ワイズ・レイ

「ところでミユウよ、お前仮に監獄長と話す場ができたとして何をするつもりだったんだ?まさか、謝罪して許してもらおうって考えてたわけじゃないだろ」

 俺とスティが先を行くハバネル達に追いつくとすぐ、彼はそう聞いてきた。

「……あそこの監獄ってさ、刑務作業の時間に囚人達をダンジョンに行かせてるんだ。それでどうやら、その様子を他国のお偉いさん達に配信して資金を集めてるらしくてね」

「おいおい。そりゃまた、かなり変わったことしてんだな」

「そう。だからさ、ダンジョン配信が本業である俺達をいい感じに紹介して取引ができないかな、と思ったわけ。ま、あの監獄長ならどっちみち無理そうだったけどね」

 あれは、まともに交渉ができるようなタイプではないだろう。なんなら適当な理由を付けられて、銃の的にされていた可能性もある。

「……なるほどな。ミユウにしては考えてるじゃねえか。俺はてっきり、俺とフゥに丸投げするんじゃねえかと思ってたぜ」

「いいや。俺なんかの浅知恵じゃ状況の改善どころか、やぶへびになりかねないって分かったよ。やっぱり、柄にもないことはしちゃだめだね。頭脳労働はこれからもアンタに任せるさ」

「ハハッ!そうかい。それなら俺も、戦闘に関してはミユウに任せることにするよ」

 ハバネルは楽しそうに笑っている。

 俺達の前で兵士長となにやら会話をしていたようであるフゥも、何事かと微笑みながらこちらを振り返る。

 夕日もほとんど見えなくなり、空の色はオレンジとピンクのグラデーションを描いている。

 そんな空を眺めると、なんだか時間がゆっくりと流れているような感覚に陥って気が抜けてしまう。

 もしかすると、この怒涛の二日間は無意識のうちに常に緊張の糸を張っていたのかもしれない。きっとそれは俺だけでなく、ハバネルやフゥもそうだろう。俺達にとって長い長い二日間だった。

「……お腹空いたなァ」

「そういえば、ワイズ様が今晩は城に泊まっていいって仰ってましたよ。客人としてもてなしてくれるそうですから、ご馳走も出るんじゃないですか?」

「そうか。城へ急ごう」

「ミユウさん……急に背すじ伸びすぎですから……」

「条件反射みたいなものだよ」

 何を隠そう、俺は戦闘の次に食事が好きなのだ。腹が減っては戦はできない。

 空腹状態では戦闘の質が下がってしまう。

 しかしそう考えると、俺は食事が好きなのではなく食後の戦闘が好きなだけなのかもしれないな。

「……城の地下にダンジョンとかあればいいけど、どう思う?」

「どう考えが巡ったら、食事からダンジョンに繋がるか分からないですけど、あるわけないですから。どこまで頭の中モンスターで埋まってるんですか……」

「──あるぞ」

 先頭を行く王が立ち止まりおもむろに口を開いた。

「城の地下に古くから攻略不可能とされているダンジョンがある。どこにも公表されてないがな。どうじゃ?普段は絶対に立入禁止じゃが、お主達なら入っても構わんぞ」

「ワイズ様!またそうやって、勝手なことを仰らないでください……!あそこはなのはご存知でしょう。この国にある、どのダンジョンよりもです!──申し訳ないが、今の発言は聞かなかったことにしてくれないか」

 兵士長は王に苦言を呈してから、こちらへ軽く頭を下げる。が、どうしたものか。

「当然、俺達はそれで構わないが……ミユウが我慢できるかどうか……」

「むしろ今のロイさんの発言が、トドメになりましたね」

 ダンジョンにおける危険度。それは産まれるモンスターによって左右される。つまり、兵士長の言うことが本当ならば、俺が今までに見たことのないモンスターがそのダンジョンにはいるかもしれない、ということだ。

 魔族よりも強いモンスターがいるかどうかは分からないが、行ってみる価値はあるだろう。

「是非、行かせていただきます」

「──そうこなくてはな!」

「まったく……困った方たちだ」

「俺としては配信もしたいんだが……」

「すまんな。さすがに、他の者にあのダンジョンの存在を知られるわけにはいかんのじゃ」

「そう……ですよね……」

 ハバネルはガックリと頭を落としたが、薄々予想はしていたのかすぐに元の様子に戻った。

「──さあ、到着じゃ。兎にも角にも、今日は城でゆっくりするとよい。諸々のことは全て、明日になってから話しても遅くはないじゃろ。それと……スティ。貴様には念の為、兵士を付けるが文句はないな……ってお主、錠と枷はどうした」

 先頭を歩く王と最後尾を歩くスティは、城を前にして再び距離を近くしたが、彼女はそこでようやくスティの手足が自由になっていることに気付いたようだ。

 さすがに知らん顔はできないな。

「──俺が壊しました。勝手なことをしたのは謝ります。けど、決してスティに頼まれたからじゃありません。そこだけは解ってください」

「……そうか。これは独り言じゃが……新しい錠と枷が、偶然にも部屋に置き忘れておるかもしれん。そして、わしも兵士達もこやつの錠と枷が外れていることに気付かなかった。誰にも観測されなければ、そもそも問題というのは存在しないということじゃ」

「ハハッ!そうだな。誰もまさか、素手で手錠ぶち壊す化物がいるなんて思わねえ。気付かない、なんてこともあるかもな」

「そうですね。私も気付かないかもしれません」

 どうやら、王の温情によって今晩だけはスティの自由が許されたようである。俺の勝手な行動で、二人の関係性がより悪化することがなくてなによりだ。

「ワイズ……ありがとう……」

「……日も暮れそうじゃ。客人を待たせるわけにはいかんからな。ほれ、早う扉を開けんか」

「は、はい!」

 礼を言うスティを一瞥した王はすぐさま正面へ向き直り、一番前に立つ兵士へと早口で支持を出している。一瞬見えたその横顔は僅かに赤くなっているような気がしたが、それは恥ずかしさのせいなのか、沈む直前の強い夕日に照らされていたせいなのかは分からない。

「とりあえず、晩ご飯が楽しみだな」




 幸せだ。

 ただ、ベッドの上で横になるだけのことがここまでの幸福感を生んでよいものか。虜になってしまい、二度と抜け出せないという人も現れそうなものである。銃と同じように、使用制限が必要だろう。

「……幸せだ」

「そうかい、そりゃ何よりだな。まさか、お前が戦闘以外で幸福を感じることができるとは思わなかったよ。いや、むしろ逆か。これまで、戦闘以外の楽しみを試したこともなかったから、一般人よりも幸福を感じるハードルは低いのか」

 相変わらず、ハバネルは俺のことを分析するのが好きらしい。ただベッドで横になっているだけの俺から、ここまでのことを考察してしまうのは一種の病気を疑ってしまう。

「そういうアンタはベッドに入らないの?」

 食事と風呂を済ませ、この部屋まで案内されてからというもの、彼はずっと備え付けのテーブルでなにやら端末を操作している。

「俺は仕事があるんでな。指名手配が解除されたとはいえ、ギルドの職員たちはまだまだ混乱状態だ。それに合わせて魔族の襲撃……。まあ、そっちはミユウが最速で片付けてくれたから大きな問題はないだろう。それも含めて、職員たちに現状を伝えねえと……。そのために、わざわざ城にある端末を借りたんだ……」

 ハバネルは端末から目を離さずにそう語る。途中からは、俺に話しているというよりは独り言を言っているような声量だったので、俺も適当な相槌だけを返した。

「……ああ。やっぱりいいベッドだ」

 俺は目を閉じて、城に入ってからのことを回想する。

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