第2話

「領政については口を出すなと来たか……父上も頭が固いな。この現状を見て、どう削る所がないと言うのか」


 あの後俺は父上に提言しにいったが、「子供の口出す所ではない」とすげなく返されてしまった。


 だが、そこで引き下がっていたらいつもの俺だ。だから、こっそりと屋敷を抜け出して街を見に来たのだ。


 そこは豪華絢爛な屋敷とは別世界のようだった。誰も彼もがボロの服を着て、流す汗もないように農作にいそしんでいる。


「たまんないわよねえ。こうして野菜一つ作っても領主に持って行かれるか魔物に盗られるかなんて……」

「仕方ないよ、ここはそういう場所なのさ……俺たち全員が魔物に食われるまで、あいつらは気付かねえんだろうな」


 そんな声さえ聞こえてくる始末。どうやら、グリンヒッド家の悪評は大概なものらしい。


「……魔物、か。そのくらいなら俺が出れば容易く片付くな」


 そう思い、俺は警備団があるという小屋へ向かうのだった。


 ◇


「ったく、やってらんねえよなー。また『大食らい』が出たってよ」

「領主様には何度も援軍を嘆願している。そのうちきっと……」

「そんなの来るわけないじゃないですか! このままじゃ死人さえ出てしまう……!」


 何か言い争っているが……俺の要件は一つだけだ。


「おい、俺を討伐隊に加えろ」


 胡乱げにこちらを見返してきた隊長らしき男は、俺を見るなりピッと姿勢を正した。


「ざ、ザック様!? 何故こんな所に……?」

「……力が足りんと言っていたのは貴様らだろう。だから、力を貸してやりに来たのだ」


 その言葉に周囲はざわつく。


 ――領主様からの援軍って……?

 ――冗談じゃねえぞ、怪我の一つでもさせたら何されるか!


 そう思うのも仕方あるまい。だけど、それでも俺にはすべき理由があった。


 人間に徒なす魔物を討伐! それこそ、正義の心に近づけるのではないかと興奮していたのだ。


「加勢がいるのか、いらんのか。いらんのなら、俺は勝手に行ってくるぞ」

「……あなたに死なれてはどうなることか分かりません。お供しましょう……」


 隊長は何かを諦めたように、項垂れてそう言った。


 ◇


 森に一歩足を踏み込んだ途端、空気が変わった。まるで俺達を待っていたかのような速度で魔物達が襲いかかってくる。その中に一際大きな四足歩行のバケモノも居た。


「ザック様! 危ない、そいつこそが『大食らい』です!」


 だからこそ、俺が先頭に立つ必要があったのだ。


「失せろ、狗共」


 俺の体に飛びつき噛み殺そうとした狼型の魔物はバチンと弾かれ地面に横たわる。俺はそれに追い打ちするように拳を急所に向けて打ち出した。


 続いて現れるのが急襲の本命、一際大きな体躯の魔物が俺がトドメをさした隙を突くように、口から焔を吐き出した……だが、その焔は俺を焼くことはなくはじき返され、さらに勢いを増して狼型魔物の全身を焦がした。


「い、今のってあの『大食らい』だよな……? 領内の食物を漁っては飛び去っていくっていう……」

「あの焔をくらって無傷だって!? そんな、あの領主の息子だろ……?」


 俺はくるりと振り向き、驚愕して動けないでいる面々の方へ跳んだ。背後を狙っていた小型のゴブリンに手刀を差し込み心臓をえぐり取った。それはまるで綿でも裂いたかのような感触だった。


 吹き出る血しぶきを浴びながらもう一匹のゴブリンの頭をねじ切った俺を……兵士達は化物でも見るような目で見つめていた。


 その中の一人が、ぽつりと呟く。


「なんて、残虐な殺し方……」

「綺麗に殺せば恨まれないのか? どうせ朽ちていくだけの死体に遠慮する必要がどこにある? 貴様らは自分達が殺されそうになったというのに随分善良なんだな。その甘さが原因で、死ぬ事にも繋がるのではないか?」


 というか……俺は剣を持ちたくとも持てないのだ。昨日検証した結果、俺はそこらの剣を持つよりも手刀でたたき切った方が強いことが分かった。


 それもそのはず、俺の能力というか体質は、『反射』にある。


 おそらくは剣が『反射』の効果の範囲外であり、手足は『反射』に適用され続けているという差だろうと思う。


 固さの差……というのが一番近いかもしれない。よほどの名剣で無い限り俺の手の方が固いのだ。刃とは得てして固い方が強いもので、俺の拳となまくらの破壊力には大きな差異がある。


 俺は『反射』がある限り決してダメージを受ける事は無い。ならば、どれだけ強固な肉体を持った魔物でも、二人がぶつかり合った時に勝つのは俺の方なのだ。


「他に標的は?」

「いえ……任務完了です。まずはそのおびただしい返り血を……その、部下が腰を抜かしてしまっているので」

「ふん、鍛え方が足りんな。情けない……」


 これだから、戦闘って奴はつまらない。命のやりとりさえできない俺には、無縁の世界だと思っていたが……ヤンクはもう少し楽しそうに戦ってたんだよな。


「……それができるなら、もっと早く来いよっ……!」


 そんな声が、どこかから聞こえた気がした。

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『反射』使いのやり直し~史上最凶の悪役は心機一転して憧れのボディガードになりたい~ @sakumon12070

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