第3話

指輪を使用して黒い煙を発生させる。

黒い煙は積もり積もれば、大雲の様に大きくなっていき、最終的に煙は晴れると、目の前には扉が出現する。

用意していた鍵を使い、鍵穴に鍵を突っ込むと、俺はそのままドアノブを捻って中に入る。

扉の先には、一つの建物があった。

周辺は、住宅街と同じ様に建築物が乱立しているが規則性が無い。

まるで、コピーしたものをそっくりそのまま、現実にペーストした様な感覚であり、この俺の思考は案外的を得ている。

大迷宮内部にて、表社会に出ずままにそのまま大迷宮で生活を行う組織も多く存在する。

俺がこれから取引を行う組織も正にそれであり、建物をコピーする道具を使用して、部屋中に沢山の建物を作ったのだ。

土地の権利は誰も無く、それ故に誰が建てても文句は言われない、自由に活動出来る為にこのまま大迷宮を根城にする輩が多かった。

俺がビルの前に出現した事で、守衛を務める黒服の男が俺の方を睨んで警戒していたが、即座に俺が顔見知りである事を悟ると、警戒を解く事無く俺に話し掛ける。


「名前は?」


守衛の声に、俺は帽子を外して答えた。


「狗神仁郎、所属は回顧屋・嶺蕩、今回の取引に応じて禍遺物を用意した」


そう言うと、守衛が俺の方に近づいて来る。

腰に手を回しているので、下手な行動をすれば攻撃されるのだろう。

俺は相手の行動に対して何もする事無く、手に持っているアタッシュケースを置いて両手を上げる。


相手が俺の体を弄って来た。


「事前に話した通り、俺の所持する禍遺物は転移用と自衛用、そして取引用の三つだけだ」


そう言って俺は指に嵌めた二つの道具を見せる。

基本的に相手が攻撃してこない可能性もあり、また顔を変えている第三者の可能性も考慮して、人と接触する場合はかなり厳重にボディ・チェックが行われる。

ようやく、俺の所持している禍遺物が二つだけだと理解した所で、守衛は俺を建物の中へと通した。

アタッシュケースを所持したまま、俺は建物の中へと入っていく。



取引相手と接触、こちら側が回収した禍遺物に対して値段を提示した所、相手側は横柄な態度を取っていた。

客人に対して煙草を吸っている、テーブルに足を掛けてくつろぐ様は、主人と奴隷の様な立ち位置の様に見えた。


「こちらが、ご提案の禍遺物です、効果は回復系、呪詛は使用後の対象者は、肉体の回復機能が低下します」


禍遺物。

これは、奈落迦に落ちている道具の一つだ。

使用すれば、肉体を呪う呪詛を与えるが、同時に多大な異能を得る事が出来る一長一短の道具。

俺はこの禍遺物の効能を知らせた後にランクも報せる、少なくともランクはBと言うかなり使い勝手の良い禍遺物。

甘く見積もっても一億以上の値段が張るのだが。


「この程度の道具で、一億?多くて五千万だろ」


と、俺の事を侮蔑しながらその様に言った。

その反抗的な眼と、相手を舐めた態度に俺は少なくとも冷めた表情で相対する。


「そうですか、これ程、呪詛の影響が少ない道具も珍しいですよ」


「馬鹿か?話を聞くに、この道具の呪詛ってのは、使用した後、回復した奴の自然治癒能力が低下、一週間で治る傷は一年以上掛かるって事だろうが、これの何が影響が少ない、だ」


小馬鹿にする様に言って来る。

この男はどうやら、この迷宮へと来て日が浅い新参であるらしい。

この禍遺物の効果に対して、治癒能力が遅効すると言う点が不良品と考えているらしい。


「ここは魔法の世界みたいなもんだろうが、だったら、デメリット無しで回復とか出来るものくらいある筈だろ、それを持って来ないって事は…お前、刻楼組を舐めてんだろ?」


舐めているのはお前の方だろうに。

此処が、魔法の世界だと信じている時点で、考えが浅い。

尤も、この奈落迦に入る事が出来たと言う事は「入」としての条件を満たしているのだろう。

だが、だからと言って俺は認めたくはないものだ。

しかし、話は以前にして平行線を辿っている。

話を切り上げて、また別の相手と取引をするかどうか、そう考えた矢先だった。


「もういいわ、使えねぇなお前。いや、お前の会社か、こんな道具すら安く譲れないってなら、別にお前らと取引しなくても、別の会社とかあるんだぞ?」


脅しを掛けている男。

どうやら、他の組織と取引をするから、お前たちとは縁を切ると言っているのだろう。

それが嫌ならば、もっと安く、上等な道具を持ってこいと、そう言っている。


「…どうやら、ふざけているのはあんたらしい」


こんな奴の相手をするのは疲れる。

なので、俺はアタッシュケースを掴むと、部屋から出る事にした。


「おい、まだ話の途中だろうがッ」


そう吼えているが、俺にはどうでも良い話だった。


「チッ、おい、二度と来るんじゃねぇぞ!ボケがッ」


部屋の中からその様な声が聞こえて来るが、俺は無視をした。

建物から外に出た時、外に扉があった。

それは俺の使用した扉では無く、別の扉であり、ドアノブが開かれると、丁度その扉から出て来る一人の女性の姿が其処にあった。


「どうも」


俺が声を掛けると、彼女は俺の方を見ていた。

そして、俺の方に近づくと、腕を組んでいる彼女は挨拶代わりに告げる。


「もう取引は終わったの?」


刻楼組。

最近、表舞台からこの奈落迦へと進出した暴力団関係者だ。

その内の一人、階見しなみ紫桜しおの姿が其処に在った。



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