第6話 オーバーロード


『8時の方向!!』


フェリシーの声に反応し、左後方を振り向いた。黒く、巨大な渦巻きがこちらに迫って来ている。しかも、妙な禍々しさをまとっている。


「この感じ…神秘じゃない、魔力だ」


このままでは飲まれてしまう。一か八か、レールガンを顕現させる。


「出力150%…!これなら…!」


構え、引鉄を引いた。音速を超えた弾丸が渦に命中する…はずだった。


「なっ…!?おいフェリシー!魔力で構成されてるはずだろ!?なんですり抜けてんだよ!?」


『私にも分からん!魔力と神秘が干渉しないなんてことはありえないはずだ!!とにかく避けろ!食らったらどうなるか分からない!』


「無理に決まってんだろ!」


渦はもう俺から2メートル程の距離にあり、幅は3メートルくらいある。…避けれない、そう悟った。


『まさか401はこのために…!?』


「はめられたってわけかよ…!」


渦まで1メートル…不快感を伴う風が渦へ向かって吹いている。


「クソッ…!耐えてくれよ俺の体…!」


0.5メートル…そして、渦に触れた。中に剃刀でもあるのかと思うほど、鋭い痛みが全身を駆け巡る。体の隅々まで切り刻まれる。


「くっ…!」


叫びたくなるが、口を開けるわけにはいかない。


『何故…!向こうの魔力はこちらの神秘を無力化しているのに…!』


「っ…!フゥー…!フゥー…!通り過ぎた…?」


『本体がいるはずだ。だがその損傷では…』


隊服はボロボロだ。銃も何本か使い物にならなくなっている。


「はぁ…!はぁ…!っ!?…向こうからお出ましかよ…!」


渦は確かに通り過ぎた。しかし、視線の先にいたのは中堅サイズのドラゴンだ。皮膚は赤く、大きな瞳は黄金色だ。


『ダンジョンのボスか…厄介なことに…!』


「おいおい…」


この体では長く戦えない。もう一度レールガンを顕現させ、ドラゴンに向けた。大きな咆哮、それと混じり、大きな銃声。


『命中。しかし…』


「バケモンかよ…」


少し血飛沫が飛び散った程度…先程のダメージでレールガンの出力が大きく下がっているとは言っても、音速を超える祝福儀礼の弾丸を受けて無事とは…


『来るぞ!』


ドラゴンは宙を舞い、尻尾を鞭のようにしならせて俺に攻撃した。吹き飛ばされ、木に衝突する。


「がはッ…!やばい…!意識がっ…!」


鼻血も出ている…


『おい!まずい…!スキルチップのセーフティを解除する!構わんな!?』


「なんでもいい…!どうにかしてくれ…!」


頭の中に電流が走ったかのように火花が散っていく。


【OVERLOAD】


…視界にはそう表示されている。


ドラゴンの動きがスローに見える。尽きかけた神秘が充填されたのが分かった。


『大丈夫か?』


「…問題ない」


もう一度レールガンを顕現させる。銃身は長く、人では扱いきれない程巨大化している。


『…チャンスは一度だけだ』


「大丈夫、外さない」


ドラゴンに銃口を向ける。150%?生温い。200%?まだまだ…300%の出力で放つ。


『今だ!』


「ッ…!!」


雷が間近に落ちたような轟音、そして腕がもげるのではと思うほどの凄まじい反動。音などとうに置き去りにし、光にも迫らんとする弾丸は見事にドラゴンの眉間を貫いた。


『死亡を確認…出口が開放された。このダンジョンの主で間違いない、401のオペレーターに帰還指令を出すように伝えておく、君も帰ってこい』


「はぁ…はぁ…うっ…オーケー…」


ツバキは無事だろうか。あの隊長はどこで何をしていたのだろう。だか今は他人を気にかけている暇はないか…


……………………………………………………


「帰ってきたか。…安心したよ」


研究所に戻るとフェリシーが安堵のため息をついた。


「マジで死ぬかと思ったぜ。リハビリにしてはハードだったな。ところであの隊長は?肝心のあいつとだけ戦ってないが…」


フェリシーが申し訳なさそうな顔をした。…いやな予感…


「401の隊長アナガリスは…あのドラゴンとの交戦で戦死した…」


「…そうか…」


帰還途中で薄々気がついていた。隊員を分散して配置していたとはいえ、隊長だけが合流できなかった時点で怪しかった。


「…救えなかったのか」


「君を責めているわけではない」


「いいや、元プロとして、ダンジョンの危険性を指摘するくらいはできたはずだった。気に食わないからってそれを怠ったのは俺に非がある」


戦死することは何も珍しいことではない。実際、被害を抑えるためにダンジョンで模擬戦を行う際に魔物に出くわすこともよくある。しかしあそこまで特殊な魔物が潜んでいたのは完全に予想外だった。


「…作戦記録から推測するに、彼の交戦時間は約10秒、君が五分未満だ。…苦しむ暇すら無かっただろう」


フェリシーは俺を気遣っているつもりだろうか。話題のすり換えが得意な彼女だが、今回はあまりに露骨だった。だがその厚意を踏み躙るつもりもない。


「あのスキルチップの効果はなんだったんだ?」


「ああ…オーバーロード、神秘の生成と増幅、基礎的な身体能力の強化、固有能力の底上げ…そんなところだ。もう部屋に戻るといい、次の任務も待っている」


「…あんまり徹夜するなよ」


「はっ…どの口が」


そう言い残し、俺は部屋に向かう。半年ぶりの自室。まだ残っているだろうか。この研究所は今でこそフェリシーの所有物となっているが、前は違った。その時から俺はここに住んでいたため、19年目になるだろうか。半年離れたくらいで部屋は忘れない。


無骨なデザイン、飾り気のない、機能面しか考慮されていないような家具、共有スペースと違って菓子すら置いていない。あるのはベッドと本棚、武器のメンテナンススペースのみ…


…のはずだった。


「…何やってんだよ」


部屋に入ると、隊員達が俺のベッドに寝転がっていた。一瞬、部屋を間違えたかと思った。


「あっ…」


「これは…その…」


「あ、おかえり〜」


ベッドは血だらけ、壁もだ。


「ベッドでリスカすんなよ…」


いつものこと…ではない。マーガレットが自傷行為に走るのは珍しいことではないが、まさか現場を取り押さえることになるとは…


「いや〜、私が居た痕跡を残すにはこれが一番かなって。よくない?隊長はこれから私の血に触れながら寝るんだよ」


「はぁ…まったく…」


叱りたいところだが、今はそんな気力もなくベッドに寝転んだ。3人が俺の顔を覗き込む。


「…なんだよ」


「誘ってるんですか?」


「なわけあるか」


「お兄様がとうとう受け入れてくださったのかと…」


「疲れてんだ。そっとしておいてくれ」


肉体的な疲労より精神的な疲労の方が酷い。僅か数分しか会っておらず、初対面の印象も良くはなかった。しかし、それは死んでいい理由にならない。


「…何かあったの?」


「…いいや、なんでも。いつも通りだ」


そうだ…これが日常だった。今日隣にいる奴が明日も隣にいるとは限らない。だから404のみんなだけは全力で守ってきた。探索者として部隊を結成したのは10歳の頃か、それから9年間、俺の部隊だけは一人も欠けることなく今日まで探索者を続けてきた。だが他の部隊の探索者が死んでいくのも見てきた、この感覚…半年間忘れていた死の感覚…


「気分が悪そうですが…」


「体調が優れないのですか?でしたらこの紗夜にお任せを。元気の出る料理を作って参ります」


「大丈夫?ぎゅーってしてあげようか?」


隊員達は優しい。彼女達は俺と違って仲間の死を知らない。だから俺が抜けた時、凄く悲しんだのだろう。こうやって何もなかったように戻ってきた俺に何一つ愚痴を言わない。


「…なぁお前ら、もし俺がダンジョンかどこかで戦死したら…お前らはどうしたい?」


3人の顔に衝撃が走る。


「っ!?嫌です!!隊長がどこか遠くに行ってしまうなんて絶対に嫌です!!」


「お兄様が死んだら私も後を追います!!」


「…私は…二度と立ち直れないかな…」


目から光が失われていくのが分かり、地雷を踏んでしまったことに気がついた。


「すまん、例え話だ。特に深い意味はない。ただ…」


その先は言えなかった。401の隊長はあの渦のドラゴンと対峙して他の連絡を取る間も無く命を落としたのだろう。あれからツバキとも会っていないが、彼女は身近な人の突然の訃報をどう受け取ったのか…もし大切な人が、たかが数十分の間分かれていただけで帰らぬ人となっていたとしたら…


「…でも、隊長は死なせません。このルナリア、命に変えてでも隊長をお守りします」


「お兄様と私は死ぬ時も同じです。天上の神だろうと私達を分つことはできません」


「そう簡単に死ねると思わないでね〜」


「そうか…ありがとな」


なんだか安心した。元々部隊を離れたのは、こいつらがヤンデレ過ぎたのも理由だがもう一つ、隊員達が死ぬ姿を受け入れたくないから、これ以上誰も失いたくないから…特に、同じ研究所で生まれた、血の繋がっていない兄妹のようなこいつらの死を見たくないと思っていたからだ。


だが、今の皆なら…背中を任せてもいい。そう思えた。








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