第2話 追い込み漁、そしてダンジョン
地べたを走るのをやめ、屋内に身を隠す。ダンジョンから出てきた魔物によって廃墟となった街だが、今はこうして隠れ家になっている。
「もし全員生きてるなら5人がこっちに来る…ルナリアは絶対に一人で俺を捕まえようとはしないはず…今の装備じゃ対抗できないか…」
政府公認の探索者が身につける特殊な装備には祝福儀礼が為されており、魔物に対して有効な神秘の属性となる。だが引退した俺にはその装備は残っておらず、彼女達と正面からやり合っても勝てない。彼女達の探索網から外れるまで身を潜めるしかない。
「ん…?なんだこの音…はッ…!?」
ブロロロ、という低い音。まるで…ヘリが近くにいるかのような…
「クソ…!バレたか!」
万が一のために隠していた拳銃を掴んで廃墟から飛び出す。ただの玩具同然だが、ないよりはマシだ。
「おいおい嘘だろ!?殺す気か?」
ヘリに備え付けられた機銃がこちらを向く、まだ上空だが、部隊の隊長として、狙撃手と司令塔を任された俺の鳥のように優れた目には、確かにその様子が見えている。
「ヤンデレも大概にしろよな…!デレてるのか分かんねえレベルだぞ!」
空からの機銃の掃射が俺を襲う。わざと外しているようだが、かなりギリギリ。その絶妙なラインを迫れるあたり、流石俺の育てた部隊…などと感心している場合ではない。
「堕とすのは無理、こっから逃げきるのも無理…詰みか?」
愛用の対物ライフルがあれば…人間に向けるようなものではないが、アイツらの神秘はその程度ではない。俺が認めたバケモノ達だ。だが…
「…ここまで逃げたんだから最後までやらなきゃな」
この廃墟と化した街に、まだ何か残っているかもしれない。一発、たった一発だけロケットランチャーを撃てるだけでもいい、それかあるいは、奥の手を使うか…
「イテっ!トラバサミ…!?マーガレットか…!逃走ルートを先に読んでやがったな」
俺の右足に食いつく鋼鉄の罠。見覚えがないはずがない。
「今回は徹底的にやるつもりか…」
「正解。やっぱりこのルートを通ると思った」
その声が聞こえた時点で俺の負けが確定した。戦況把握、工作に長けた隊員のマーガレットは獲物を決して逃さない。向日葵のような黄色の髪を揺らしてこちらに近づいてくるその姿は確かに覚えている。
「上に意識を向けさせて足元への警戒を削ぐ…確かに教えたのは俺だが…覚えてやがったか」
「無警戒で助かったよ〜。鈍った?さ、帰ろう?みんな待ってるよ〜。そうそう、この傷見てよ、隊長がいない時間をここに刻んだんだよ?」
緩い性格だが彼女もとうに狂ってしまっている。隊服を捲り上げた腹には線のような切り傷、彼女達の体に残る傷ということは、わざわざ魔や神秘の力が込められた刃物で傷をつけたのだろう。腹に刻んだのは俺以外にその腹を見せる相手はいないという意思表示か。どちらにせよ、その一つ一つが痛ましいことに変わりはない。
「やだね。二度とごめんだ」
「へぇー…そんなこと言っちゃうんだ。でも隊長に何ができるの?装備は無いし、足も潰れちゃってさ。再生にも時間がかかるでしょ」
マーガレットの言ったことは全て事実。いくら能力者と言えど何でもかんでも無傷というわけではない。だが…
「なんで俺がここに逃げたと思う?」
「さぁ?故郷だったりする?」
「まさか。俺の生い立ちは知ってるだろ。…ここにはな、ダンジョンの残滓が残ってるんだよ」
マーガレットの瞳が揺れる。
「ッ…!させない!」
「いいや、遅いね」
俺は右手に力を集約させ、光線を放った。その光線は俺とマーガレットの間のある一定のポイントを穿ち、『穴』を開けた。それがダンジョンの裂け目…入り口だ。その裂け目に手を伸ばす。
光に包まれ、四方八方に歪曲していくような不快感が体を襲う。吐きそうになりながら、なんとか意識を保つ。
……………………………………………………
「っ…はぁ…!はぁ…!なんとか…成功したな…」
目の前に広がるのは廃墟ではなく地下迷路。ダンジョンの中であり、当然マーガレットはいない。
しかし、犠牲無しに逃れたわけではない。右足は持っていかれた。再生を待ちながら、片足で跳ねて進む。逃げ込んだはいいが、ここも安全ではない。魔物の巣窟になっているはずだ。現に気配を感じる。長居は禁物だが機動力を削がれている今、できることは一つ。
「久しぶりだが…いけるか?うっ…ぐ…!」
体の中を電流が駆け抜けるような鋭い痛みが走る。詰まった水道、あるいは埃を被った回路のように、体を傷つけながらエネルギーが駆け抜けるのを感じた。
「はぁ…!はぁ…!よし…!」
右手に握られているのは大型の狙撃銃。いや、そもそも狙撃を前提として作られているものではない。機関部は特段変わったものではないが、バレルが二つに分かれた異形の銃…フェリシー特製のレールガン。固有武器としていつでも取り出せる、俺だけの相棒。
「うっ…く…!」
無茶な能力の反動で脳が焼き切れそうだ。気分は最低も最低、会いたくない奴らに会うし、右足は死ぬほど痛い、おまけに能力の行使もままならない。
「はぁ…はぁ…吹き飛べッ…!」
暗い通路にレールガンを向け、引き鉄を引く。バレルの二つの電極にスパークが走り、音速を超越した弾丸が放たれた。
目視はできなかったが、確かに命中したと確信した。これで正面の安全は確保できたはずだ。ズタズタな足を引きずって壁伝いに歩き始める。
しばらく歩くが、やがて疲労の限界を迎えるた。肩が重く、足の再生も始まってむず痒く、息をする度に喉が刺激される。心配しなくともこれくらいで死にはしない。能力者…或いは稀だが新人類と呼ばれることもあるくらい、一般人と俺達の身体能力、強靭さには差がある。だが疲れるものは疲れるのだ。
「出口は探せばいいとして…後何発撃てるか…クソ、やっぱり厄日だ」
そもそも、ダンジョンの探索者は基本近距離戦が主体であり、俺のように遠距離武器を使う奴はそういない。剣やら盾やらは一度神秘を宿せば魔物相手に強力な武器になるのに対し、遠距離武器は弾や矢の一つ一つに神秘、祝福儀礼を必要とする。恐ろしい程コスパが悪い。マシンガンなんて使おうものならいったいどれだけの事前準備が必要なことか…
つまるところ、弾薬不足だ。探索部隊を離れてから半年程、節約はしてきたがどうしても使わざるをえない場面に何度も直面してきた。
「しばらく身を潜めて、フェリシーに会ってどうにか説得…予備の武器か弾薬を貰って今度は海外にでも…無理に決まってんだろ…」
あの陰湿極まりないフェリシーが俺の逃亡に手を貸すわけがない。諦めて自力でなんとかしようと立ち上がり、右足の再生を確認して少し早歩きで進み出す…
ぱりん、そんな音だった。
「!…おいおい嘘だろ…なんでそんなことができんだよ…!」
真横の空間に亀裂が入った。ガラスのように割れて、何もない虚無の空間が見えた後、中から女が出てきた。
「久しぶりです、お兄様」
「紗夜…嘘だろ…」
氷雨サヤ。…というのは自称であり、コードネームはアイビー。なんだか怖い花言葉が込められていた記憶があるが、すっかり忘れてしまった。
彼女は勝手に俺の妹を名乗るやべー奴。ルナリアの銀髪とは違った、朝の雪のような白髪の少女だ。部隊の中でもトリッキーな立ち位置の変則アタッカーを担う刀使いであり、会いたくないランキング1位を今更新した女だ。
「どうやって…ここに来た…」
「お兄様への想いがこの胸に溢れ、私は次元をも超越するに至りました」
嘘であってほしい。彼女はその刀で空間を切り裂き、その切り裂かれた空間に出入りしたり、その空間の収束に相手を巻き込んで硬度を無視した攻撃を行うのだが、ダンジョンと現実のように次元の違う世界は移動できなかったはず…
「…フェリシーの伝言は機能してないのか?俺は戻らないって言ってるだろ」
「それはお兄様が勝手にそう言っているだけですよね?ワガママはダメなのです、みんなお兄様の帰りを待っているのですから。お兄様と私は兄妹だというのに、半年も離れ離れだなんて…私…私、とても耐えられません!」
やはりと言うべきか、俺の主張は聞き入れられない。なら選択肢は一つ。
「言葉でダメなら力で語るしかないか」
ナイフを取り出す。彼女に拳銃の弾は当たらない。…当たったところでどうしようもない。レールガンは節約しなければならない。部の悪い勝負だ。
「力ではなく技術で、ですよお兄様」
「どっちも同じだ…ふん!」
リーチの差は大きい。ただでさえ俺は遠距離担当で彼女は近距離担当だ。しかし伊達に隊長をやっていたわけではない。防がれようとも、押し負けたりはしない。
「…消えた…?」
「後ろですよ、お兄様」
「ッ!ぐっ…!」
容赦の無い刺突。再生したばかりの右足を切断された。しかし彼女は止まらない、体勢を崩した俺に、今度は左足、右手、左手と順に切り刻む。
「あァァァ!!あっ…、がっ…!」
流石にこれは痛いなどというレベルではない。ただ切断されるだけでなく、喪失した空間の収束によって極小のブラックホールのように吸い込まれ、切断面の血肉が抉れていく。
「…お兄様でもそんな声をあげるなんて…」
「がっ…あ…!くっ…」
痛みで脳が意識をシャットダウンさせようとしている。そうでないと狂ってしまうと警告を発する。視界の端から見えなくなっていく。
「…おやすみなさいお兄様」
それが最後に聞いた言葉だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます