第5話 ノック・アウト

「見つけたぞ、ゲームオーバーだ」


背後からの声。隊長のものでも、あの子のものでもない。別の隊員か。


「お前がな!」


「なっ…!」


一瞬で距離を詰め、近接戦に切り替える。相手は杖で神秘の能力を使用する、いわゆるメイジやビショップといった役割。つまり中遠距離タイプのはずだ。ならルナリアの下位互換に過ぎない。


「ただのスナイパーだと思ったか?お前のとこの女だったら俺が近接戦もできることくらい知ってたはずだがな」


杖を手で押さえて、足を踏みつける。空いた手で胴を押し、足を絡ませて体勢を崩してから持ち上げ、地面に叩きつけた。


「がッ…!」


「はい、ゲームオーバー」


ホルスターから拳銃を抜いて腹に二発、神秘のおかげで死にはしないがしばらくは動けない、流石にこれで一本取ったことになるだろう。


『鈍ったな?』


「何がだ」


『一発で仕留められたはずだ』


「慎重になったと言ってくれ」


全く、フェリシーはケチをつけないと死ぬのか?十分上手くやったはずだろうに。


『移動だ。銃声を鳴らしてしまったからな』


「ここから飛び降りるぞ。降下地点の候補があればよろしく、無いなら勝手にする」


崖下までは30メートルくらいだろうか。鬱蒼とした樹海だが、変な突き刺さり方をしなければ軽く痛むくらいで着地できるはずだ。


軽く肩を鳴らし、飛び降りる。


「気持ちいいなァ!…ん?」


左手側に光…マズルフラッシュか?いや、能力による魔弾か。


「次のターゲット見っけ」


降下中だがナイフを崖に突き刺して止まる。背負ったスナイパーライフルを取り出して構え…撃った。


「当たった?」


『恐らくな。スキルチップのおかげか?』


当たったなら一撃でK.Oのはずだ。残り3人…


「馬鹿言え、実力だ」


正直に褒めてくれればいいものを。


「あと3人、余裕そうだな」


『実力差を考えてくれ。ルナリアでも勝てる相手だ、手加減を忘れるな』


何かと引き合いに出すルナリアについては、彼女の能力を一から説明すると日が暮れてしまうが、とにかく手数が多いやつだ。だが彼女に模擬戦で負けたことはない。そういう理屈だ。


「手加減したら煽りになるって言うんだろ…っと、少し地面が緩いな。帰ったらクリーニングを頼む」


雨でも降ったのだろうか、少し泥がついた。地面に着地した瞬間、違和感があった。


「気配…」


『魔物だ、来るぞ』


後方から…。獣が走ってくるような軽やかな音と草木の揺れを感じる。振り向くと、毛の抜けた醜い狼のような魔物がこちらに飛びかかって来ている。


「召喚物じゃないな。ダンジョン由来の魔物か?」


拳銃で脳天に一発。魔物は倒れた。


『未開拓のダンジョンだ、そういうこともある』


「見つけたぞ!」


今度は右側から声…見つかったようだ。


「なるほど、そのためにわざわざ…」


引き続き拳銃で牽制、しかし今度は避けれるタイプの隊員らしい。


「おっと、撃ち尽くしたか。仕方ない」


「っ…!?飛んだ…!?」


敵の頭上を舞い、ナイフを投げつける。防がれたが問題ない。そのガードに蹴りを入れるまでだ。


「ぐっ…!この力量…!」


「生憎、研究所生まれなんでねッ!」


着地して更に脚を払う。しかし、これも予想外に防がれてしまった。どうやら体重差が響いたらしい。


「動きを止めたな…!今だツバキ!」


「チッ…」


二人目か。とういうことは奴が先程のファンの子。


「すみません失敗しました!」


「構わん、隊長が来るまで足止めだ!」


「はい!」


……………………………………………………


404のアジト兼フェリシーの研究所にて…


「ねぇ紗夜ー?隊長もう出発しちゃったの〜?」


ここは共同の空間、いわばリビング。やや大きめのテレビとテーブル、積み上げられた菓子類、放置された弾丸など、少し雑多な印象を受ける。これらは皆が適当に置きっぱなしにしたものだ。と言っても弾丸を扱うのは一人しかいないが。


「1時間は前ですよマーガレット…」


「ごめんごめん〜隊長のベッドにダイブして来たらそのまま寝ちゃって…」


「は?なんですかそれずるいです。私もやってきます」


「紗夜、マーガレット、少なくとも隊長はまだそのベッド使ってないですよ」


「いやむしろチャンスでしょ。私が使ったベッドでこれから隊長は寝るんだよー?つまり、実質同衾だよね」


「「なるほど!!」」


……………………………………………………


401のあの子…ツバキともう一人、このコンビは中々いいと感じた。というより、ツバキの俺への理解度が高いから成り立っている。


「ふっ…!」


俺の回し蹴りのタイミング、下がるタイミング、ターゲットの切り替えの基準…全てを理解している。


今も、もう一人の脚を狙って蹴りを入れようとした瞬間に魔弾で弾かれた。かと言って彼女は盾を持っているため狙うにはリスクがある。


『格闘戦はやはり向こうに分があるな。距離を取るか?』


「いいや、あの隊長の場所が分からない以上、迂闊に動くことはできん。あの二人より厄介だという可能性も残しておくべきだ」


『君なら圧倒できる程度の実力だ。しかし問題は…ツバキ、あの隊員だろう。戦力としては平均程度だが、君の攻撃を理解している。この状況においては隊長よりも厄介だ』


やはりか…正直言って、もう一人はそこまで強くない。隙も多いし、能力も神秘を圧縮して飛ばしてくる程度。タイマンなら五秒あればやれる。だがツバキのカバー込みだと相当に強い。


「タンクとアタッカー…どっちからやるべきか…」


『落ち着け、確実に勝てる相手だ。近道をしようとすると、かえって遠回りになるぞ』


404とのヤンデレチェイスには、『どこかで負ける』という予感がしていた。しかしこの戦いにそれは無い。だと言うのに、勝利は遠い。


「タンク…と見せかけてアタッカーからだ」


『その心は?』


フェリシーは最終的には俺の意見を尊重してくれる。というより、意味がある行動なら許可してくれる。


「ずっとカバーしてたらいつかボロが出る。このまま中途半端に狙ったり、タンクからやろうとするより早く終わるはずだ」


『了解、プランを練り直す。君はしばらく独断で動け』


さて…面倒だが我慢せねば。大丈夫、我慢は慣れっこだ。


「ふぅ…………やるか」


「この距離で長物を…!?」


取り出したのは対物ライフル。M82A1をベースにフェリシーに作らせた一点物。祝福儀礼に伴って使用弾薬も異なるため、外見以外はほぼ別物の魔改造品。


「新技…?」


これを向ける…やはり、盾を構えて間に入った。構わない…引鉄を引いた。


轟音が鳴り響き、空を切って大口径の弾丸が放たれた。その弾丸はツバキの盾に命中し、凄まじい衝撃を発する。そして後方には仲間がいる…二人とも吹き飛んだ。


「いてて…はっ…!ライラック!…き、気絶してる…!」


「グッドゲーム。楽しかった」


ナイフを突きつけて勝利。流石に女の子を刺す気にはならない。念のために拳銃のリロードも済ませた。これくらい実力を見せつければ勝ちでいいだろう。そもそも勝利条件は聞いていないのだから。


「流石『Tier0』の能力者…」


「その呼び方やめてくれない?まぁいい、ナイスタンク。ウチにスカウトしたいくらいだ」


考えてもみれば、404にはいわゆるヘイト役がいない。ルナリア、リコ、俺が交戦距離は違えど攻撃手で、ニコ、マーガレット、フェリシーは支援、紗夜が遊撃を担当している。つまり、耐える役がいない。個々の戦闘力で誤魔化していたがそれもいつまで続くか…といった状況だ。


「いえ、私ごときがエーデルワイス小隊に入っていいはずがありません。でも待っていてください、いつか強くなって、私があなたをスカウトします」


「楽しみにしとく。じゃあな、予定通りお前のとこの隊長とタイマンしてくるよ」


彼女の中ではまだ俺はエーデルワイスなのだろう。俺にとっては過去の栄光に等しいが、そのアストラのサイトとやらに残っているということは、今でも俺の実力は認められているらしい。嬉しい限りだ。


『スキルチップの効果はどうだ?』


「あんまり分からない。…視界の照準みたいなのオフにできないか?邪魔で仕方ない。俺には必要ないの分かってるだろ」


『その方がゲームっぽい、だそうだ』


「ふざけたことを…」


ゲームに慣れている人間なら気にならないのだろうか、先程から視界の中央に小さく十字が映っているのが気になって仕方ない。


「そうだフェリシー、404って増員しないのか?」


『君が浮気するのをわた…彼女達が許すと思うのか?』


「じゃあ誰か盾持って前出れるやついない?」


『いたいけな少女達にそれを任せで自分は遠距離からチクチク撃つのか?』


「冗談だよ、あと俺のはチクチクじゃなくてドカーン!だろ」


珍しくフェリシーのIQが下がった気がするが、いつものこんなのだったような気がしないでもない。


『細かいなぁ…うん?』


「どうした?」




『…っ!8時の方向!!』








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