復讐は誰が為に

「みんな、生きてるよね?体に穴とか空いてない?」

「……穴は空いてねえが、危うく瓦礫の下敷きになるところだったぞ」

「……私もです」

 ハバネルとフゥは無事らしい。いつも通り、俺のことをジト目で見ているからきっと大丈夫だろう。

「兵士長。スティは無事ですか?」

「……ああ。鉄格子がちょうど支えになっているようだ。それよりも、この後のことは考えているのか?クラフのあの様子じゃあ、これくらいのことではきっと諦めないぞ」

「だろうね」

 今はまだ、瓦礫が看守達と俺達の間で壁の役割を果たしているが、こちら側へ突破してくるのも時間の問題だ。監獄長が言っていた銃を撃つ条件である「俺達が監獄の中にいる間」は、永遠に狙ってくるだろう。

 彼にとっては夢を叶える絶好の機会。そうやすやすと手放すはずがない。

「だけど……要は監獄から出てしまえば、彼らは俺達に対して銃を使えないってことでしょ?」

 ならばやることは一つ。

 本日二度目の脱獄である。

「幸い、ここの天井には地上までの道が通っているからね」

 スパイダーが壊した穴は、先程の俺の一撃でさらにその大きさを広げている。崩れた瓦礫を足場にすれば簡単に上に登れるだろう。

「スティは俺が担いでいくよ。皆は先に行っててッ!──よッ!やあ、スティ。手錠と足枷は後で取るから!ちょっと待っててねッ!」

 俺はスティを牢屋から出すため、瓦礫を退け鉄格子を外す。

「……ミユウさん。僕は──」

 スティからは、これまで以上に監獄長への怨念を感じる。

「……スティがどうしてもって言うなら、俺は止めない。ただ、おすすめは一旦逃げることかな。そもそも、その状態じゃ走ることすらできないだろうけどね。ってわけだからちょいと失礼」

「わわッ!」

 いわゆるお姫様抱っこでスティを抱えると、彼は少しだけ顔を紅くした。

 知っている。これは、怒りによるものではなく恥ずかしさによるものだ。いつしか、足を怪我したエステルに同じことをした際、彼女も今のスティと似た表情をしていた。

 本人に理由を聞くと無視されたが、横からアエルが「照れてんのよ」と、ぼそっと教えてくれたのだ。付け加えるようにポップから「せめておんぶにしてやれよ」とも言われたので、最初はスティのことをおんぶしようと思ったのだが、手錠と足枷が着いているのを見てそれは諦めた。

「それじゃ一気に行くよッ!」




 地上に出ると、そこには数人の王国兵が待機していた。

「兵士長!無事ですか!一体何が……そいつら!指名手配犯じゃないですか!」

「いや、彼らは──」

「その者達は無実じゃ。わしが保証する」

 これは、驚いた。

 兵士長のセリフを遮ったのは、国王であるワイズ・レイである。

「お、下ろして!」

 スティが慌てて動き出す。

「ワイズ様⁉なぜこのような場所に!危険です!すぐ城にお戻りください!」

「魔族が復活した今、安全な場所なんてどこにもないじゃろ」

「そ、そうですが、そういう問題ではありません……!」

 彼は王をすぐにでも城に帰したいといった様子だが、俺からすれば滅多にない王に話せる機会だ。これを逃すわけにはいかない。

 俺は兵士長よりも一歩前に出る。

「……どうも。昨日は申し訳ありませんでした。貴方が危険な目に合ったのは間違いなく俺の責任です」

「……うむ。思ったよりもマトモそうで安心したわい。頭を下げるなど、お主の戦闘中の鬼気迫る様からは想像できん。いや、しかしそれならば話は早い。早速、城の方に来てもらおうか。色々とお互いに言いたいことがあるじゃろう。ああ、クラフのことは気にしないでよいぞ。彼奴については、処分するための証拠がまさに先程揃ったところじゃ。随分と巧妙に隠しておったが、逮捕は免れんじゃろう」

 やはり、彼女は年齢からは考えられないほどに冷静だ。これこそ王となるべき器であり、だからこそこの若さで王が務まっているのだろう。

「それは何よりです」

「──あの!私からも一つ謝罪を。お初にお目にかかります。私、ミユウの所属するギルドでギルドマスターをやらせていただいています。ハバネル・サイトエフと申します。今回の件、私の監督不行届も原因の一つです。申し訳ありませんでした」

「……申し訳ありませんでした」

 話が一段落したタイミングで、ハバネルとフゥも王へと頭を下げている。自分のせいで他人にまで謝罪をさせるというのは、かなり心にくるものがあるな。

「そんな畏まるでない。お主らの指名手配も既に解いておる。勿論、謝罪は受け取るがこれでしまいじゃ」

「……ありがとうございます!」

 彼女が本当に十六歳なのか怪しく思えてきたぞ。もしかして、人生二週目の十六歳なんじゃないだろうか。

「ワ、ワイズ!僕は──」

「……貴様はなぜここにいる。刑期はまだ終わっていないはずじゃが?」

 突然の低い声。王とスティは知り合いは知り合いでも、仲が悪いというのがすぐに解るような声音だ。

 いや、仲が悪いというよりは王の方が一方的にスティを嫌悪している、といった感じか。普段から大人びているため、怒っている様子はまさに冷徹そのものだ。

「おい、何か想像と違うぞ!このガキは不当に捕まってたんじゃねぇのかよ!」

 ハバネルが耳打ちしてくるが、俺に言われても困る。

「だから、詳しくは俺もしらないんだよ」

「……ワイズ!悪かったよ!だけどあの時は僕も必死で!」

「必死だからと何をしてもいいわけではないじゃろ。それに、わしは何度も止めた。絶対にクラフを野放しにはしないと言ったのに……」

「それは……!そうだけど……ごめん」

 スティは俯いている。

 恐らくだが、監獄長の悪事に対する調査を一人で行ったことに対して王は怒っているのだろう。そして、そのために犯罪にまで手を染めて捕まったのだ。彼女からすれば、擁護したくても立場上できない場所まで行ってしまったといえる。きっと、我慢してほしかったに違いない。

「よく分からねえが、突っ走っちまったってことか……」

 ハバネルはなにやら思うところがありそうな顔である。

「まあよい。手錠と足枷をそのままで、という条件なら貴様も城まで来て良いぞ……。彼らを待たせるわけにもいかんからな」

 王はそのまま歩き出す。それに続くように、王国兵たちと兵士長、ハバネルとフゥが歩いていく。俺はというと、スティのことをもう一度抱っこするかで悩んでいた。

 皆の歩くペースを見るに、おそらくだが足枷がついたままでも置いていかれるということはなさそうである。しかし、スティは一向に歩きだそうとしない。

 王に言われたことがよほど効いているのだろう。

 正直なところ、今すぐ俺が監獄長を無理やり引きずり出して、力技で自白させるという手も脳裏をよぎった。しかし、それではスティを弟子に取った責任を放棄している気がしたので、実行に移すのはいざという時の最終手段にしたのだ。

「そろそろ行かないと、追いつけないよ?」

「……ミユウさんなら、どうしてた?」

 意気消沈、といった具合のスティから口から飛び出たのは随分と不明瞭な質問だった。「どうしてた」というのは「こんな時」という前提条件がなければ解らないことだ。しかし、彼の質問にはそれが無かった。

 よって、この質問には答えようがないのだ。

 なので、勝手に思ったことを喋らさせてもらおう。

「……俺はモンスターと戦うことで自分の生を実感してる。相手が強ければ強いほどその感覚もはっきりと感じられるんだ。だけど、そのせいで王を危険な目に合わせた……。そして、あの監獄長は人を銃で撃つことが夢だといった。その夢のためならば、とスティの親父さんを罠にはめてその地位を奪った。そんな俺と監獄長に、どれだけの違いがあるんだろうね。どちらも割と好きなように生きて、割と人に迷惑をかけてる……。案外、同じ穴の狢だったりして」

「違う!ミユウさんのは事故みたいなもんだし、ワイズだって生きて──」

「それじゃあ!もし王が殺されてたら?……なんて話に意味はないけどさ。俺が言いたいことは要はね……スティの中で一番大切なことが何かってのを、スティ自身が解ってあげないといけないよってこと。自分の軸を失ったら碌な目に合わないからね。その先は、良心と罪悪感に従えばいいさ」

 良心と罪悪感。同じかもしれない、といった俺と監獄長に違いがあるとすればその二つをどれだけ持ち合わせているか、という点だろう。

「僕の一番大切なこと……」

「うん。それが、親父さんの仇討ちならそれでもいいんだ……。けど、スティが気付いていなかったり、気付いていないふりをしている何かがあるなら、復讐なんてさっさと止めるに限るよ」

「わかった……ちょっと考えてみる。すぐには答えが出せないかもしれないけど……」

 スティはガシャンと音を鳴らしながら、限界まで大きい歩幅で歩き出す。

「ふふっ……なんか今のミユウさんは師匠っぽかったよ」

「……スティ。ちょっと動かないでね──」

「──あ」

 振り返って笑う彼の姿に対して、あまりにも手足の錠が不釣り合いだったものだから、ついつい王の言っていたことも忘れてそれを壊してしまった。

 だけど、これでようやくスティは全力で走ることができるだろう。

「──ありがとう!」

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