ロイ・オルト

「……ここから先は……決して通さんッ!」

 エストレアム王国、王城の前。荘厳な扉の前に満身創痍で立つのは、この国の兵士長であるロイ・オルトとその直属の部下たちであった。

 彼らの視線は地面のある一点へ集中している。

「……うァ……がはッ」

 視線の先で倒れ伏しているのは、スパイダーと共にこの国を襲撃した二人の魔族のうちの片割れである、ネストだ。

 彼と王国兵士達の戦闘はまさに今、王国兵士達の辛勝で決着が付いたところである。しかし、その被害は過去に類を見ないほどのものとなった。当然、死者や重傷者も出ており、とても喜べる状況ではない。

「……ハッ!俺を殺しただけで、国を守りきったなんて思わねぇことだ」

「……なんだと?」

 自虐的な笑みを浮かべ、ネストは声を絞り出す。

「……監獄を襲撃した女。アイツは俺なんかとは比べ物にならねえ本物の魔族だ。お目当ての野郎を殺したら、次はお前らだよ」

「いい加減なことを……!」

 兵士の一人がとどめを刺そうと、ネストの方へ足早に向かって行く。

「──待てッ!」

 ロイは彼を制止しようとするが、そんな姿を嘲笑うようにネストは倒れた状態から、飛び出して来た兵士へ素早く飛びかかる。

「おらァ!動くんじゃねえぞ!……へへッ、人間ってのは相変わらずだな。たった一人の軽い命のために何もできなくなる」

 ネストの声を耳元で聞きながら、捕まった若い新兵は恐怖と後悔の入り混じった表情を浮かべている。死にたくはないが、自身のせいでこの魔族を逃すわけにはいかない。この相反する二つの考えが彼の頭の中を渦巻く。

 そして、その考えがヒシヒシと伝わってきたロイもまた、彼を犠牲にすることも、助けることもできずに立ち尽くす他なかった。

「──ねえ、そろそろいいかな?」

 形勢が逆転したと思われたその刹那、背後からの言葉と殺気にネストは自身の人生の終わりを悟る。逃げる、などという本能よりも先に訪れた死の直感。彼の息は止まり、振り返ることすらできなかった。

 兵士を捕らえてた手の力が抜けるが、自由になった彼もまた動くことができない。自分に向けられていないはずの殺意が、ネストを通じて伝わってきているのだ。

「あ──」

 そうしてネストの頭は宙に舞う。

 ミユウの手刀による一振りで場はようやく収まりをみせた。

 同時に、エストレアム王国への魔族襲撃事件もまた幕を閉じる。

 ミユウ、ダブルエス、王国兵士達の活躍により、奇跡的に一般市民の死者は出なかったものの怪我人は少なくない。また、建物などの復旧も一朝一夕ではいかないものとなった。




 まさか、救助隊を率いていた彼がここまで優秀な王国兵だったとは。住宅地から急いで王城へ来てみたものの、やることといえば油断した兵士を助けるだけだったな。

「……結局、どっちの魔族もスパイダーほどではなかったか。解っていたことだけど少し残念だな」

 地面に転がる頭と身体を交互に見ながら、俺は小さくつぶやく。そんな俺の方に、ざわついている部下達をまとめ、戦闘後の指示を出したの彼がゆっくりと近づいてくる。

「貴様……ミユウ、なぜここにいる。いや……そうか。コイツが言っていた監獄にいる標的というのは貴様のことだったというわけだな?少しずつだが話が見えてきたぞ。……つまり、我々は結果的に助けられたというわけか。それについては礼を言おう──ありがとう」

 彼が一体どれほど今回の件について理解しているのかは知らないが、少なくとも俺に対する評価は良くなったと捉えてよさそうである。

「一応、俺が住んでる国なんでね。守れるものは守りますよ」

「そうか……。だが、一人の王国兵士として貴様がこれ以上監獄の外にいることは許容できない。どうか、大人しく戻ってくれないか?」

 監獄にはスティを置いてきてるからな。もとより一回は戻るつもりだったので、それについては従うとしよう。

「戻るのはいいけど、懲役の方もうちょっと短くならないですかね?具体的には三日ほどが希望なんですけど……」

「……それを決めるのは俺ではない。どうしてもと言うなら、もう一度裁判を開くしかないだろうな」

「それもそうか……」

 彼とは何かと縁があるのでついお願いをしてしまったが、よくよく考えればただの兵士だ。いや、ただのと言うと語弊があるかもしれない。彼の統率力や個人の戦闘技術からして兵士長くらいの実力はあるだろう。

 しかしどちらにせよ、この場で懲役を変えることは不可能そうだ。

「……それじゃあ、もう一回手錠のほうを掛けてもらって──」

「兵士長ォ!兵士長!」

 俺が手を差し出したタイミングで、兵士の内の一人がこちらへ手を挙げて向かって来る。

 やはり彼は兵士長だったか。

「兵士長!負傷者の救護、ただいま終わりました!……そちらの彼は?あれ、たしかどこかで……あァ!貴様ァ、なぜこんなところに!さ、さては、魔族を手引きしたのは貴様だな!城内での暗殺に失敗して、仲間に助けを求めたんだろ!」

 どうやら俺の顔を覚えていたらしく、一人で随分と盛り上がっている。脚は震えているが、それでも今にも飛びかかってきそうだ。

「最期にトドメ刺したの、一応俺なんだけどな……」

「……この男は俺が責任を持って監獄まで連れ戻すから安心しろ」

「──はッ!兵士長がそう、仰るのであれば!おまかせします!」

 兵士長の彼は簡潔に追加の指示を兵士に出すと、改めて俺に手錠を掛けようとする。

「──ちょっと待ったァ!」

「……今度はなんだ?」

 せっかく俺が自ら手錠に掛かろうとしてるというのに、こう何度も邪魔が入るとこちらの気も変わってくるというものだ。

「──って、これまた話がややこしくなりそうな人達が来たな」

 振り返るとそこには、絶賛指名手配中のフゥとハバネル、二人の姿が。

 二人揃って、膝に手を置き肩で息をしているのを見るに、よほど全力で走って来たのだろう。

「……ったく……監獄に……いると思ったのに……なんで……城にいるんだよ……」

 ゼェハァと息を切らしながらハバネルがこちらを恨めしそうに見ている。心当たりはないが、彼らは俺に何かしらの用があるということか。

 しかし、これはある意味この事件を丸く収めるチャンスかもしれない。

「とりあえず、ここじゃなんだし皆でゆっくり話せるところにでも行こうか。多分だけど、フゥだけじゃなくてハバネルも指名手配中だよね?」

「……そうだよ」

 ハバネルの返事からは「不服だ」という感情がダダ漏れである。彼の場合、不服なのは自身の指名手配よりもフゥの指名手配の方な気がするが。しかし、そんなことは関係ない。

 大切なのはこの場に王国兵士と指名手配犯が揃っているということだ。

「ということで兵士長さん。彼らにも俺と同じように手錠をお願いします。やりましたね!大手柄ですよ」

「……何をする気か知らないが、あまり監獄で暴れてくれるなよ?」

「え……ちょッ!」

「ミユウさん?!」

 驚く二人を無視して、彼は容赦なく手錠を掛ける。これで俺、フゥ、ハバネルという王暗殺未遂事件の犯人であるとされている三人が捕まった。

 そして、スパイダーと彼女が連れてきた二人の魔族は、俺が全員この手で仕留めた。

 つまり、これにて王暗殺未遂事件は一件落着というわけである。

「おい、ミユウ!ちゃんと後で説明してくれるんだろうな!」

「ミユウさん!無実を主張しましょう!諦めちゃだめです!」

 二人がすごい形相でこちらを見ている。今にも噛み付いてきそうだ。

 もしかすると、一件落着と言うには少し早かったかもしれないな。

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