蜂の巣
「……結局のところ、ミユウがやったことは魔族をひたすらにぶちのめしたってだけか。いつもと大して変わらないな」
「まあ、ミユウさんですしね」
「……いやいや!ミユウさん、これ軽く国を救ってるじゃん!どうするの!英雄クラスの偉業だよ!」
「今のが全て真実なら、懲役千年どころか逮捕すら今すぐ取り消しだろうな……」
ハバネルとフゥ、スティと兵士長の各ペアで俺に対する印象がかなり違うようだ。
「……だが、そもそもコイツが魔族の女をダンジョンから連れ出してきたのが問題なんじゃねえのか?」
ハバネルよ。あまり余計なことを言わないでくれ。そのことについて、顔には出してないが周りが思っているよりもずっと反省しているんだ。
「それについては、本当にすまないと思ってる。王を危険な目に合わせたのは、間違いなく俺だよ」
王には謝罪と、何かお詫びをしないといけないな。彼女が命を落としかけたことを考えると、こちらもそれ相応のお詫びを考えておく必要がある。
護衛でも買って出るというのはどうだろう。
俺みたいな者を近くに置くことを、王が嫌がらないならばそれも可能だ。今度、機会があれば打診してみよう。
「……オルトさん、レイは無事なんですか?」
「ああ。医者に見てもらったが、首に跡は残らないし、骨や脳へのダメージも無いと言っていた。カレさんも付きっきりで見てくれている。安心したまえ」
「そうですか……」
スティは王の容態を聞いて安心したように下を向いている。
「……おい、このガキと王さまどういう関係だ?それに、王国兵とも知り合いのくせに、なんでこんなところに入ってるんだよ」
ハバネルがスティのことをチラチラと観察しながら、俺にしか聞こえないように聞いてくる。
「……スティの一族は代々この監獄を任せられてたんだよ。俺も詳しくは知らないけど、それで王とか兵士長とかと知り合いなんじゃないのかな」
「おいおいまじかよ。それじゃ尚更なんでこんなところに……」
「一言で言うと……権力争いに巻き込まれたから、かな。──さッ!いつまでも牢屋の前で立ち話もなんだし、本題に入ろうか!」
いきなり声を上げた俺に注目が再び集まる。
俺がわざわざハバネルとフゥも連れて、この監獄に帰ってきたのには理由があるのだ。
「……兵士長。この監獄の現監獄長と俺達四人で会いたいんですけど、なんとかして場を作ることって可能ですか?」
「……ミユウさん?」
スティが心配そうな目で見てくる。現監獄長というと、彼の親父さんの仇だ。言葉にはできない感情を抱えていることだろう。
俺の弟子になった理由も復讐のためと言っていた。
「クラフと?……無理だ。囚人と監獄長が直々に会うなど、滅多なことがない限りは不可能だろう。それに、そもそも奴は今この国に居なかったはずだ」
「いない?」
「ああ。奴は監獄長に併せて、エストレアム王国の外交官の一人でもあるからな。そちらの仕事で頻繁に国外へ行っているんだ。ちょうど今朝、出立の記録があった」
ふむ……これはいきなり出端をくじかれたな。やはり、勢い任せに考えた作戦が上手くいくはずがなかったか。
そもそも、俺に賢さなんて皆無だ。最近、人と関わることが多かったから、柄にもないことをしてしまった。
「……よし。大人しく四人で監獄生活を謳歌するってのはどうだろう。ダンジョンもあるし、きっと退屈することはないよ?それか、このまま他の囚人同様に逃げ出すってのもありかな。国を出ることになるけど、ダンジョンさえあれば食い扶持には困らないしさ!」
「ミユウ……」
「ミユウさん……」
ハバネルとフゥの俺を見る目は、怒りも呆れも通り越してもはやなんの感情も篭っていない。
「……そういえばスティ君。今更だが、看守達はどこにいるんだ?ここに来てからまだ一人も姿を見ていないぞ。いくら緊急事態とはいえ監獄をもぬけの殻にするなんてことはないはずだ。俺もそろそろ城の方へ戻らないといけないから、彼らを引き渡したいんだが……」
「看守がいないならやっぱり、逃げ出す方の作戦が現実的……と思ったけど、どうやらそういうわけにもいかなくなったようだね」
「なに?そりゃどういう──」
「──ミユウ・ダンズ、さすがに気付くのが早いな。だがもう遅い!貴様には私の夢のため、ここで死んでもらう。貴様からは危険な香りがしていたが、どうやら杞憂だったようだ。周りの奴らも恨むなら己の運の悪さを恨め」
監獄の入り口には武器を構えた看守達がこちらを見ている。彼らの持つ武器は、たしか銃とか言う代物だ。
所持も製造も禁止されている危険なものらしいが、実物は初めて見たな。
「──クラフ!待て!子どももいるんだぞ!」
「いいや、待たない。脱走した囚人やその手引をした者にのみ、監獄内でという条件付きで発砲を許されているんだ。私の夢を叶えるこんな素晴らしい機会はもう二度と訪れない!全てはこの瞬間のためッ!前監獄長であるリグレットを消したのもッ!その息子であるそいつをここにぶち込んだのもッ!全ては私が監獄長になって、掃射の権利を手に入れるためだッ!しかしまさか一ヶ月そこそこで、その時が訪れるとは……やはり私は監獄長になるべきだったんだ……」
あれが監獄長か。俺が言うのもなんだが、だいぶ頭のネジが外れてそうな男だな。
「そんな……そんなくだらないことの為に父を……!殺してやるッ!」
「くだらない?──ヒヒッ!誰だって夢くらい持つだろう?そして、その夢のために努力だ何だとひた走る。私にとってはその夢が監獄長になって、合法的に人を蜂の巣にすることだった……ただそれだけさ。生まれ持った欲望を、本能のような欲望を誰も抑えられない」
耳が痛い話だ。俺にとってその欲望は、運良くモンスターとの戦闘だった。その欲望ですら、他人を危険に巻き込んでしまうのだ。
自分一人で完結する欲など存在しない。
「……それは、どうしようもないな」
「いやいや、どうしようもなくないですから!その欲望を抑えるために理性ってものがあるんですよ!」
「私からすれば、理性なんてものはやりたいことができない奴の言い訳の道具だよ。結局のところ、周りからの目や失敗した時のことを恐れているだけさ……。もういいかな、もう我慢できないよ!」
監獄長は周りの看守が持つものよりも一際大きい銃を構える。弾丸というのは受けたことがないが、どれくらいの威力なのだろう。
「おい、ミユウ。まさかとは思うが銃持ってる相手に素手で挑もうとしてねえよな……。あれは下手な魔法より全然強力なもんだ」
「けど、何もしなくても全滅でしょ?彼、話が通じるタイプじゃないよ」
こっちは手足に枷を付けられて折の中にいるスティに、丸腰のハバネル、フゥ、俺、そして唯一武装しているのが兵士長だが持っているのは剣一本である。
「──掃射ァァァッ!」
こうなったらもう一か八かだ。
この監獄は今、スパイダーの襲撃で相当脆くなっているはず。
「これ!借りるよ!」
俺は強引に兵士長が腰に持つ剣を奪うと、力任せに壁と天井の継ぎ目へ一撃を放つ。
「ヒャハハハッ!」
二種類の軽い破裂音と監獄長の笑い声をかき消すように、大きな音を立てながら天井が再び崩れる。
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