア、呆然として口を半開きで突っ立っているアイビー、いつもの余裕を失うマーガレットに、自分自身がトネリコなのかニワトコなのか分からなくなる二人。彼女達の精神はもう、限界だった。彼が失踪していた期間なら耐えられたかもしれない。


だが、一度取り戻し、噛み締めた幸せをもう一度手放すのは…という話だ。



「…?この音は何?」




……………………………………………………


「チッ…枷は外れないか…能力も阻害されてるし、スキルチップも無力化されてる…」


紗夜が来ないということは座標も分からないということだが、フェリシーがいてそんなことがあるのだろうか。いや、あの女ならどんな手を打っていてもおかしくはない。


「脳が焼き切れる覚悟で撃てばあるいは…」


「無駄だよ、大人しくしていろと言っただろう?」


「チッ…」


大人しくする気がないのは向こうも承知だろうが、止めはしないのは余裕の表れか。


「どれだけ待っても救援は来ないよ」


「ふん…どこなんだよ、ここ」


「さぁ?教える必要はないかな」


…確信した。ここは俺の知っている場所のはずだ。でなければ饒舌なこいつが口をつぐむはずがない。


「どうせここで私と共に暮らすのだから、あんな雌豚どものことなど忘れてしまわないか?そうした方が幸せになれるよ」


「なら忘れさせればいいだろ。前みたいに記憶をいじってな」


「おや、思い出してしまったか」


…否定はしない、か。


「9年前ならもっと賑やかだったのにな。お前も変わったか?」


「脈絡も無く中身も無い発言だな。時間稼ぎをしたいのか?」


正直図星だが、どちらにせよできることは限られている。一泡吹かせることはできるがその後が問題だ。


「時間稼ぎなら喋らなくてもできるだろ」


「そうかな?その状態で何ができる?」


耳を傾けるな…情報を整理しろ…窓はない。ということはやはり地下の可能性が高い。ドアは一つ。おそらく鍵をかけている。今のところオルヘイトはアクションを起こす様子がない。拘束を抜け出すことはできないと確信しているはず。枷自体に付与された魔力は弱い。8割で神秘を回せば打ち消せる。残りの2割を身体強化に充てて枷を引きちぎり、強化が続いている間にドアを蹴破る。


…いや、その先がどうなっているか分からない…二重扉のように、すぐに行き止まりになっていたとしたら…あるいは、改造した魔物に待ち構えられていたら…気絶中にドレインされたせいでレールガンを呼び出す神秘を一から練り直すのに時間がかかる。


それに加えてあの時の鎖の能力も…確かあれはアイツ自身の能力じゃない。他の被験体の能力を取り込んでいる?だとするとどんな能力が残っているか分からない。その上俺の手札はほとんど割れている。正面からやり合うのはかなり不安だ。だが奇襲しようにも一対一じゃ無理がある。


「そんなに真剣な表情をして、何か考えごとかい?研究所が恋しくなったとか?それともあの子達?良くないなぁ、私がここに居るというのに他の女のことを考えるなんて。調教が必要かな?」


挑発に乗るな…いや待て、アイツが無意味な言動をするはずがない。…つまり俺の思考を遮るため?気付いては困ることがあるのか?何か答えのようなものは案外近くに?


考えろ。オルヘイトならどうする。フェリシーならどうする。…ユイナならどうする。


ここから抜け出そうよ、彼女の声が頭を駆け巡っている。彼女は折りに触れてそう言っていた。その度に俺は進むことを拒んでいた。何故?怖いからだ。進むことで得るものが、失うものに釣り合うのか分からないのが怖かったからだ。


「本当に黙り込んじゃって…ダメだよ。私とのお喋りに付き合ってくれないと」


オルヘイトがまた服を脱ぎ始める。馬鹿め、色仕掛けは効かない。そうしたのはお前自身だ。俺がユイナの誘惑に心を揺さぶられているのを知ったお前が俺から性欲を奪った。記憶の薄れと同時に少しづつ普通の人間並みに戻っていたが、今お前が思い出させたんだ。


「なぁ、私と一つになろう?きっと気持ちいいよ。大丈夫、私がリードしてあげよう…」


間違いなく焦っている。俺が答えに辿り着くのを恐れている。やはりお前も所詮はヤンデレだ。俺を愛するあまり病んでしまっているんだ。だからマトモに考えることができなくなっているんだ。


「見誤ったな、母さん」


「ッ…!!??」


母と認めるのは大いに気に食わないが、やはり絶大な効果があったな。


「ふッ…!」


予定通りのプランで行く。拘束を引きちぎり、掌で顎を打つ。


「ひ、酷いじゃないか…だが…はは、ははは!悪くない気分だ。君が私を母と呼ぶのは初めてだな。正直私も諦めていたよ。ロボットの製作者を親と呼ぶのは無理があるのと同じように、君の母になることはできないとね」


色々言いたいことはあるが、とにかく今はドアに駆け出す。


「チッ…!」


蹴破れない…予定変更、レールガンでぶち抜く。少々負荷が大きいが、幸い卒倒することなく破壊できた。扉の先は長い通路だ。


「まさかとは思ったが…本当に見覚えがある場所だったか」


回廊の構造、というか壁や床のパターンは、ユイナと冒険した研究所の地下そのものだった。つまり、この遥か上に404は居る。灯台下暗し、ということだ。確かに、紗夜にはここを話していないから来れるはずがないわけだ。


だが問題は別にある。地下と地上を繋ぐ道までは覚えていない。それに、記憶が正しければ地下と地上の互いの出入り口は気づかないような場所にある。隠し扉を見つけるのはこの状況では難しい。


「本気で焦ってるな…」


魔物が追いかけてくる。迎撃は時間の無駄。時間をかけている間に先回りするつもりだろう。


「チェックメイトだ。一番ここの構造を理解しているのは私だ」


危惧してれば、ということか。予定が狂ったが仕方ない。レールガンは構築できた。


「吹き飛べッ!!」


出力は40%ほど。だがそんじょそこらのライフルとは威力が桁違いの弾丸だ。


…そのはずだった。煙が晴れると、ピンピンしているではないか。


「そういや防御系の能力持ちがいたっけな…チッ…」


「袋の鼠だな。今使える最大の力がそれか?」


いったいどれほどの能力を有しているのだ、あの女は。これでは逃げるしかあるまい。


「っ…この部屋…!」


たどり着いたのは地下の実験場…ここ自体に特別なものは何もない。だが記憶が正しければこの近くに…


「あった!廃棄倉庫…!」


マーガレットに使わせる予定だった兵器達の溜まり場。戦車すら1人で動かしてしまう彼女のためだけに集められたものだ。


そしてその廃棄品の中で最も常識外れの兵器を、俺は朧げながら思い出した。


……………………………………………………



いつからだっただろうか。彼が私に反抗するようになったのは。


いつからだっただろうか。彼が私に隠し事をするようになったのは。


いつからだっただろうか。彼が私に、まるでこの世の全ての醜悪を見たかのような目を向けるようになったのは。


そんな子に育てた覚えはない。そう言う資格すら私は持ち得なかった。彼は私の子ではないのだから。彼は私が育てたのではないのだから。


忌まわしい後輩は檻の外の人間でありながら、私よりも彼と打ち解けた。それが気に入らなかった。檻の中の実験体同士で親睦が深まることは想定していた。だが彼女が彼と楽しそうに話すのを見て、私は言いようのない憤りを覚えた。


加えてあの女…被験体A-001。奴にはコードネームを与えることすら許せない程の怒りを感じた。己の内面の醜悪さと向き合ういい機会だと、普段の私ならそう考えた。だが許せなかった。彼の中で私より大切な人ができていくことが。


……だから、全て壊してしまおう。














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