第8話

部屋から出ていく。

そのまま廊下を歩きながら、周囲の気配を探る。

誰もいない事を察した所で、俺は静かに名前を口にした。


こよみ


俺が名前を口にすると、声に反応して暗闇の中から姿を現す女性。

黒の着物に黒の髪、瞳すらも暗い彼女は俺の影である。

奈落迦と言う空間、様々な組織は存在するが、奈落迦そのものを神と定義し、この地へと落ちた者を神の使徒として認識している者は、後にも先にも『鬼眼衆きがんしゅう』だけだろう。

鬼眼衆は暗躍を行い、様々な土地から情報を聞き出す、奈落迦にとっての情報機関だ。


暦はその中でも、奈落迦に選ばれた神の使徒として、俺の傍に付く事に決めた女性だった。

鬼眼衆は姿を消す禍遺物を多数所持しており、俺の傍に邪魔にならぬ様に姿を消している。


「御導様」


御導、と言う呼び方は、神の使徒と言う意味合いである。

道を指し示す者としての呼び方であり、鬼眼衆が定めた使徒に対して付ける呼び方である。


「何か面白い展開になってないか?」


奈落迦の情勢を暦に聞くと、彼女は首を傾けながら考えている。いや、探っている様子だった。


「…三つの組織が、戦ってますね」


そう言われた時、俺は面白そうな話だと耳を傾ける。

暦は、俺の後ろに回って、耳元で囁いた。


「『斬啼道ザナドゥ』、『蝶弔ちょうちょう』、『紫褪雨ムラサメ』…この三つの組織が、一つの禍遺物まがいぶつを求めて諍いを起こしています」


暦はそう言った。

多くの組織があるが、名前を聞いた事があるのは蝶弔だけだった。

その三つの組織が狙っている禍遺物とは一体なんだろうか?


「その禍遺物はなんだ?」


俺が聞くと、すぐさま、暦は答えてくれる。


「四大死凶の一角を操る杖だと、聞いています」


四大死凶…。

それは、この奈落迦に居るものならば誰もが知る怪異現象。

出会えば逃げる事しか出来ない、災害にして天災と称される一つのイベントだ。

その内の一つを、操る事が出来るのだとすれば…それは正に、破格の禍遺物だろう。


「御導様、如何なさいますか?」


そう言われて俺はどうするかを考える。

仕事が終わって、今はプライベートだ。

指輪もまだ垰店主に返却してないので使用出来る。


「少し興味があるからな、これから探りに行こうと思う」


俺がそう言うと、暦は頷いた。


「御導様が仰るのならば、私も陰ながら同行致します」


そう言われて、俺は再び奈落迦へ向かうことにした。

扉を司る指輪を使用する前に、俺は自分の禍遺物を回収しに社員寮へと戻る。

粗方、道具を回収したら、扉を作り、奈落迦へと移動する事にした。

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