心の壊れた探索者とヤンデレガールズ

Jack4l&芋ケンプ

エーデルワイスの花言葉

第1話 俺は戻るつもりはない

時代の最先端を駆ける新進気鋭のゲーム開発会社『ASTR』通称アストラの技術力は他企業のそれとは比較にならない。ゲーム開発会社とは最早建前で、ありとあらゆる分野に精通した、まさに夢の企業。特殊な装置による思念伝達…テレパシーに近い技術や、完全自律型のロボットやら、噂によると軍事開発とも結びついているらしい。中でも最近はダンジョン探索を補助する発明に力を入れているとか。


元ベテランのダンジョン探索者である俺…氷雨ジンはそのアストラの新製品発表会に運良く参加させてもらえることになった。今はホールに人が集められ、ステージを今か今かと見つめている。


しばらくして、ステージの照明が一度消え、傍から出てきた人物にスポットライトを当てた。どうでもいいが、これもきっとAIで動きを読み取って動かしているのだろう。


『あーあー、お待たせしました。この場にお集まりいただいた皆様、本日は我が社の新製品をここに発表いたします』


俺は目が良い方なので、最後列からでもその人物の姿がよく見える。暗い青髪の女だ。


『この私の手に握られているチップ…この小さなチップが、人類をより高次の段階まで引き上げてくれるでしょう』


目が良いとはいえ、流石にそのチップとやらは見えない。スクリーンに拡大された女の手には、1、2センチ四方の機械部品が映っていた。


『このチップを体内に埋め込むことで、我々はまるでゲームのように、自身の状態を確認したり、目的地へのナビをさせたり、更には身体能力の底上げまで!夢の技術がここに実現したのです!』


背筋がぞわりとした。体内に埋め込む、というのが何ともそれらしく、とても怪しい。


『極めつけはこの機能…スキル機能です!この機能を説明するには、ゲームのスキルを思い出してもらえると分かりやすいかと思います。普通ではできないこと、ありえない動き、まるで神からの贈り物のような能力!それがこのチップの中に詰まっているのです!しかも!能力者特有の神秘を限りなく再現した特殊なエネルギーまで完備しています!これがあれば我々を苦しめたダンジョンの魔物にも、一般市民である我々も対抗できるのです!』


胡散臭い…そう思ったが、周りの皆の表情は肯定的に見える。


「やぁ、まさか君と会えるなんてね」


「…フェリシーか」


俺の隣の空席に何の躊躇いもなく座る桃髪の女性。部隊に所属していた時の専属サポーターのフェリシー。もちろんコードネームの一種であり、本名は知らない。


「どうだい?404の元エースから見た、アストラの新製品は」


「…正直言って、不安しかないな」


フェリシーは顎に手を当て、考えるフリを見せてくる。本当は最初から何を言うか決まっているのに、考えるフリをするのが彼女だ。


「一般人にダンジョンに入って欲しくない、そんな複雑な感情か?自分は使いたくないが、他人に使われるのも嫌だ…まるで子供みたいじゃないか」


「嫌味を言いにきただけなら帰れ」


「私は君を引き戻そうなんて甘い希望を抱いてはいないさ。だが…『彼女達』は違う」


この『彼女達』というのが、俺のいたダンジョン探索部隊の隊員達なのだが、彼女達から逃げるようにして俺は引退した。申し訳ないから会いたくないのではなく、単純に会いたくないから戻らないのだ。


「はぁ…せっかく人が避けてた話題だってのに…もう戻るつもりはない。あそこにいたら、いつ刺されるか分かったもんじゃない。だいたい、404なんて縁起でもない名前になったのはアイツらが…」


口を止めた。どうやらアストラの新製品の実演が始まるみたいだ。壇上の女社長が手を突き出し、実験体の、ガラスケースに入れられたマウスに手を向けた。


『今から使用するスキルは炎のスキルです!とくとご覧あれ!』


ガラスケースの周囲に炎が着いた。観衆が感嘆の声を漏らすが、隣のこの女は無関心だ。


『ご安心を!次に使うのは水のスキルです!』


今度はどこからともなく現れた水が、ガラスケースの周りの炎を消した。


「一般人は新しい玩具に夢中のようだな。だが我々にとっては見慣れた光景だろう」


「…帰る。アイツらに伝えとけ。戻るつもりは無いってな」


俺は席を立ち、端を通ってホールを出る。映画の途中で退出するような居心地の悪さだが、その場にいるよりマシだ。


「天才の本気ってのは恐ろしいもんだな…あと50年は来ないと思ってたぞ、あんな発明」


あの女社長の手腕は恐ろしい。名が世間に認知されてからまだ一年、最初はハイクオリティのVRゲームで話題になっていた印象だが、たった一年でここまで規模を広げるとは思わなかった。今では誰もが知る超有名企業だ。『魔法のような科学を』というスローガンは伊達ではない。


「一般人がダンジョン探索をする時代、か…感慨深いな…」


まだ短い俺の人生の全盛期はどこか、それは確実に『彼女達』と過ごした日々だが、その日々はその彼女達によって崩れていった。簡単に言えば、部隊内の痴情のもつれ。


均衡を保っていた女性関係は少しのことで崩れ、次第に彼女達の要求はエスカレート。挙げ句の果てには誰が俺の恋人になるか、という争いが起きた。…俺は誰とも付き合わないと再三申し上げたというのに。


それまでは仲良く部隊でダンジョンを探索したり、ダンジョンから抜け出した魔物から街を守ったり…命懸けだが充実していた。今はただのフリーターだ。


「選ばれた能力者…選ばなかった俺…俺に選ばれなかった彼女達…ハッ、滑稽だな」


「そうですね。あれだけ全力を尽くして選ばれなかった私達はあまりにも滑稽でしょう」


「ッ…!?」


誰かに背後を取られている…自惚れるわけではないが、長年ダンジョンを探索してきて気配の察知は得意だと思っていたはずなのに…


「久しぶりですね、『隊長』?」


心臓が締め付けられるような気分だ。まるで宿題を忘れたことに気づいた小学生のような、投げたボールが窓ガラスを割ってしまったような、最悪な気分だ。


「ひ、久しぶり…ルナリア…」


絹のような美しい銀髪、月夜の雪のような灰色の瞳。元隊員の中でも面倒なやつとここで再開とは…


「今までどこにいたんですか?何をしてたんですか?誰と話してたんですか?私達は家族だって言ってくれたのに、なんで逃げたんですか?ねぇ、教えてくださいよ、ねぇ!!」


始まった。いつもこうだ。こうなるまで放っておいたのは俺であり、彼女をこうも依存させたのは俺なのだが、当時の俺は彼女の心がこんなにも脆いとは思っていなかった。もしあの時に戻れるのなら、逃げる時に彼女だけでも説得して連れ出せばよかったと思っていた。


…そうすれば他の隊員は血眼で探し回り、下手をすると2人とも刺されかねないが…


「ルナリア…」


かける言葉が無い。逃亡生活の最中では何度か、一度ガツンと言ってやろうと考えていたが、いざ対面するとこうも俺は女に弱いとは…


「ずっと一緒だってぇ…言ったじゃないですかぁ…!なのにどうして…!」


幸い周囲には人がいないが、普通に見たら高校生か大学生くらいのカップルの男が女を泣かせているようにしか見えない。だからと言ってここで引き下がれば今まで逃げてきた意味が無くなってしまう。故に…


「すまんルナリア!」


逃げる。全力で逃げる。探索者を辞めるにあたって、非常時以外は能力の使用は御法度となったが、普通の状態では逃げれないためやむなく身体を強化して走る。


「…ルナリアから第404特別行動隊に告ぐ、ターゲットが逃亡した。直ちに追跡せよ…」







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