第11話 窮地
「……脳への負荷が大きすぎる。この状態で生きているのが奇跡だ」
話し声…フェリシーか。何やら不穏そうだ。しかも見たことのない天井、研究所ではない。
「スキルチップの効果で多少の再生はできますが、後遺症が残る可能性があります。何しろ特異な魔物でしたので…」
「あれはただのバンシーではなく、我々の追っている魔物に近づく鍵だった。やはり前所長が絡んでいるはずだ…」
前所長…?あの狂人が?
「おい、その話、詳しく聞かせろ」
「っ…起きたか。気分は?まぁ最悪だろうな」
「色々聞きたいことが山積み過ぎてチョモランマって感じだが、まずは定番的に聞くなら…ここどこ?」
「ここはASTR…私の研究所です。あ、失礼。私はアストラの代表取締役の影宮リンと申します。氷雨ジンさんでしたね。活躍は見てきました。私の憧れです」
見たことがある。つい最近だ。あの発表会の時だ。
「なんで404じゃなくてここに?」
「フェリシーさんの要望で…」
「スキルチップが記録した映像の解析を行うためだ。…随分と特殊な魔物に遭遇したな。いや、魔物と呼んでいいものか…」
「っ…!そうだ、おいフェリシー!ユイナはどうした!?お前アイツのこと…!」
「お、落ち着いてくださいジンさん!全て説明されますから!」
フェリシーに詰め寄るが、影宮に止められる。何気に力が強い。
「ユイナはもう死んだだろう。君の目の前でな」
脳内を駆け巡る悲惨な光景。嫌なことがあり過ぎて、何が嫌だったのか分からなくなるほど混沌として、この世の地獄にしか思えなかったあの光景。
「っ…!!…お前、人の心とかないのかよ?」
「フェリシーさん、いくらなんでも直球過ぎませんか?」
「いい薬になっただろう。いい加減現実を見ろ。君の手に収まる物はあまりにも少ない。手に入らないものを見てばかりでは、手にあるものを失うことになるぞ」
やはりそうだ。結局はフェリシーも向こう側の人間だということを思い知った。だが否定できないのは事実だ。ユイナは9年前に死んだ。それを一番よく知っているのは俺だ。
「…ったく、変わらないな」
「…続けよう。詳しくは話せない。我々もまだ理解しきれているわけではないからな。現状ではあれは一種の幻覚だと思ってくれ。君の見た物は確かにユイナだが、それはあくまで…そうだな、降霊術に近いものだ。結局、あれはユイナ本人ではない。どれだけ君の心を揺さぶろうとな」
キツい現実を突きつけているようで、彼女なりの優しさだ。フェリシーが何を考えているかは分からないが、フェリシーの考え方は知っている。
「…見てたのか?」
「スキルチップを埋め込んでからずっと、君の視界をモニタリングしている。あのバンシーを見てすぐにダンジョンに向かったのさ」
「えっ、プライベートとか無い感じ?」
「道具にそんなものが必要か?」
「きっつぅ〜!言うねぇ!」
「えっちょっとフェリシーさん、流石にライン越えじゃ…」
「いやいいんだ影宮さん。こいつ、俺がカッコつけて言ったセリフしっかり覚えてて、いまだに擦ってくるんだよ。性格悪いだろ?」
悪戯をする子供のように、ニヤリと意地悪な笑みを向けるフェリシー。おそらく俺も同じような顔をしているのだろう。フェリシー以外に同じことを言われたら殴りかかっていたかもしれないが、彼女なら許す。
「フッ…少しは元気になったか?」
「へっ…ちょっとばかしセンチメンタルだったな。すまんすまん」
「あの…それはそれでメンタル強過ぎませんか?」
「影宮さん、探索者はこれくらいじゃないとやってけないんだよ」
探索者は真面目な人程損をする。遺物の横取りも良い例だ。ある程度ネジが外れていた方が楽しいし、沈んだ気分でダンジョンに行くとそれだけで死にやすくなる。ガーベラ小隊と401を比べると分かりやすい。401がどうかは知らないが、ガーベラ小隊は結成初期に何人か殉職してからは犠牲を出していない。
「まともじゃないという自覚はあるがね…ああそうだ、話を戻そう。ではな何故あの変異体がユイナの真似をしたのか、いや、する必要があったのか…君は知っているはずだ」
「俺から神秘を奪う?」
「とりあえず正解だ。では次、何故君の神秘を剥奪しようとする?」
「えーと…」
何故?そんな人類にとってマイナスしかないことをする輩がいるのだろうか。
「…強すぎるから」
俺の代わりに答えたのは影宮だ。そういえば彼女は俺のことをよく知っているのか。
「正解。君は他の実験体と違って、完全に神秘から生まれた存在だ。だからオーバーロードにも対応できるし、魔力との反応が大きい。そして何より、改造された肉体と神秘による圧倒的な戦闘能力だ」
「よせよ、照れるだろ」
「勝手に照れていろ。では君が強いと困る人物は?」
「……前所長?」
「正解」
「おい待てよ、随分と前に失踪してるはずだろ?今更…」
…いや、生きていてもおかしくはないか。あの女だ、死に顔など想像できない。
「前回のダンジョンに出現したドラゴン、そして今回のダンジョンに出現したバンシー、その両方に明らかに人の手が加えられた跡が残っていた」
「え…?モンスターを改造したってことですか?」
「そういうことだ」
モンスターの改造…聞くだけで恐ろしい。だがあの女ならやりかねない。
「…ここまで言えば分かるか。当分、我々はダンジョン探索を行い、あの女の動向を探る必要がある。どうせこちらの世界には居ないのだろうからな」
この10年近くで何の目撃情報が無いということは、ダンジョンを転々としているということか…
『警告、施設内にモンスターが出現。繰り返す、施設内にモンスターが出現」
息をついた時、けたたましい警報が鳴り響いた。施設内のランプが赤く染まり、尋常ではない空気を作り上げた。
「何…!?」
「奇しくも、互いに狙いに気付いたということか。ジン、仕事だ」
「武器は?」
「後で渡そうと思っていたものだ」
フェリシーが机の下からアタッシュケースを取り出し、台の上に置く。鍵を開けて中をこちらに見せる。何の変哲もない銃…あまり詳しくはないが、AK系のアサルトライフルだろうか。
「これは?」
「Vice-94。従来の銃器は弾丸を祝福儀礼で強化していたが、これは特別だ。神秘を圧縮、発射する。そのため神秘の多い者にしか扱えないが…君なら問題なかろう」
「俺専用ってか。いいねそれ、憧れるよ」
手に持つ、重いが、許容範囲だろう。
「マガジンが斜めについてるぞ。いや神秘を発射するのにそもそもマガジンが必要なのか?」
「そこに作成した弾を貯蓄するのさ。斜めなのはベースになったAN94の名残り、超高速の2点バーストも引き継いでいる。いやはや苦労したよ」
「サンキューフェリシー、じゃあちょっとばかし狩ってくるよ、談笑でもして待ってな」
フェリシーと影宮にそう言い、俺は新品のVice-94を構えて部屋を出た。
「見つけた!ダンジョンにいる奴とはちょっと違うな…?」
狼のような魔物だが、目が虚ろで口も半開き、明らかに異常だ。
「お前で試し撃ちしてやる」
引き金を引いた。弾は一発だけ発射されたように見えたが、魔物に着弾したのは二発。なるほど、超速2点バーストは本物らしい。
「テンション上がってきたなぁ!このまま一掃してやるよ!」
後続にも変わらず二発撃ち込み、着実に数を減らしていく。右から左からと来る敵を葬り、死体の山を築きあげる。
「…あいつ…なんか雰囲気が違うな?」
俺の懐まで潜り込んできた魔物は骸骨のくせに近代風の装備で固めている。明らかに自然発生のものではない。となるとフェリシーの予測は正しかったということか。
「俺の動きを知っているのか…?」
速いだけではない。この感覚、ツバキと戦った時に似ている。…相手が俺の動きを知っている。攻撃を躱した後の反撃のタイミング、避ける方向、着地を遅らせても丁寧に刈り取ろうとしてくる。
「面倒な野郎だな…!」
『俺は。お前、ヲ、許さナイ』
「ッ…!?」
喋れるのか。しかも、こいつはやはり俺を知っている。
『お前の、せいで、みんな死んダ』
俺に対して明確な敵対心を持っている…研究所の被験体なら心当たりがある。
「…お前、『B-542』だろ。お前は最後まで俺のことが憎くて仕方なかったんだろ?」
B-542は数ある被験体の中でも、あと一歩能力が足りなかったBランクの少年だった。俺という存在がいなければ、自分達は失敗作の烙印を押されることはなかったと、最後の瞬間まで俺を睨みつけていた。
『その通り、ダ。A-000』
「今は名前があるんだよ、名無しのお前と違ってな。今は氷雨ジン、それかエーデルワイスと呼べ」
『失せろ…!』
骸骨は激昂した。怒りに身を任せれば動きは単調になる。このまま煽り続けて隙を広げよう。
「
『殺ス……!!』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます