第8話 ガーベラ小隊

『なんで僕だけダンジョンに行かせてもらえないんだ?僕も道具じゃないのか?』


ある日、所長にそう聞いた。既に同じ能力者を5人まとめて相手にできるくらい、自分は強かった。


『はっきり言うとな、君を実戦に出す気は微塵もない』


返ってきたのは予想もしていなかった言葉…


『っ…!?どういうこと!?』


『君は私の…そうだな、コレクション…ペットのような物だ。他の使い捨ての道具とはわけが違う。壊れたり、すり減ったりしたら困るんだ』


その言葉で俺の何もかもが無駄だったと思い知らされた。ダンジョンに行って、魔物の脅威を排除する。そして遺物を持ち帰って更なる研究に役立てる。そうすれば皆喜んでくれる…そんな幻想は崩れ去った。


「…おい、聞いているか?」


「んぁ…?ああ、聞いてるよ」


いかんいかん、ブリーフィング中に寝ていた。何やら大規模な探索らしいのでしっかりと聞いておこう。


「なら作戦の概要をまとめてくれるか?」


「えーと、とりあえず俺は狙撃してればいいんだろ?」


「何を言ってるのやら…」


フェリシーに呆れた顔をされた。


「今回向かうダンジョンの危険度は今までの比ではない。404以外が向かえば全滅もありうる。だが…」


「大丈夫さ、絶対に誰も欠けさせやしない」


「その自信はどこから来るのやら…」


「そんなもん、絶対的な実力と経験からに決まってるだろ」


「前回の件を忘れたか?」


「あれは想定外。流石に魔力のくせに神秘をすり抜けるとは思わないだろ」


例外も例外、磁石を二つ近くに置いて何も起こらないなど想像できるだろうか、つまりはそういうことだ。


「明らかに異常だったことは認める。だが次のダンジョンにも同じ魔物がいる可能性を考慮する必要があるのも事実だ」


「ならまたオーバーロード使えばいいだろ。何のための力なんだか」


「そんなポンポンと使えるものだと思っているのか?レールガンのメンテナンスはさっき終わったばかりだぞ。それに祝福儀礼の弾丸も収支で言えばマイナスだ」


「うへ〜、そのダンジョン、俺にやることあんの?」


弾も無い、レールガンも消耗してる、そんな状況で大規模なダンジョンの出現…


「研究所時代、君は格闘技の成績もトップクラスだったと聞いたが。アイビーにも何度も勝利していたとか」


「…つまり近接戦をしろと?」


「レールガンにブレードを装備させた。通常の弾丸の代わりに再利用可能な祝福儀礼済みの杭を発射することもできるし、槍としても使える」


「……それを振り回せと?」


「発射機構はレールガンのものを使用しているから威力は充分、弾速の速さから命中率もある程度保証できる」


「………俺スナイパーだよね?」


「君が使うならどんな兵器でも当たるさ」


……………………………………………………


…と、訳の分からない理屈で丸め込まれた俺はブレード付きレールガン…いや、パイルバンカーを装備することになった。


「…何ですかその武器、殺意の塊じゃないですか」


ダンジョン内に入った時、ルナリアにはドン引きされた。


「今日は俺も近接特化で戦うからカバーよろしく」


「他の部隊も集まっているのであまり近接戦闘は上手くいかないと思いますが…」


確かにそうだ。人数が増えるほど範囲攻撃も使いづらくなるし、邪魔になりかねない。


「そこは何とかする。こういう時のために俺はいるんだからな」


あの計画が無駄でなかったことの証明。それは404だけができること。彼女達は一度も逃げなかったのに、俺は一度逃げた。これは贖罪だ。


「頑張りましょう。…現状はガーベラ小隊が先行、我々が続き、敵の戦力の大部分を抑える予定です。他の隊はクリアリングとダンジョンの解放条件の特定とバックドアの作成を担います」


「今回も責任が重いな。気抜くなよ」


「はい!…その、帰ったらご褒美を…」


「ああ、見合う戦果を期待するよ。俺はしばらく肩慣らししてくる。メインの目標が分かったら呼んでくれ」


俺はダンジョンの正面から、先行した小隊の残した印を追って進む。暗い、遺跡のようだ。今にでも柱の影から魔物が飛び出してくるのではないかと、警戒して進むが物音一つしない。


壁に手を当てながら進まないといけない程暗い場所に行くと、昔のことを思い出す。あの少女に連れられて、嫌々夜中の研究所を歩き回った。当時は見つかったりしないか、何か恐ろしいものが潜んでいるのではないかと、酷く恐怖したものだったが、今では思い出の一つだ。


だが今は、気を抜くと悪い意味で思い出になりかねない。昨日のことがそうだ。


「お!ジンじゃねぇか!」


声に驚いたが、知人のものだ。


「ガーベラ!元気にしてたか」


赤髪の男、俺とほぼ同期の戦友でガーベラ小隊の隊長をやっている。俺の名前を知る数少ない人間でもある。


「ぶっちぎりのエース部隊が半年ダウンしてて仕事どころじゃねぇよ!」


「その割に嬉しそうだな」


「ったりめぇよ!激務だが報酬も増えるからな!お前こそ、よく半年も食い繋いだな!」


豪快…というか適当なこの男、こう見えて偵察小隊の隊長なのだ。こいつがエースと言われても信じてしまうくらい貫禄があるというのに。


「いろいろあってな。そっちは何か変わったことは?」


「お前の影響でローズマリーが弓を使い出したくらいだ。そういうお前は?ちょっと背が伸びたか?」


遠距離武器なんてコスパが悪いだけだと言うのに…


「アストラのスキルチップが埋め込まれたくらいだな」


「怖いことするなぁ…」


「今のところはそれなりに役に立ちそうだ。お前も手術してもらうか?酒癖が治るかもしれないぞ」


「やめとくよ。能力者で最強のお前がか弱いローズマリーに言い寄られた挙句、組み伏せられて今にも童貞捨てそうになってるのを眺めながら飲む酒がうめぇうめぇ」


人の修羅場を肴にするとかどれだけいい性格してるんだよ。


「止めろよ馬鹿。見てたんじゃないか。俺が探索者辞めた理由、お前のとこのローズマリーも原因だってこと忘れるなよ」


「忘れねぇよ。ちなみに今お前の後ろにいるからな」


「は?」


振り向く。誰もいない。…また冗談か。そう思った次の瞬間、病的に白い手が顔を覆った。


「だーれだ?」


吐きそうな程甘い声、常に魅了でもかけているのかと疑う程あざとい立ち振る舞い、容貌からは想像も付かないドス黒い感情を抱えた女…


「ローズマリー以外」


「大不正解♡」


覆った手の指が開き、生暖かい目でこちらを見るガーベラが見えた。


「Rest in peace…」


「おいやめろ」

 

それを言うならせめて合掌じゃなくて十字を切れ。…というのはどうでもよく、今後悔しているのはガーベラ小隊と関わりを持ったことだ。せめてプライベートでガーベラ本人とだけ接すればよかったものを、404からの逃げ場として匿ってもらったり、一緒に任務をこなしたりしたのが悪かった。


…結果として404に引けを取らないローズマリーと接点を持つことになってしまったのだから。


「404辞めるんだったらさぁ…ウチに来てもよかったんじゃない?」


「ほら、長めの夏休みだよ」


「なら休暇としてウチに来てもよかったんじゃない?」


「無敵かお前」


だめだ、何を言っても通じない気がする。この赤髪の女、ローズマリーはガーベラの実の妹だ。つまり、万が一こいつと結ばれることがあれば、俺はガーベラのことを義兄さんと呼ばなくてはならないのだ。はっきり言おう、絶対に嫌だ。


「ま、戯れはそこまでにしてそろそろ仕事しようぜ?…てかお前、自分の隊員はどうしたよ?」


「別行動中。俺らは単独行動の頻度が多くてもお咎め無しなんでな」


それだけはエースになってよかったと思っている。まぁフェリシーに適当に揉み消してもらうこともできるのであまり変わらないが…


「隊員まとめるのはつれぇよな。なぁ妹よ」


「ん〜?聞いてなかったぁ」


「とりあえず俺から離れてくれないか?」


「やーだ♡ジンの顔あったかいんだもん」


顔があったかいって台詞初めて聞いたわ。普通手とかじゃないのか。


「そうは言っても任務中なんだよ…」


「任務と私どっちが大事なの?」


「任務」


「わーお即答…いくら私でも悲しくなっちゃうよ?」


よく言う。なにをやっても、どれだけ突き放しても俺の前で笑顔が消えたこともないくせに。


「アツアツのところ申し訳ねぇが、敵だぜ?お前からしたら雑魚だが、俺らからしたらそこそこ歯応えあるやつらだ」


ガーベラが剣を抜いた。それは杖と一体化し、能力の行使と戦闘を並行して行えるようにしたものだ。


「俺がいない間、真面目にやってたか確かめてやるよ、ガーベラ」


「光栄だぜ、エーデルワイス」






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