蒼月の節「引き籠もりの籠城」



 レグルスとアーデルハイトが屋敷へ入ってから、一時間が経過していた―。



 ヘンリエッタは未だ部屋から出る気配は無く、誰かを迎え入れる気も全く無かった……。



「なぁ、ヘンリエッタ。じゃあせめて部屋の中で話をさせてくれないか? 俺達もうずっとドアの外で待たされて疲れてんだよ」


「…では、家政婦さんに椅子を持って来てもらえばいいじゃないですか? 廊下は広いですし、椅子に座れば疲れる事はないでしょ……」


「いや、そう言う事じゃねーんだがよ……なぁ、頼むよヘンリエッタ! こんなにお願いしてもダメか?」


「……はい。ダメです」



 ―ガク。



 さすがのレグルスも心が折れかけている様子だった。



「あのう……すみません、お嬢様のお茶を御用意致しましたので……」



 家政婦がお茶を上まで運んで来ていた。



「…家政婦さんですね? 今日は何のお茶を入れてくれました?」


「は、はいお嬢様。今日はお嬢様のお好きな蜂蜜漬けのレモンティーでございます」



 ―パッ



「あら……」



 家政婦の手元からお茶が部屋の中へと転移された。



「……さすがです家政婦さん。とても美味しいです」



 レグルスとアーデルハイトは呆れた様に大きなため息を吐いた。



「よろしければ、お二人もお茶をどうですか? 下に御用意しておりますので」


「お気遣いありがとうございます。レグルス、とりあえずお茶を頂いて少し落ち着きましょ?」


「……賛成で〜す」



 すっかり疲れ果てたレグルスは、アーデルハイトに連れられ一階へと降りて行った―。




 ★☆★




 ―レグルスとアーデルハイトは、同じく蜂蜜漬けのレモンティーを飲んでいた。


 蜂蜜と甘みとレモンのさっぱりとした酸味が、今の二人の体と心を癒していた。



「はぁ……とても美味しいわ。ところでレグルス、一つ聞きたいのだけど、あなたの言っていたってどういう意味よ? かなり大袈裟に言ってたけど」


「ふー、生き返ったぜ! なぁアーデルハイト、悪いが今回は大袈裟とかそう言うじゃねーんだわ。ヘンリエッタは唯一無二の天才だぜほんとに」


「そんなになの? ただの引き籠もりの子が、あなたの言う天才だとは私には到底考えられないのだけど……」


「じゃあ分かりやすく説明してやるよ。アーデルハイト、コレを見な」



 レグルスは右手に炎を出して見せた。



「じゃあ次、アーデルハイトは左手に雷を出してくれ」


「左手に? これでいいのかしら……」



 アーデルハイトは左手に雷を出して見せた。



「よし、今俺の右手には炎、アーデルハイトの左手には雷があるよな? じゃあ、これをそれぞれ両手にに出せるか?」


「えーっと……つまり、レグルスは右手に炎左手に雷、私は左手に雷右手に炎を同時にって事よね……って、そんな事無理に決まってるじゃない!」


「どうしてだ?」


「どうしてって……一度に展開出来る魔法はまでなのよ!? そんなの常識じゃない!」


「常識ねぇ〜じゃあ、その常識を破ってに出せる天才が居たとしたどう思う?」


「そんなの有り得ないわ。第一……ねぇ、ちょっと待って。まさかあなたの言う天才って……」


「あぁ、そうだアーデルハイト。ヘンリエッタはなんだよ。しかも、絶対に不可能とされている白魔法と黒魔法をな!」


「―レグルス、今回ばかりは申し訳ないけどそんな事絶対に不可能よ。長い歴史の魔法の世界でも、二つの魔法を同時に出せた者なんて一人も居ない。ましてや、白魔法と黒魔法は同時に覚える事すら不可能なのよ!?」


「…アーデルハイト、俺が冗談なんかでこんなクソめんどくせー引き籠もりの穴熊の屋敷までわざわざ来て、一時間以上もご機嫌伺いすると思うのか!? ヘンリエッタがマジモンの天才でなきゃ、こんな事する訳ねーだろ!」


「で、でも……さすがに今回ばかりは信じられないわ!」


「だから今その天才を何とか引きずり出そうとしてんだろ? ほら、お茶飲んだらとっとと戻るぞ!あのを早く突破しないといけねーんだからよ」




 ★☆★




 ―更に二時間後。



「……もう無理……俺、限界……」



 あれから再び交渉を開始したレグルスだったが、穴熊ことヘンリエッタの籠城は頑固たる要塞で、レグルスの交渉はことごとく打ち返されていた。


 アーデルハイトの表情は、もはや噴火直前の火山の様に険しくなっていた。



「……あなた方もいい加減しつこいですね……早く諦めて帰ってください……」


「アーデルハイト……悪いが今日はもう帰ろう。さすがの俺も限界だ……やっぱりゲームの時みたいに誘拐するんだったぜ……」


「何馬鹿な事言ってるのよ! あなたが任せろって言ったんでしょ?」


「俺もまさかここまでとは思わなかったんだよ! ヘンリエッタの好物を渡してを上げれば仲間に出来るって攻略サイトに書いてあったからそうしたのによ……畜生めっ!!!」


「またあなたは訳の分からない事を……わかったわ、じゃあ私が交渉する!」


「…アーデルハイトが? やめとけやめとけ……ストレスが溜まるだけだぜ」


「いいえ、って言うよりもうとっくに限界来てるから、発散させてもらうわね!」



 すると、アーデルハイトはドアの前に立ち何やら構えを取った。



「お、おい。アーデルハイト、一体何をするつもりだ……?」


「すーはぁー……よし、はぁぁぁぁぁ!!!」



 アーデルハイトは勢いよく回し蹴りをドアへと振りかぶった。



「や、やめろーアーデルハイト! 今までのが全部無駄になっちまう!!!」



 ―ドゴォン!



 なんとアーデルハイトは大きな扉を破壊してしまった。



「ひ、ひぇぇぇぇぇっ!? な、なななな何やってんですかあなたは!?」



 部屋の中で仰天し怯えるヘンリエッタの姿をアーデルハイトは捉えた。



「さぁ、もう籠城はお終いよ。私とゆっくり話しましょうか……穴熊さん?」




 —————————

 あとがき。

 最後までご高覧頂きまして、ありがとうございます!


【次回】強引に突破されたヘンリエッタは一体どうなる!?


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