第9話 嘆きの妖精

「あれ?隊長は?」


「リハビリがてら単独行動です」


リコとニコはルナリアが待機する遺跡の一室にやってきた。


「隊長にリハビリ、必要?」


「お気持ちはわかりますが、我々も隊長を束縛し過ぎたので…」


「我々も?それは違う、私とニコは前から隊長を束縛なんてしてない」


今リコが喋っているのか、それともニコなのかはルナリアですら分からない。


「それならあなた達を連れていたと思うのですが。隊長は二人も置いていってしまわれましたよね?」


「はいはいストップ〜、喧嘩はやめてね」


凍りついた空気にマーガレットがやってきた。忘れてはならないが、404はジンが戻ってくるまでの半年間、まともに部隊で活動できていなかったのだ。仲は良いが協調性があるわけではない。ジンのこととなると尚更だ。


「推し方は人それぞれ、それでいいんじゃない?ね、おチビちゃん達」


「おチビちゃんじゃない」


「マーガレットもそんなに変わらない」


「…一応、感謝します」


「なら今度隊長との添い寝、譲ってね」


……………………………………………………


ダンジョン内に積み上げられた魔物の屍の山。骸骨、腐肉を纏った亡者、胞子に塗れた大蜘蛛、人と家畜の混ざったような怪物など…


「いやー暴れた暴れた。結構量多いな」


「相変わらずって感じだな。んでその殺意マシマシな武器は?」


「レールガン兼パイルバンカー兼ランスって感じ。弾不足でな」


使い心地は悪くないが、レールガンに装着している分重く、デッドウェイト化は避けられない。


「ロマン極まれりってか。いいなぁ…ウチの技術班は良くも悪くも堅実だからなぁ…」


「でもあのフェリシーなんでしょ?いかにも堅物だと思ってたけど」


そう言うローズマリーは弓を使う。前は普通に杖と短剣だったのだが、どういった風の吹き回しなのだろう。


「腐ってもアイツはだからな。連中の中ではマシな方だが、やっぱり碌な奴らじゃない」


まともな思考回路を持ち合わせていれば、人造人間に能力を付与してダンジョン探索に使おうなどと思いつくものか。フェリシーも元はと言えばガラス越しに俺達を眺めていた側、今では誤解も解けたが、それでも彼女自身が気にしているようで俺以外の隊員とは絶妙な距離を保っている。


「お前はまともでよかったよ」


「?どういうことだ?」


「いいや、何でもない。そういえば戦い方も少し変わったか?前は敵を倒すことが最大の支援って感じだったが…」


「そこが好きなところなんだけどね」


「ふむ…武器の違いだろ。特に考えは変わってない」


何か変わっただろうか?ウチの隊員達はある程度単独行動ができる連中なのでサポートらしいサポートはしていなかっが…


「相変わらず自分の事は無頓着だな」


「そうか?結構ワガママだぞ、俺は」


「だってさ兄さん!これでワガママなんだって!」


「うるせぇ!…ったく、そういうとこも変わってねぇな」


こっちはこっちで仲が良いみたいでなにより。実を言うと少し羨ましい。本当に血の繋がった家族というものが。


「…ってか、結構深いとこまで来たが、お前んのとこのガールズは連れてこなくていいのか?」


「それもそうか。…フェリシー、聞こえてる?」


『…連絡を寄越さないと思ったらそんなところまで…常に受信できる状態にしておけ』


「悪かったよ。頼み事があるんだが、ボス戦が出来そうなやつをこっちに寄越してくれないか?ああいや、実際にヤバい奴に出会したわけじゃなくて念のためだが…」


『ルナリアとニワトコを向かわせる。アイビーは勝手に行くだろう』


こちらの要望には常に合格点を出してくれるのがフェリシーの優秀なところだ。流石、この404で9年間もオペレーターをやっているだけある。


「ニワトコ?トネリコは来ないのか?」


『彼女は対軍戦闘向きだろう?他の隊に何かあった時の保険として上層に残しておくのさ』


まぁ確かに、トネリコの能力は大量の槍を生成することと、その槍が必中となる加護。雑魚処理はお手のものだ。いざとなればニワトコと入れ替わってこちらのサポートをするということだろう。


「分かった。ありがとな。…っと、2、3人増援が来る手筈になった」


「えー、ジンと二人きりじゃなくなっちゃう」


「元から3人だろ」


「すまねぇな、馬鹿な妹なもんで」


いやまぁ、どちらかと言えばローズマリーの方が賢い。ただ頭が少々ピンク色なだけで。


「おっ、ドローンが帰ってきた」


「こっちもマーガレットのドローンが帰ってきたな。てことはしばらく安全…いや待て、警告用のランプ…?」


一定の範囲内で安全が確保できればドローンを帰還させるように指示したのだが、マーガレットのドローンは赤く点滅している。何か問題があったのだろうか。


「どうした?ここのボスはそっちにいる感じか?」


「多分そういうことだと思うが…」


「じゃあ行こうぜ、大丈夫大丈夫、偵察だ」


「あっ、おい!はぁ…そっちも変わってないじゃないか…」


行くにしてもそんな分かりやすいフラグを立てないでほしいものだ。いや一周回って安全だったりするのか?だとしてもとりあえず同行せねば…ガーベラもローズマリーも、引き際を見誤るような人間ではないが、どうしても心配だ。


進むにつれて暗く、道が狭くなっていく。まるで大勢で来ることを拒否しているかのようだ。


「扉…デケェなオイ、巨人サイズってか?」


「5メートルくらいか?確かに結構なサイズだな。扉があるってことは人型か、そうじゃなくても手があるってことくらいしか分からんが…」


「開けれそう?」


何とか手が届いたが、やはりどう見ても人間用ではない。ダンジョンなので当然と言えば当然ではあるが…。


「鍵がかかってるな」


「どうしよう…」


「大丈夫、こういう時に無理矢理突破できるやつがウチにいるんだ。なぁ、紗夜?」


空間を捻じ曲げて現れる義妹。…やっぱりその能力ズルくないか?


「なんで分かるんですか…状況は把握しています。壊せばいいのでしょう?」


「そういうことだ、頼むぜ」


「あ、ガーベラおじさん久しぶりです」


「おじさんだってさ」


「ひでぇ…」


ガーベラはこう見えてまだ22歳だ。よく3、40代と間違われるが、老けているというより貫禄があると言った方が正しい。


「では少し下がっていただいて…斬!」


刀を抜いたかどうかの内に、扉が四方八方から斬りつけられたようにバラバラになっていき、破片も残さず消えてしまった。相変わらず恐ろしい能力だ。


「…おい、あれ…!」


指を差すまでもなく分かる。角の生えた巨人…退化した翼と、錆びて鈍器のようになった斧、血走った目と傷だらけの体躯…


「見たことあるな。結構面倒なやつだが…もう一人の方は…おいおい、マジか…」


天井に吊るされた檻の中、手で顔を覆って呻く長髪の女がいた。緑の服に灰色のマント、指の間から覗く赤い瞳は虚ろで、泣いているように見える。


嘆きの妖精バンシー…」


ガーベラがそっと呟いた。その声には微かな、絶望に似た感情がこもっていた。

 

「ばんしー?なにそれ?」


「マジか…こんなところにまで…」


「ねぇ、それなんなの?」


言葉を失うガーベラに代わって紗夜が語り出した。


「嘆きの妖精。アイルランド地方に伝わる、人の死を叫び声で知らせる妖精ですが、アレはただその伝承と似ているために名付けられた別物だと判断した方がいいでしょう」


「ねぇ、あれ何かヤバいの?なんで2人とも何も言わないの?」


「静かにしろ。声が聞こえない」


「え?」


「いいから静かに」


耳を澄ますが、呻いているだけで何も意味のある言葉を発しているようには聞こえない。


「ねぇ、あのデカブツ、向かってきてるよ?」


「チッ…倒すしかないか…」


「え?逃げればいいじゃん」


「馬鹿言え。あのデカブツはともかく、バンシーに姿を見られると一生ついてくるんだよ。だから封印されてんのかしらねぇが…あの妖精はここで始末しとかないといけない」


ガーベラが剣を抜く。俺もレールガンを構える。それに刺激されたかのように、バンシーが急に、耳をつんざく程の声量で悲鳴をあげた。筆舌し難い、この世のものではない嘆きの声…


「まずいな…」


「だな…だといいが…」


「何が?」


「…死ぬのがだ」


伝承では、『バンシー』の叫びが聞こえた家では近いうちに死人が出るという。あの魔物も似通ったところがあり、バンシーはその場の人間の死を察知して叫び、その死の運命から逃れようとする者は後を追って自ら呪い殺すのだ。…つまり、誰かが死ぬ。


その誰かに、あのデカブツが含まれているかどうか。そういうことだ。


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