命の洗濯あるいは裸の付き合い
「さあ!皆席に着いたな?それでは、好きなだけ食べて良いぞ!」
王が声高らかに告げる。
彼女の招待により城へと入った俺達は、荷物もさして持っていなかったのでそのまま食堂へと案内されたのだ。その食堂は、俺、ハバネル、フゥ、スティの四人だけで食事をするには明らかに広すぎる場所ではあるが、そんなことは気にする間もなかった。
なぜなら食堂に入って真っ先に脳に届いた情報は、部屋の広さではなく料理の多さだったからである。目の前に広がっていたのは、片側二十人は座れそうな大きさのテーブルにバイキング形式で溢れんばかり並べられている、これまでの人生で見たことのない量の料理だった。
肉に海鮮、スープに野菜、デザートと色とりどりの食材がふんだんに使われている料理はどれも見ているだけで気分が上昇してしまうようなものばかりだ。
そして今、そんな料理たちを好きなだけ皿に盛り付けた後に、俺達は丸テーブルの席に着いたのだ。
ゴクリと自分の喉が鳴る音が聞こえる。
「──いただきます!」
まずは当然、肉からだ。
いわゆるステーキというやつを大きく切り、一口で頬張る。ソースと絶妙にマッチした肉は信じられない柔らかさでありながらも、食べ応えのある肉感を残している。ダンジョンの焚き火で適当に焼いた肉とは大違いだ。
エネルギー補給のためではなく、美味しさを味わうための食事。それを思い出させるような一口目だった。
「喉につまらすなよ……」
隣に座るハバネルが子どもを見るような目で俺のことを見ながらそう言った。彼の前にはいくつかのサラダが盛られたお皿が置いてある。
よし。次はあのサラダたちを頂くとしよう。
「ミユウさんは好き嫌いなさそうですよね」
野菜へと手を伸ばしていると、今度はハバネルとは反対の隣に座るフゥにそう言われる。
「そうだね。よほどの味付けじゃない限り、何でも食べるよ」
彼女はどうやら魚介のパスタを食べているようだ。ぱっと見で分かる具材はイカ、エビ、貝あたりだろうか。見ているだけで、現在進行形で他の料理を食べているにも関わらずお腹がさらに減ってくる。
こうなったら全ての料理を最低でも一回は食べてしまおうか。
「ミユウさん……なんか目が怖いよ。獲物を狙う獣みたい」
テーブルを挟んで対面座るスティが明らかに引きながら俺を見ている。
なるほど。
スティの前にはカレーライスが置かれている。一見すると子どもらしさが現れた料理に思えるが、これはこれでありだろう。このような場でしか味わえないカレー、というのもきっと存在する。
「締めはカレーライスにしようかな……」
「とりあえず食べるのは確定なんですね」
「おや?」
スティが言い終わると同時に、食堂の外から複数の気配を感じる。
「新たな客人かな?」
「──失礼しまァす」
恐る恐るといった様子で扉を開けたのは、本日二度目の出会いであるポップだった。当然、彼の後ろには「ダブルエス」のメンバーもいる。
「……ポップ・ゴールド。なんでここに?」
フゥは眉間にシワを寄せている。そういえば彼女と彼らのファーストコンタクトはあまり良いものではなかったな。
「わしが招待したんじゃ。なにせ、彼らはその身を挺して魔族の一人と戦ってくれたんじゃからのう」
「……結局、ミユウに助けられたけどな」
「……ま、感謝してるわ」
「ミユウさん、ポップさんを助けてくれてありがとうございました!あの魔族を一人で倒しちゃうなんて、本当に強いんですね!差し支えなければ、いつか一緒にダンジョンに行ってみたいです!」
そっぽを向いて礼を言うアエルを押しのけ前のめりで話しかけてくる彼は、たしか「タブルエス」の新メンバーでジャックという名前だったはずだ。
「俺も君には割と興味があったんだ。なにせポップが俺より強いかもしれないなんて言ってたからね」
俺はポップをちらりと見る。
「うッ!あ、あれは言葉の綾だ!それに、俺達の戦闘での連携力は確実に上がっている!お前が居たときじゃ考えられないほどな!」
「連携力……たしかにそれは考えたこともなかったな」
「お前は一人でどんなモンスターでも倒しちまうからな。にしても、あれがかの有名な「ダブルエス」か。あんな華のある連中とミユウが同じグループだった時期があるなんてなんて考えられねえな。……リーダーの情緒がなにやらおかしいが」
同じグループだった、と言っていいのかは分からないが、たしかに俺とポップ達は見るからに住む世界が違う。我ながら、よく同じ画面に映っていたものである。
「あんたはハバネルさんだな?ミユウ……いや、バトルボットの扱いは大変だろう。いざという時はいつでも俺達が引き取るぜ?」
「ハハッ!さすがに、バレてるか。……そうだな。大変には違いないが、あいにく俺はあんた達と違って一緒にダンジョンに行ってるわけじゃないんだ。こいつのプロデュースは大変さ以上に驚きと楽しさで満ちてるよ」
ポップとハバネル。二人の間で火花のようなものが散っている。はじめは、俺という存在を押しつけあっているのかと思ったが、どうやらその逆で取り合っているようである。まったく奇妙な状況だ。
「……なんだか照れくさいね」
「なんか……前に会ったときとは別人みたいです」
「どっちかというと、あれが彼の素なのかな。下手に気構えたりしてるときは棘があるんだよね」
棘が出てくるのは、基本的に俺に対してだけな気がしなくもないので、フゥへの説明は少し情報が不足しているかもしれない。なんてことを一瞬だけ考えたが、訂正するほどのことでもないのでそのままでいいか。
「だけど……今みたいに仮面を着けてたら「ダブルエス」にいても見た目に関しては問題なさそうだよね」
ぶっちゃけ、自分がどれほどパッとしない見た目なのかは解っていないのだが、ここまで会う人全員に言われるということは、それだけのレベルということなのだろう。
「おいおい。その仮面を考えたのは俺だぞ!万が一うちのギルドを辞めたとしても、他所でそれを着けるのは許可しないからな!」
「ハッ!天下の「ダイアモンド」のギルドマスターも意外と心が狭いんだな」
「ギルドは慈善活動じゃねえんだよ。何人の職員がいると思ってんだ」
二人の火花はどんどん火力を増していく。周りの者たちは何も言えずにただ苦笑いを浮かべている。
そろそろ止めておくか。
「ほれほれ!談笑するのも良いが、ここは食事の場じゃ。席に座ってご飯を食べるのが第一じゃぞ?」
俺がハバネルの一歩前に出ようとしたタイミングよりも少しだけ早く、二人を仲裁したのは王であった。彼女はどこまでいっても優秀らしい。
「あ、ああ。申し訳ない。少し熱くなりすぎた」
「いや、こっちこそ悪かった」
「まったく……二人ともミユウさんのこと好きすぎですから。ほら、こっちにお酒もありますよ!これで仲直りしてください。僕も飲みますから!」
お互いに謝りながら気まずい空気が流れているところへ、ジャックがすかさずフォローを入れる。
きっと、こういう彼の気遣いができるところが戦闘の連携力にも繋がっているのだろう。
「……私たちも取りに行こっか」
「……うん」
彼らに続いて、アエルとエステルの二人もようやく食事に入るようだ。すると、それを見たフゥが意を決したように立ち上がる。
「あ、それじゃあ私も!」
スタスタと二人の後を追い、後ろからなにやら声をかけているようだ。
「……残ったのは俺とスティだけか」
「ミユウさん。今の方たちは?」
「そうだなァ、何ていうんだろうね……。昔なじみ……ってほどでもないな。旧友とは絶対に違うし、元同僚?うん!そうだな。元同僚ってのが一番しっくりくる」
実際のところ、彼らが俺のことをどのような間柄だと認識しているのかは分からないが、元同僚という表現に過不足はない。
「それじゃあ……強いの?」
スティは立て続けに聞いてくる。が、これまた、随分と難しい質問だな。
「強さの基準によると思うけど……モンスターとの戦闘ってことなら、一般人よりかは間違いなく強いんじゃないかな。ああ、ここで言う一般人ってのは、日常的に武器を持ったりしない人たちのことね。他のダンジョン配信者とか王国兵と比べると……どうなんだろうね。そこら辺は俺には分からないや」
「ふぅん……そうなんだ。……ミユウさんよりは?」
「え……俺より?」
これまた、さらに難しい質問だ。俺は基本的にモンスターとしか戦わないと決めている。というより、人と戦うなんて物騒なことはそうそう起きない。向こうから仕掛けてきた分に関しても、狙われているのが自分一人ならば、なるべく穏便に済ませたいとさえ思っている。
なので、他人と自分が戦うとどうなるか、なんてことは考えない。もし興味が湧くとしたら、それはその人がモンスターとどんな戦いをするのか、という点だけだ。今現在、ジャックについて興味を持っているのがまさにそれだ。
しかし、せっかく一番弟子であるスティが聞いてくれたんだ。二番目の弟子ができるかはさておき、はっきりと答えよう。
「負けないよ。スティの師として、誰が相手でも俺は負けない自信がある」
「──うん!そうだよね!」
期待通りの解答だったのか、満面の笑顔で頷いている。
「なんだなんだ……なんの話ししてたんだ?」
スティの笑顔の前に突如横から顔を出してきたのは、酒を取りに行っていたハバネルだ。
「ちょっとした世間話だよ。それより、ポップ達と飲まないの?フゥの方は王も交えて女子会みたいになってるみたいだし、ハバネルもポップ達と飲んできたら?」
「そうかァ?二人を残すのは悪いと思ったけど、そう言ってくれるならせっかくの機会だし「ダブルエス」との交流でも深めてくるか!」
ハバネルは酒の入ったグラスをユラユラと揺らしながら、ポップ達の座るテーブルへと向かっていった。これで食堂の中は、フゥ達の女子テーブル、ハバネル達の酒テーブル、そして俺とスティのご飯テーブルと分かれた。
「さて、追加の料理でも取って来ようかな。さっきハバネルが食べてたサラダは……あっちか!ついでにフゥが食べていたパスタも頂こう!」
「……僕はもうデザートにしようかな」
カレーを一人前食べて終わりとは……。スティもまだまだだな。
──こうして、俺達の食事会のような交流会はしばらくの間続いた。
「ふゥゥゥ……」
俺達は食事を終えた後、城にある大浴場で疲れと汚れを落としていた。当然、男湯と女湯は分かれているので、同じ湯に入っているのはハバネル、ポップ、スティの三人だけである。
壁の向こうには、フゥ、アエル、エステルの三人に、王とその付き人であるカレさんの二人を合わせた計五人がいるだろう。当初は付き人のカレさん無しの四人で入ろうとしていたが、それを見つけたカレさんが「どうしても入るというのなら私もご一緒します」と目を鋭くして同行したのだ。
本来ならば無防備になる風呂場に、ダンジョン配信者などという素性のわからない輩と入ることなど阻止したかったに違いない。しかし、そこはさすが付き人と言うべきか、王が絶対に折れないというのをすぐに見破って自身が護衛として共に入るということで妥協したのだろう。
「それにしても、広い風呂だな。ギルドハウスの大浴場の倍くらいあるぞ……」
ハバネルが湯船に浸かりながら首を忙しなく回している。
「そりゃあ当然だろ。なんたってこの国のトップが住んでいる場所だぞ?風呂だってこの国イチってことさ」
酒を交わして仲も深まったのか、ポップが天井を眺めながら軽く返事をする。
「んなことは分かってるさ。だけど、実際に目にすると、分かっていたことでも驚いちまうもんだろ?」
「分かっていたことでも……か。たしかにそれはそうだな」
ポップは俺の方をじっと見ている。
「……どうした?」
「なんでもねぇよ……いや、今日は改めて助かった。やっぱりお前を辞めさせて正解だったよ。魔族を倒しちまうような奴はリーダーとして手に負えねえ」
ポップは吐き捨てるようにそう言うと、口まで湯船に浸かるように体の力を抜いた。
「ハハッ!そりゃそうだ!しかし、スティもこんな奴の弟子になるとは、まったく変わってるぜ。しかし、仇である監獄長が国に捕まるのも時間の問題なんだろ?弟子を続ける理由が無くなっちまうんじゃねえのか?」
「えっ!そう……ですね……」
浴槽の端っこで体を丸めていたスティは、いきなり自分へ話が飛んできたことに戸惑っている様子だ。合わせて内容も内容である。直ぐには応えづらいものだろう。
普段のハバネルなら聞かなそうなことだが、もしかしたら酒で口が軽くなってるのかもしれない。
「おい。なんの話だ?」
ポップが肘で小突きながら聞いてくる。
「そうだなァ。スティが気にしないなら一から説明刷るけど……どうかな?」
「僕は……いいよ。ポップさんは悪い人じゃなさそうだし」
「そうか。それじゃあ、長風呂になりそうだからのぼせないように──」
こうしてポップへの、この二日間での出来事の説明が始まった。
「それで?フゥはミユウとあのギルドマスターのどっちが本命なのよ」
「──ちょ!い、いきなり何てこと聞くんですか!」
ミユウ達がいる男湯から壁を挟んだ隣の大浴場。女湯では、すでに食堂で打ち解けあっていたフゥとアエル達が、食堂ではできなかった話を始めていた。
「おうおう、コイバナというやつじゃな!わしも混ぜんか!」
「陛下。はしたない言動は控えてください」
「なんじゃカレ。お主も参加したいのか?したいんじゃろ!」
ワイズは普段の姿からは想像が出来ないほど目を輝かせている。
「陛下……まったく仕方がありませんね。裸の付き合いといいますし、今だけはどんな言動もなかったこととしましょう。それと!私は別にコイバナには興味ありません!」
「──そもそもわたしはコイバナするなんて言ってないんですけど⁉」
ワイズとカレの間で話が勝手に進んでいることに対して、フゥから思わず驚きの声がでる。
「諦めも大事……それに、僕も興味ある。もし、ミユウさんを狙っているなら……」
「いや!狙ってませんから!」
「……ほんと?」
エステルは浴槽の中でヌルリとフゥに近づいていく。
「ほんとです!そもそも、あんな変わった人好きになったりしませんから!」
「それはそれで聞き流せない」
「私いったい、どうすればいいんですか──⁉」
フゥの困惑は増していくばかりである。
「けど、それじゃあ本命はあのギルドマスターってことね……」
「ハ、ハバネルはそんなんじゃ……。私、最近までずっと彼のことを勘違いしてましたし。幼馴染でずっと一緒だったはずなのに、何もわかってなくて……迷惑もかけて……とにかくそんな話をするような状態じゃないんです……」
フゥはあからさまに気を落としていく。
「なんじゃ、お主ら喧嘩でもしておったのか?喧嘩するほど仲がいいと言うじゃろ。そんなに気にするでない。それに、わしの目から見たら向こうも一切気にしてないようじゃったぞ?」
「……王様、フォローうまッ!」
「さすが、王様」
「陛下は自由な御方ですが、それ故に人の心に寄り添うのが得意なのです」
「フフフ、そうじゃそうじゃ。もっと褒めい!気分が良いわ!」
「……あれ、なんか私のこと一瞬で忘れてないですか?」
場の空気はフゥのフォローから一転してワイズの持ち上げとなり盛り上がっていた。
「しかし、それはそうとして……私はやはりあのミユウという男の方が気になります」
どんどんと天狗になっていくワイズだったが、これ以上調子に乗りすぎないように、とカレが無理やり話題をミユウのことへと変える。
「……ミユウさんですか?たしかに強さだけで言うと誰もが目を引かれますけど……。かなりの変人ですよ」
「ふむ。カレは意外とああいったのがタイプじゃったのか」
「私は、アイツだけはやめたほうがいいと思うけど……」
「エステル、それはどういう意味だい?」
カレの発言に対して各々が反応をするが、カレは「そういうことではありません」と訂正を入れて話を続ける。
「私はただ、彼がなぜあれほどまでに強いのかが知りたいのです。あれは……本当にただの人間ですか?もしかして、魔族となにか──」
「カレ。客人に対してそのような物言いは、王として許せんぞ?」
「しかし!この一連の騒動も、陛下に近づくための策略と言う可能性もあります!国を一度は救うことで我々を油断させているという線だってゼロではありません!」
カレの熱は上がっていく。スパイダーに王が狙われた時から、彼女はこれまで以上に警戒心を強くして全てを疑ってかかっているのだ。
「いやァ、アイツはただ強いモンスターと戦いたいってだけだと思うけど……」
「それに……ミユウさんは結構バカだからね。もし悪いことを考えても作戦なんか考えられないと思う」
「……失礼ですが、そもそも私はまだ皆さんのことも完全に信用しているわけではありませんので。ここに一緒に入っている理由もあくまで王の護衛です」
カレのはっきりとした物言いによって、彼女達の間で険悪なムードが流れ始める。
「……少しのぼせてしもうたわ。わしは一足先に失礼するぞ」
王が浴槽で立ち上がると、それに続くようにカレもスッと立ち上がる。
そんな二人にフゥ達は何を言うわけでもなくただ見送っていた。
「陛下、すみませんでした。昨日の一件から少し気が立ってしまって……」
浴室を出てすぐ、脱衣所でカレが謝罪をする。
「わかっておる。わしも少し羽目を外しすぎた。それに、彼女達にも悪いことをしたのう。後で詫びを入れんとな」
「……はい」
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