『反射』使いのやり直し~史上最凶の悪役は心機一転して憧れのボディガードになりたい~

@sakumon12070

第1話

 領主の息子であり強烈な能力も持って生まれた俺、ザック・グリンヒッドに手に入らないものは何も無かった。


 こいつが気に入らないと一言漏らせば使用人のクビが飛んだ。


 あれが欲しいと眺めていれば手に入った。これが要らないと言えば無くなった。


 そんな生活を幼い頃から続けてきた結果……。


 俺の風評は最悪なものになっていた。まあ、他人からの評価なんかどうでもいいが。


 だが、そんな俺にも、どうしても欲しいものが出来た。それはまさに俺の人生における革命の日と言えるだろう。


「父上、この本は何だ?」

「うん? ああ、ザックか。そいつはボディガードとやらの本だよ。屋敷の誰かが持っていたか……興味があるなら読んでみるといい。下々の惨めさというものがよく分かるよ」

「なるほど……なるほどな。ふん、こんな低俗な夢物語に奴らは心を躍らせているのか。確かに下らんな」


 しかし、ちょうど暇だったこともあって俺はその本を自室でペラペラとめくっていた。


 それは、主を守る騎士のような話で、確かに民衆が好みそうなありきたりな話だった。努力をせねば強くなれない騎士と守ってもらわねば生きていけない、そんな歪な関係に眉間にしわを寄せていると――


 ◇


 気付けば、朝になっていた。夕飯も食べずに俺は、その本を必死になって読み込んでいた。


「なるほどな。騎士……いや、ボディガードのヤンクは最初はただの仕事だと考えていた。そのせいで本気で自分達を守る存在を探していた下民共の目にはつかなかった。だが、そんな中で自分を選んでくれたお嬢様の期待に応えようと必死だったのか……!」


 これは、これはとんでもない。俺の思考回路にはない……ともあれば真逆の存在であるヤンクの誠実な心に俺は胸を打たれていた。


 騎士だなんてとんでもない。彼は正しくボディガードだった。騎士は主のために剣を振るうが、ボディガードは身を挺して主人を守る盾だ。


 守るものは命だけではない。名誉、金、怪我……そして気遣うは生活を少しでも良きものにするための全てだ。


 そして、俺はこれまでの人生を思い返してみる。


 何かに必死になった事があっただろうか。他人のために何かを成そうとした事があっただろうか。


 俺は……俺は、誰かに選ばれた事などあっただろうか。特別な存在であった事が一度でもあったか?


「欲しい……俺は、ヤンク……お前の心が欲しい」


 変わりたい。そんな欲求が俺の全身にほとばしった。俺だって誰かのために一生懸命になってみたい。


 本気で成長して、仲間と喜び合い、特別な人の特別になりたい。


 だが、そのやり方が僅かも検討つかない。また父上に言うか? いや、それではダメだ。


 俺が望み、相手に望まれなければならない。


 そんな時、使用人の……あー、誰だ……女性が部屋をノックして入ってきた。


「……おはようございます、ザック様。昨晩は何も喉を通らないとの事でしたが、朝食はいかがしますか?」


 ああ、もうそんな時間か……いかんな、数冊本を読んだだけで私生活まで捨てるわけにはいかん。


 だが……待て、変わるなら今、ではないのか?


「貴様……名を何という?」

「ひっ……も、申し訳ありません。お休みの所を失礼してしまい……私はこれで……」

「待て。名を訊いている、それが分からんほどの低脳がこの屋敷に居たか?」


 ヤンクは登場人物全ての名を覚えていた。そのくらいならまあ、俺にもできるだろうと思って尋ねているだけなのに、何をこいつは怯えている?


「……サラと申します。ただの召使いに過ぎません」

「そうか、サラ。普段は何の仕事をしている?」

「っ……! いつも、ザック様の身の回りのお世話を……」


 サラは僅かに俺を睨んだ気がしたが、その真意は分からなかった。まあいい、ヤンクだってこうして一人一人と仲間を増やしていったのだ。


 ならば俺もそれに習おう。と、その前に……。


「この本、続きはどこにある? 『少年ヤンク』だ」

「は……本、ですか? 確か、作者が行方知れずになり続きは無かったはず、です、が……」

「ふんっ、なるほどな」


 俺は思わず椅子を蹴っていた。それにまたサラはびくりと体を震わせる。ああ、そうだな。八つ当たりは良くない。反省しよう。


 そして、サラの顔色がいやに悪い事に気がついた。具合が悪かったか? それなら休めば……なんて言葉、今までの俺なら出てこなかった気持ちだろうな。


 ああ、俺はもう優しくなれているのだ!


「サラ、貴様……俺の飯はどうでもいいが、貴様はちゃんと食べているのか?」

「あ、えっと。もう二日は何も……」

「ほう、なるほどなぁ……食は肉体と力を生み出すものだ。そこを疎かにするとはなあ」


 そんな俺の嘆きに、サラは激昂したように語気を強めて言う。


「お言葉ですがっ! 私達が何も食べられないのはグリンヒッド家に全てを奪われているからです! それも全て、ザック様のわがままで……っは。はっ……私、私ったらなんてことを……!」


 なるほど、確かに俺の所業を考えてみればそのくらいのしわ寄せは領内にいっていてもおかしくない。


 くそ、なんで俺はあんな生活を続けていたんだ……!


「ご苦労、サラ。この事は父上と話しておこう」

「お待ち、お待ちください! 私には娘もいるのです! この仕事が無くなれば娘はもうパンの一切れさえっ……!」

「はっ、弱者というものは大変だな。パン一つにすがっているのか。なら、今日の俺の朝飯くらいは土産にしておいてやろう」

「ザック様――!」


 何か叫んでいるサラに精一杯の笑みを遺して、俺は部屋を出て歩き出した。目的地は、当然父の部屋だ。


「領の食糧難……それほど深刻なら、全ては俺の責任だ。俺の食費を削っていくらになるかは分からんが、金の使い道については検討せねばなるまい。今すぐにだ」


 ああ、心の奥底から心地よい。これが善行ということか。積み重ねていけば俺もいつかはヤンクのような心を……!


「ふっ……はは、はっはっは!」


 希望しか見えない未来を目の前に、俺は笑っていた。

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