幕間

とある専属サポーターの夢の道中

『どう?ちゃんと配信できそう?』

「はい!バッチリですよ!飛行型の魔法カメラがしっかりとミユウさんを捉えています」

 ギルドハウス内にある作業用の個室から、私はカメラ越しにダンジョンにいるミユウさんと通話を行っている。

『へェ……これで配信するのか。確かに、エステルが似たような物をいつもダンジョンに入る前に起動してたな。でも、これだけなら教えてもらえれば俺でもできそうだよ?』

 彼はただ魔法カメラをじっと見ているつもりのだろうが、それは結果としてレンズ越しにこちらを見つめていることになっている。決して私を見ているわけではないのに、なんだか気恥ずかしい。

「えっとォ……そ、それはあくまでカメラですからね!そこから映像を配信するためには、もういくつかの手順が必要なんです。ミユウさんも携帯端末でメッセージのやり取りくらいはしたことありますよね?それの仕組みをもっと複雑にしたようなものです。すごく大雑把に言うと、ですけどね」

『……なるほど。そう言われるとできる気がしないな。携帯端末の仕組みなんて考えたこともなかった』

「私も詳しい理論なんかは知りませんよ。用は使えるかどうかって話です。なので、時間をかければきっとミユウさんも一人でできるようになると思います。……手伝えることが減るのはちょっと悲しいですけどね。とりあえず、今のミユウさんが知っておくべきことは、そのカメラを通して配信をしてるってことだけです」

『ま、なんにせよ暫くの間は全部おまかせするつもりだから、よろしくね』

「はい!任せてください」

 今日は私がミユウさんの専属サポーターに就任してから初のダンジョン配信だ。そんな記念すべき彼のデビュー配信にギルドマスターが選んだダンジョンは、通称『城』と呼ばれているこれまでに配信されたことのない、超がつくほどの危険なダンジョンであった。

 街からかなり離れた、とある山の中にそびえ立つ廃城のようなそのダンジョンは、過去に国が部隊を編成して貴重な物資などがないかの調査を行ったこともあるのだが、出現するモンスターのあまりの凶暴さに調査を断念したほどだ。

「……それじゃあそろそろ配信始めちゃいますね。あの……いえ、やっぱりなんでもないです。配信中は顔を出さないっていうのと喋らないようにだけお願いします」

 ミユウさんの強さを疑ってなどいないが、それでも心配なものは心配だ。

「うん。とりあえず今日はハバネルに貰ったこのお面を着けとくことにしたから……よいしょっと。どうかな?」

「……はい。しっかり隠れてます」

 カメラに映る姿からは、鬼の面を着けた男性であるということしか分からないだろう。そして声も出さないとなれば、誰も正体がミユウさんであるとは気づくまい。

 ミユウさんは指で丸を作ってこちらへ向けている。

「……始めます」

 ミユウさんの、いやバトルボットのデビュー配信スタートだ。




「あ、さっそくコメントが来てますよ。なになに……『話題作りでわざわざ城に行くのはどうかと思います』……ま、まあミユウさんの強さを知らない人が見れば、無謀な配信に見えるかもしれませんね!話題作りって点では間違ってないですし。──けど、はたして五分後も同じコメントができますかね」

 ついつい言い訳のようなセリフが漏れてしまった。誰に聞こえている、というわけではないのに……。いや、正確に言うとミユウさんには私の声が聞こえている。彼には、配信の内容についてリアルタイムに私から提案をしなければならないので、受信専用の魔法端末を耳に着けてもらっているのだ。

 しかし、まさかこんなにも早くコメントが来るとは。やはり危険なダンジョンでの配信というのは、それだけで人を集めることができるらしい。

 加えてミユウさんは個人のダンジョン配信者だ。一人でのダンジョン攻略というのは、それだけで何倍もの難易度になる。

『はやくモンスター出てこいよ』

『こいつすぐに逃げそう』

『一人はさすがに頭おかしい笑』

 徐々に視聴者数も増えてきている。

「結構、好き勝手書かれてますね。さすがダンジョン配信専用のプラットフォーム……過激なファンが多いです」

 バトルボットの配信をするにあたり、ギルドマスターはいくつか在るプラットフォームから、ミユウさんと最も相性が良いものを選んだ。

 端末に映る画面の左上には『シーカーズ』のロゴが赤く表示されている。この国で一番大きなダンジョン配信者向けのギルド『エメラルド』が運営しているサイトの名であり、バトルボットの配信が行われているサイトの名でもある。

「──きた!ヴァンパイアです。城で出現する基本的なモンスターの一種で、戦闘力に加えて高い知能を持っています。単体の戦闘力はミノタウロスに劣りますが、集団で連携を取りなが襲ってくるので気をつけてください」

 ミユウさんの正面から二体のヴァンパイアが現れた矢先、左右と後ろからさらに三体のヴァンパイアが彼を囲うように歩いてくる。タキシードにマントという服装は統一されているが、細部には違いがあり全く同じ衣装ではないらしい。

『これヤバくね』

『どうせテレポートで逃げるだろ』

 視聴者数は増えていく一方だが、コメントは誰一人ミユウさんがこのまま戦うとは思っていない。このまま無惨にも殺されるか、逃げると予想しているようだ。

「……そろそろですかね。ミユウさん、やっちゃってください」

 バトルボットをより人気にするため、私は可能な限りミユウさんに戦闘の流れを指示するようになっている。

 普通の人ならば、戦闘の流れをカメラ越しに見ている者の言う通りにコントロールするなど、命がいくつあっても足りない危険な芸当である。ギルドマスターからこの話を聞いた際、その危険さから私は絶対に止めるべきだと反対したが、ミユウさんがあっさりと了承してしまったのだ。

 彼がやると言ったことに、私は口出しするつもりはない。

 「まずは手始めに二体ほど倒せますか?」

 視聴者もそろそろしびれを切らす頃合いだろう。焦らしすぎるのも逆効果だ。

 ミノタウロスを三体同時に倒した彼なら、五体のヴァンパイアを相手取ってもかなり余裕があるだろう。と、思っていたのだがミユウさんはなかなか攻撃を仕掛けない。

「……ミユウさん?聞こえてますよね?」

 私が困惑していると、ヴァンパイアの一体がその鋭い牙を剥いて首元へ噛み付こうと飛びついてくる。それは常人には反応できない速度での急接近だったが、ミユウさんは身体を僅かに捻り攻撃を避けると、ヴァンパイアを頭から地面に叩きつけた。

『うおおおお!』

『もしかして期待の新人きた?』

『まぐれだろ笑』

 なぜミユウさんが受け身で戦っているのかは解らないが、配信は大盛り上がりだ。

「ミユウさん、ヴァンパイアは銀製の武器で心臓を貫かない限りは不死身です。あと数回そいつらとの攻防を繰り返したらトドメを刺しちゃってください。もちろん!危険を感じたらすぐに倒してしまって大丈夫ですからね!」

 正直なところ、私は彼の正確な強さを知らない。予め、いざという時は全てミユウさんの判断で動いていいという話にはなっているが、配信のために無理をしてしまう可能性もゼロではないだろう。事実、ダンジョン配信中に取り返しのつかない怪我をする人は少なくない。もとより、ダンジョンというのは命を懸けて入る場所なのだ。

『ヴァンパイア五体同時にやるとか、こいつ何者だよ!』

『元王国兵とか?』

『これはファンになったわ』

 しかし、結果としてミユウさんは命を懸けるどころか、怪我一つせずにヴァンパイアを五体殺していた。

 配信の視聴者数の上昇は留まることを知らず、『シーカーズ』のサイトで作成したバトルボットチャンネルの登録者数もどんどん増えている。

「今日だけで千人はいきそうですね。あと二、三回ほど戦闘をしたら今日の配信は終わりにしましょう」

 いくらミユウさんが強くても、戦闘による疲労というものが無いわけではないだろう。私は専属サポーターとして、配信の手助けだけでなく彼の健康面も支えていきたいのだ。




『久々にダンジョン配信で興奮した!』

『おつ!』

『もう終わり?』

 配信開始から二時間。バトルボットは三回の戦闘を行い、合計で十二体のヴァンパイアを仕留めている。

「今、画面に配信終了の字幕を流してます。それとなく動いてもらってもいいですか?」

 ミユウさんは喋れないため、配信の情報を視聴者に伝える際は私が全て字幕で表示させているのである。

「……それじゃあ終わります」

 ミユウさんが最後に軽くお辞儀をしたのを確認した後、私はバトルボットの配信を終了させた。

「──お疲れ様です!迎えのギルド職員をダンジョンの入り口に呼んであるので、彼のテレポート魔法で一度ギルドハウスへ戻ってきてもらっていいですか?」

『うん。アンスもお疲れ様。ヴァンパイアの倒し方なんて知らなかったから助かったよ。今までは動けなくなるまでバラすしか方法がなかったからさ。まさか銀に弱かったとはね』

「お役に立てたようで何よりです!ダンジョンとモンスターに関することならいつでも聞いてください!」

 私は今、感動している。

 これこそ、私が子どもの頃から求めていたギルド職員の仕事だ。ミユウさんという冒険者とバトルボットというダンジョン配信者、その両方をサポートすることができた。

「あの……これからもよろしくお願いします!」

『こちらこそ、頼りにしてるよ』

「はい!」

 ──この約一ヶ月後、ミユウさんとギルドマスター、ついでにフゥの三人がまさか監獄へ入れられることになるとは、当事者たちを含めて誰一人予想できなかっただろう。

 夢に障害はつきものだ。

 しかし、この程度で諦める私じゃないということを、天に見せつけてやる。

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