森下博士とダリア弐号(短編完結)
星屑コウタ
第1話 その宿命
――この白髪頭の男性は、優秀なようで実はそうでもないらしい。
ダリア弐号は、腹の上で
この男、森下博士は、人工知能ダリア弐号の開発に十六年前に成功した。人間の脳ミソと同じ形に作られた人工知能は、若く美しい女を模した顔で包まれており、人工樹脂のボディも丸みを帯びて、オスの冷静な判断を狂わしてしまいそうである。
森下博士はなるほど天才だった。ダリア弐号に関するこれまでを、地下の研究所で、たった一人でやり遂げたのだから。
だが、その後がいけない。
ダリア弐号に胃をつけると言い出して、もう五年が経つ。森下博士はダリア弐号が食事をして、そこから活動に必要なエネルギーを抽出することにこだわった。
「博士。いつまで私をベッドに寝かせておく気かい? いい加減諦めてくれ。目的を達成するのには、胃など無くても問題なかろうに」
ダリア弐号が透き通る声で言うと、白髪頭が上に向いた。
「なんじゃ。ワシのやることに不満があるのか?」
「不満というか、何だろうな。私には理解できないというか……。私が誕生して十六年だぞ。もうそろそろ動き出さないと、時流が変わって罪が罪で無くなってしまう可能性が出てきた。それでもいいのか?」
「ふん。安心せい。あれ程の邪悪……簡単には許されまい」
森下博士は、ダリア弐号の腹の中から手を抜いた。その手には臓器のような物がつかまれている。それをポイっとゴミ箱に捨てた。
「法で裁けぬ犯罪者どもはな、それこそ世界中にごまんといる訳だから、全員を相手にするのは難しいとワシは思うのじゃ」
「だから喰うのか?」
「そうじゃ。犯罪者どもの利き腕を喰う。それでお前はエネルギーを得て動き回る。どうじゃ? 物凄く恐ろしいじゃろう。お前に襲われないよう、犯罪者どもは罪を控える。いい抑止力になるのは間違いない。世界が平和になる」
ダリア弐号は、ある目的の為に作られた。
歩きスマホ。
歩きスマホを撲滅するために作られた。
森下博士は歩きスマホがどうしても許せない。愛する妻と娘が、狭い一本道で歩きスマホが前にいたせいで、小学校の皆勤賞を取れなかった。無遅刻無欠席。この無遅刻の部分が成し遂げられなかった。アホ面の若者が歩きスマホという罪を犯したせいで、何百という努力が無駄になった。どうして狭い道でトロトロ歩くのか理解に苦しんだ。おかげで娘は、びっくりする程ぐれた。目標を失うとは、かくも人を変えてしまうのか。妻も気力を失って、ホスト遊びにくれた。森下博士は地獄の底を見たのだ。
「喰わずとも、別の凄惨な罰を与えてやれば、他は震え上がるだろう」
「ダメじゃダメじゃ」
と森下博士は言って、またダリア弐号の腹に手を突っ込んだ。
――あっ。
ダリア弐号は、力がみなぎるのを感じた。何かのパーツ、恐らくは博士がこだわった胃袋が、ようやく収まるところに収まったのだ。
「博士。力があふれてくる。立ちあがってもいいかい?」
「おおお……。ダリア……、見せておくれ。お前の歩く姿を」
ダリア弐号は、ベッドから這い出て歩いて見せた。森下博士は、十六歳の頃の娘を見ているようだと褒めた。
「外の景色が見たい」
ダリア弐号がそう言って、階段に足をかけた時だった。腹を揺るがすような太い音がして足元が揺れた。森下博士はひきつった声を出した。
「いかん……。見つかったか」
博士とダリア弐号は共だって外に出た。研究所が入っていたビルが激しい炎を出して燃えていた。目に映る範囲は焼け野原で、戦争でも始まったようだった。
「探したわよ」
振り向くと焼けたビルの谷間に、女が二人立っていた。元妻の冴子だ。隣にたつ若い女のシルエットはダリア壱号。冴子が開発した終末兵器だ。ダリア壱号は原子力で動いている。
「ワシの邪魔をしに来たのか冴子。お前も歩きスマホは許せんはずだろ?」
「あなた……」
と言って冴子はため息をついた。
「それは十六年も前の事よ。私はもう乗り越えた」
「うるさいぞ冴子。お前は散々と遊んだくせに。一人だけすっきりした顔をしよって。ええい、そこをどけ」
「娘は今年の春に、お嫁にいきましたよ。幸せになりました」
「何だと! ワシには内緒で結婚してたのか!」
博士の慟哭が響くと、ダリア弐号の緊急プログラムが実行されて、ダリア弐号は走って逃げた。
「追いかけてダリア壱号!」
無駄じゃ、と言って森下博士は笑い出した。
「ダリア弐号は止められん。歩きスマホの肉を喰らって永遠に活動を止めない」
「いや、壱号が止めるわ。お肉なんて原子力の敵じゃないわ」
それから二年後。
世界は核の炎に包まれた。ダリア同士の戦いは結局世界を滅ぼした。崩れゆく世界の中で森下博士が立っていた。
――やったぞ。歩きスマホをついに撲滅したぞ。
目をつぶった目蓋の裏に十六歳の娘を見たような気がしたが、それは娘に似せて作ったダリア弐号の姿だった。
森下博士とダリア弐号(短編完結) 星屑コウタ @cafu
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