第7話
俺は再び店主の部屋へと戻っていた。
しかし、垰店主の姿は何処にも見当たらなかったので、俺は仕事として売買を成立させた金を店主の机の上に置いた所で、軽く伸びをする。
「さて、と…」
このまま仕事終わりに眠っておきたい所だったが…まだやる事があるので、俺はそのまま歩いていく。
部屋を出て、廊下を歩き、階段を使って上へ上へと昇り、エレベーターに乗って地上を目指す。
垰店主の部屋はとにかく深い地下にあり、地上へ戻るだけでもかなりの時間が掛かった。
エレベーターが開く、何処か、薬剤めいた匂いが充満する廊下の元へと訪れる。
そのまま、俺は廊下を歩きながら、更に二階へと上がっていく。
俺が今から行く場所、そして目的は、一言で簡潔に説明するのであれば、お見舞い、と言った所だ。
俺には、相方と言う存在がある。この、回顧屋では、奈落迦へ潜る際には、基本的に二人一組での活動が徹底されていた。
なので、俺にも相方が居るのだが、とある事情で、その相方は部屋から出る事が出来ない状態になっていた。
基本的に俺は一人での危険な仕事を請け負う様になっていた。
それが、人によっては気が滅入る事でもあるのだが、危険や刺激を求める俺にとってはありがたい状況に置かれている。
そんな事を考えながら、俺が扉に手を掛けた。
部屋に入ると、香木の匂いが鼻を突いた。
薄暗い部屋の中で、俺は扉近くの電灯スイッチに手を掛ける。
スイッチを押して部屋の電気を点けると、ベッドの上で眠る、白色の髪をした少女の姿が其処にあった。
少女、と言うのは、俺の見た姿からそう言っただけではあるが、その体は兎に角貧相なものだった。
昔から、栄養失調が続いた彼女は発育に影響を及ぼし、少女と見分けの付かない細い体になってしまったと聞いている。
それに加えて、数か月前の仕事によって、彼女の肉体は壊れてしまった。
体中に包帯を巻いている彼女は、息苦しそうに呼吸を続けている。
「やあ、出灰さん」
俺がそう声を掛けると、閉ざしていた瞳を開けて、遠い空を見つめている。
出灰ハクア。
彼女の名前はそう呼ばれている。
特殊な肉体を持つ彼女だが、それは今は昔の話。
今の彼女には、動く事すら出来ない程に衰弱していた。
俺が声を掛けた事で目を開いたが、彼女の視線は俺の方を見つめては居なかった。
視界が頗る悪くなっているのだ、彼女には、何処に俺が居るのかすらも分かっていない様子だ。
「ぁ…い、りがみ、さ…」
か細く俺の名前を口にする彼女に、俺は手を伸ばして、彼女の手に触れる。
「久し振りだな、昨日ぶりだっけ?」
俺は何時もの調子でそう答えた。
彼女は俺の声を聞いた事で、重苦しい吐息を辞めて、薄く呼吸をする様に胸を上下に動かしている。
「ひ、さし…」
無理に答えようとする彼女に俺は無理に言葉を交わさなくて良いと言う。
彼女は、その声に頷き、俺の手を強く握り締めた。
強く、と言っても、弱弱しい、彼女は次第に死んで逝く。
死がすぐ近くにある彼女を見て、俺は何も思わない。
心音が高鳴る事など無いが…だが、俺は彼女を尊敬している。
昔の事を思い出す、どれ程、辛い境遇、悲しい事があっても。
彼女は、自分の目標の為に立ち向かい続けた。
その姿勢が素敵で、目を奪われてしまったから、俺は彼女が動けなくなった今でも、傍に居たいと思った。
彼女の行動は、常に心臓を高鳴らせる事でいっぱいだ。
その記憶を蘇らせる為に逢いに来る事は、彼女の傍に居る理由の一つでしかない。
「…また来るよ」
お見舞いを終えて俺は立ち上がる。
出灰さんは寂しそうに、強く握り締めた手を、やがてゆっくりと力を抜いて離した。
また、何処かに行ってしまうのだろう、しかし…それでも彼女は引き留める様な真似はしなかった。
俺が再びこの場所へと来る事を信じているのか。
それとも、もう幾度目の今生の別れを行ったのか。
どちらかだろうと、俺には分からないが、また来ると言った以上、俺は一人で勝手に約束した事を遵守するだけだった。
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