第4話

成人女性と言うには彼女の姿は何処か少女の様な面影を感じている。

その童顔と、蜘蛛の様に細い髪が背中を覆っていて、シャツとスカート、そして黒タイツを着込んでいる彼女の姿は学生にも見える為だろう。


彼女の質問に対して俺は残念そうに答える。


「あぁ、今後から、お前の所とは取引はしないらしい」


そう言うと、大きく目を開いて、階見紫桜は驚きを隠せない表情をしていたが、即座に冷静を取り戻すかの様にその理由を聞いた。


「何かあったの?」


「無茶な注文をしてきたからな、無理だと言ったら一方的に取引は、今後しないって言われただけだ」


事実を伝えたら、苛立ちを覚えている階見紫桜は唇を噛み締めて眉を顰めていた。

苛立ちを覚えると、彼女は頭痛に似た痛みが頭を駆け巡るらしく、更にイラつきが増してしまうのだと聞く。


「ちょっと待ってて」


そう言われた事で俺は仕方なくその場で待機をする事にした。

彼女は、建物の中へと入り、数分が経過すると、次に建物から出て来たのは、先程取引を行った男性だった。

蒼褪めた表情をして、手を抑えながら、逃げ出す様に此方へと向かって来る男は、先程の様な傲慢な相貌は感じられず、怯え切った子供の様に、今にでも泣き出しそうだった。

見れば、男が抑えている手には、赤い血が流れ出していた。

指を切ったのだろうか、と思いながらも、俺は何となく得心していた。


階見紫桜は、奈落迦へと落ちた「奈落墜ち」であり、その後、奈落迦に対して利用価値があると踏んだ彼女は、裏社会に籍を置く事にした。

現状、奈落迦へと適性のある人間を連れて、この地へと蔓延った彼女は、表社会の刻楼組の名を借りて、奈落迦でもその名前で通している。


彼女の在籍する刻楼組は、言ってみれば極道を生業としている。

力で土地と人を支配して来た彼女たちのやり方は、普通の人間では理解に及ばない様な行動をしているのだろう。

そして、この男は、俺に対する不遜を詫びて来た。


「す、すいましぇん、ッ!な、舐めた口効いてましたッ!こ、個人的な事で、取引を辞めるなど、お、お許し下さいィ!」


情けなく泣き叫びながら、地面に額を着ける。

鬼すら泣く、階見紫桜の残虐性を、俺は此処で垣間見た気がした。


「狗神さん」


そう言いながら俺の元へとやって来る階見紫桜。

その手は真っ赤に染まっていて、もう片方の手には、鋏が握られていた。

ハンカチで包まれたものを、俺の方に渡してくるが、俺はそれを受け取る事無く首を左右に振る。


「指だろ?俺は要らない」


と、そう言うと彼女は隣で土下座をしている男に向けて、ゴミを捨てる様に投げた。

そして、男は必死になって、ハンカチに包まれた指を回収していた。


「先程の通り、不敬な行為に対して、謝罪致します、…また、交渉の余地があるのでしたら、お手数ですが再び、部屋に来てくれますか?」


そう言われて、俺は彼女の目を見る。

名前の通り、紫色の桜が散った瞳を見つめながら、俺は頷いて見せた。


「あぁ、じゃあ、戻ろうか」


そう言うと、彼女の眉が少しだけ上がった。

俺は、階見紫桜と共に建物の中に入る。

彼女の傍に居た付き人だったが、彼女の一瞥によって頭を下げて付いて来る様な真似はしなかった。


部屋へと通される。

客室で、黒革のソファに座ると、彼女もまた座る。

そして、アタッシュケースを取り出して中身を確認して貰おうと俺は手を掛けた時。


「確認しなくても大丈夫、狗神さんが用意したものですから」


そう言って、彼女は指輪を取り出す。

それを嵌める事で、階見紫桜は金庫を出現させた。

特別なものを収容する事が出来る禍遺物、使用すると、その収容した物体分の重量が自身に加算されてしまうが、特に重い呪詛では無かった筈だと、俺は思いながら、彼女は金庫の中から札束を取り出した。


「言い値で買います」


と、そう言う彼女に俺は首を左右に振った。


「いえ、取引内容は以前と同じで…一億で良いですよ」


と俺は事前に通達した値段で取引をしようとするが、彼女は俯いていた。

どうやら、マイナス方面にスイッチが入ってしまったらしい。

ぽろぽろと、涙を流し出す彼女を見て俺はそう思った。


「もう、これで、終わりですか?」


そう聞いて来る彼女は、指先で涙を拭うが、それが足りぬ程に大粒の涙が流れ出す。


「貴方との繋がりがこれで消えてしまうなど、嫌です、言い値で買います、貴方が望む通りにします、お金なら、あるんです…だから」


まるで子供だ。

駄々を捏ねる彼女の言葉は、聞くだけで悲惨な感情を浮かばせる。

また退屈だと言う感想が浮かぶが、しかし同時に、俺は浮足立っていた。

刻楼組、階見紫桜は冷酷だ、その様に育てられたと聞く。

欲しいモノは、何をしてでも選び取るのが彼女だ。

搾取する側の人物が、懇願する程度で終わる筈が無い。


「私に、お金以外の手段を取らせないで下さい」


その言葉で、心音が高鳴る。

必要ならば人を無表情で殺せる。

先程の様に、取引相手との縁を守る為に、自らの部下の指を簡単に切断する女が、もしも手段を択ばなければ…その選択に俺は面白くなって来たと思って来た。


「まあ、落ち着いて下さい、言い値ですね?分かりましたよ」


俺は、少しぼったくりかな、と思う程の値段を告げる。

すると彼女は金庫の中から、言い値に加えて割増の値段を渡して来た。

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