二章 善と悪

ツーペア

「ミユウさん!一体なにが起きてるの!」

 兵士長に連れられて監獄へと再び帰ってきたが、そこは既に牢屋としての機能をほとんど失っているような状態であった。

「ただいま、スティ。いやあ……しかしまあ、随分と囚人の数が減ったね」

「そりゃこの有様じゃ脱走しないわけがないよ……ってそんなことより!あの後どうなったのさ!」

 「あの後」というのは、俺がスパイダーと共に監獄を出ていったその後ということだろう。スティからしたら、突然に監獄の天井を突き破って現れた獰猛な女と俺が戦闘を始めたのだ。いや、俺からしてもスパイダーが監獄を壊して登場したのは突然の出来事だった。まさか、彼女がたったの一晩で舞い戻ってくるとは。

「ミユウさん!説明を──!」

「落ち着きたまえ、スティ君。説明は私からしよう」

「──オルトさん!」

 子どもらしくせがんでくるスティを止めたの兵士長だ。

 スティの反応からして、どうやら二人は顔見知りのようである。スティが代々この監獄を管理している家系であるということを踏まえると、国の兵士長と知り合いだとしてもなんらおかしくはない。

「その前に……すまなかった!君を一ヶ月以上もこんなところにッ!リグレットさんに……親父さんに合わせる顔がない!」

 彼は半歩下がると、膝と手を地につけゆっくりと頭を下げた。あまりに綺麗なその土下座からは迫力すら感じる。

 詳しい関係性は知らないが、兵士長にとってスティは牢屋に入れられてはいけない存在という認識でよさそうだ。つまり、王国兵と看守たちは対立関係にあるということになる。一口に王国といっても、その中身は様々な組織で構成されており、その組織間での思想の違いなどがあるのだろう。

 今までならば、こんなこと考えるわけがなかったが、スティは俺の弟子だ。弟子が関係している以上はそのような話題にも興味を持つ必要がある。それが俺の中での師というものなのだ。

「オルトさん……頭を上げてください。僕は平気ですから。それより、外で一体なにが起きたんですか?」

「──すまないッ!……やはり、リグレットさんに似ているな」

 二人のやり取りを黙ってみていると、ハバネルとフゥから説明をしろという強い視線が飛んでくる。というかこの二人、なんだか前より距離が近い気がするな……。俺が監獄に入っていた一晩の間、二人も指名手配を受けていたようだが、その際に何かがあったのだろう。それも、二人の仲が良い方向に傾くような何かだ。

 もしかすると、以前エステルが言っていた吊橋効果というやつが発動したのかもしれない。たしか……「絶望を二人で乗り越えることで、絆や愛は生まれるのさ!」とかなんとか言っていたような気がする。彼女の部屋から、扉越しに聞こえただけなので間違っているかもしれないが。

 などと愚察していると、遂にハバネルが痺れを切らしたようで、わざとらしく咳払いをして注目を集めた。

「……そっちの二人で盛り上がってるところ悪いけど、そォろそろ俺達にも解るように解説してもらっていいか?そうだな……ミユウ、ギルドマスターとしての命令だ。なるべく簡潔に頼んだぞ」

「僕にも分かるようにお願いね!」

「私からもお願いします……」

 ハバネルに集まっていたはずの視線は、一瞬にして俺へと交点を変えた。

 仕方ない。

 こういった役回りは苦手だが、この状況でわざわざ突っぱねる理由もないだろう。とはいえどこから説明するべきか。

「……やっぱ、事の発端であるスパイダーとの遭遇からかなァ。これについてはフゥも一緒にいたけどね」

「そうですね。私もあれがすべての始まりな気がします」

「それじゃあ、そこから話すとしようか。と言っても、まだ昨日の話なんだけどね。俺とフゥが行った、街の近くのダンジョンで彼女とは出逢ったんだ──」




「──それで最後の魔族にとどめを刺してから、ここに戻ってきたってわけさ。別に大した話じゃないでしょ?なんなら皆が知らなかったことなんて、ほぼ無かったんじゃないの?」

 俺の身に起きた、あるいは起こした二日間の出来事の説明は、憶えている範囲でのものとなったが、それでもここまでの流れを理解してもらうのには十分だっただろう。

 そうして、話を聴き終えた皆はしばらく無言だったが、やがて同時に口を開いた。

「──何者?」

 どうやら俺は、この問いに呪われてしまったのかもしれないな……。

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