ダブルエス
「──っと!」
「どこ行くつもりだっ!」
スパイダーと共にこの国を攻撃している魔族はおそらく二人だ。そいつらの実力は知らないが、建物の崩れる音の量からして彼女とそう変わらない暴れようをしているだろう。
そして、この国にそれを止められる者が果たしているのかどうか……。
ポップの言っていた新入りというのはどうだろう。確か名前はジャックとか言ってたな。俺より強いというのが本当なら、残りの魔族は彼に任せても安心だ。
「──何を考えてるか知らねえが、アイツらは俺が許可を出すまではてめェとは絶対に戦わねえぞ?」
「そうか……。俺は三対一でも良かったんだけどな」
無理にでもスパイダーを引き連れて他の魔族の下へ行ってもいいが、それをすると街の被害が余計に増えそうだ。
今は王国兵や戦えるダンジョン配信者達に任せておくしかないか。
「……よし、わかった。つまり俺はここでアンタと戦う他にないってことだな?」
「っは!ようやくやる気になったか」
やる気。
はたして今の俺にやる気はあるのだろうか。どちらかと言えば、三対一ができないことへの不満の方が大きいかもしれない。スパイダーがどれだけ力を取り戻そうが、監獄からここまでの僅かな攻防で既に底が見えた気がしている。
初めて彼女と遭った時、まさにそれは未知との遭遇であり、それ故に戦いを楽しめた。
「……俺としてはもうアンタと戦う理由はないんだけど。自分の国を攻撃されて、それを見過ごすなんてこともできないからね。ここからはこれまでみたいに甘い攻撃をするつもりはないよ」
「──相変わらず口の減らねえやろうだ!」
「エステルさんとポップさんはなるべく離れないように!僕が前線を張るんでサポートをお願いします!アエルさんは後衛でひたすらに回復を!決して勝てない相手じゃありません!」
ミユウが以前所属していたダンジョン配信者グループ『ダブルエス』は、スパイダーが連れてきた魔族の一人、テピンスと戦闘状態にあった。
場所はエストレアム王国、その中心街の外れにある住宅地だ。住民たちはすでに避難しており、ここにいるのはダブルエスの四人と一人の魔族だけである。ミユウが幽閉されていた監獄からは数キロ離れており、スパイダーとミユウの戦闘音もほとんど聞こえない。
「……ちッ!人間風情が……。一人一人は大したことねえくせに、面倒くせえ連携しやがる」
スパイダーよりはるかに劣るとはいえ、魔族は魔族だ。ダンジョンで出現するモンスターと戦うのとはわけが違う。
しかし、ここでジャックの本人でさえ気づいていない才能が力を発揮し、魔族との戦闘を絶体絶命なものから可能なものへと変えていた。
「はァはァ……ギリギリだけどなんとか僕達のほうが押してる。なぜか皆、ダンジョンで戦うよりもずっと強いおかげだ……」
彼には指揮の才能があった。
もちろん、ポップが言うように戦闘能力自体も高いのだが、当然それはミユウには遠く及ばない。ジャックは一般的な人間の中では強い部類に入るというだけだ。
だが、それこそが彼の指揮力を支えていた。彼はグループに入ってからの日こそ浅いものの、各メンバーの戦闘での立ち回りに対する理解は既にミユウよりも深い。
ミユウには他の人間の強さを正確に推し量ることが出来ないのだ。彼の大きすぎる物差しでは、一定以下の差が目に映らない。そしてその結果、チーム戦では味方の戦力を削ってしまう。
「……ジャックゥ!あまり無茶するんじゃねえぞ!俺達の方に、もう少し負担を増やしてくれて構わないからな!」
「ポップさん……解りました!それじゃあ、前衛を僕とポップさんの二人で!エステルさんはアエルさんの護衛を!アエルさんは回復と強化魔法をお願いします!」
「──ったく。盗賊職を何でも屋と思わないでおくれッ!」
「私だって回復以外の魔法は苦手よッ!」
エステルは煙幕や罠を巧みに使い、テピンスの接近を防ぎながらアエルを守る。それによって生まれた隙を、アエルの強化魔法によって火力を上げたポップとジャックがすかさず突く。
ミユウがいたころには考えられなかった連携である。
「クソがッ!調子に……乗ってんじゃねェぞォッ!」
テピンスが怒号をあげると、彼の身体へ流れる魔力が煌々と光りだす。彼のその姿は、ダンジョン内でスパイダーが見せたものと微妙な違いはあれど、原理は同じものだ。
魔力による直接的な身体能力の向上。強化魔法とは違う魔族にのみ扱える技術である。
「なッ⁉まだこんな力が残ってるのかよ!ジャック、これは一時撤退も──」
「いや!僕達なら絶対に勝てます!理由はわからないけど、なんだかそんな気がするんです。それに……ここで逃げたら二度と手に入らない何かを落としてしまいそうで……」
ジャックが感じていることは、他のメンバーも同様に感じていた。これまでにない窮地に立ちミユウという命綱がないという状況によって、各々が成長を余儀なくされている。
「もちろん、一歩間違えれば死ぬのは解っています。けど……なんだか今、ワクワクしてるんです」
ポップは静かにジャックの目を見つめる。
「……アイツが戦いに求めていたのはコレだったのかもな」
「だとしたら、やっぱり彼は変態だね……。こんな経験、人生で一回でもあればもうお腹いっぱいだよ」
「──来ますッ!」
テピンスの鋭い爪とジャックの剣が何度目かの火花を散らす。この瞬間瞬間が、彼らをダンジョン配信者としてでなく、ダンジョンで戦うものとして成長させるのだ。しかし、そんな競り合いもこれまで通りにはいかなかった。
「ッらァァァ!」
「──ジャック⁉」
「──うそッ⁉」
魔力によって強化された魔族は人間には止められない。その事実は気持ちでは覆せない重いものである。ジャックは民家へと吹き飛ばされ、崩れた家の瓦礫の下敷きにされてしまう。
そしてこの時、ジャックを除いた『ダブルエス』のメンバーはテピンスの真の力を目の当たりにし、ミユウの戦う姿を思い出していた。
決して人間の手が届くことがない領域。
「これが……魔族の本気かよッ!二人はジャックを頼んだ!アイツは俺が止めておくからその間に逃げろッ!」
ポップは基本的にグループを優先して物事を考えている。ミユウ脱退も、ダンジョン配信者グループとそのメンバーだったミユウのことを彼なりに考えた結果、出た答えであった。
傍から見れば、その伝え方には確かに大きな問題があったが、ミユウ自身は特に気にしていないというのが実際のところだ。
「だめですッ……!ポップさんをおいてくなんて……」
「ジャック!いいから喋るんじゃないよ!回復魔法が間に合うかまだわからないッ!」
「僕が肩を貸すから。ほら」
ジャックに意識はあるが、一人では立ち上がることすら困難な状態だ。エステルとアエルに対して抵抗する力はなく、ただ運ばれるのみとなっている。
「はッ!人間ってのは相変わらずおもしれえな!そうやって一人の犠牲を出せば周りが助かると思ってやがるッ!お前が死んだあとにどつせ死ぬってのに!」
テピンスにジャック達を追おうとする素振りはない。むしろ、ポップ一人になったことで戦いが楽になると考えていた。
「……こんなことなら、ミユウにもう少しだけ居てもらうんだったな。まあ、俺が死んでもジャックが居ればグループは大丈夫だろ」
「──それじゃあ死ねや!」
ポップは剣を構えているが、その手に力はほとんど入っていない。テピンスの爪先は初撃でポップの喉元へ届くだろう。
「──あばよッ!」
住宅地にミスマッチな生々しい血が家の壁へと飛び散った。煌々と光るその血はやがて光を失い、ただの痕へと変わる。
「──なッ!」
「……はは、まじかよ」
目を点にしている二人の間には、なんともパッとしない顔をした男が堂々と立っていた。
「ギリギリ……間に合ったかな?」
「……何言ってんだ。全然余裕だったわ……と言いてえが、さすがに助かった。当然、勝てるんだよな?」
ポップの顔に不敵な笑みが徐々に戻り始める。
「まあ、勝てるよ。なんならさっき、コイツの上司的な魔族を殺ってきたところだからね」
「……ッ⁉」
ミユウから向けられる殺気と失われた右腕がテピンスの恐れを呼び起こす。そしてその恐怖が、目の前の男こそスパイダーの言っていたミユウ・ダンズであるとテピンスに確信させた。
「……確かに人間か疑いたくなるような野郎だ。俺の攻撃を防ぐどころか腕まで持っていくとは。しかし……スパイダーを殺ったってのは本当か?」
「……じゃなきゃここには来れないでしょ?俺としては、アンタたちに共闘して欲しかったんだけどね」
「……たしかに、あの女が生きたまま狙った獲物を逃すとは考えられねえ。だがしかし、俺とアイツに共闘してほしかっただと?どうやら聞いてた以上にイカれた奴らしい」
肩から止まらない血を流しながら話すテピンスは、必死にミユウの隙を伺っているが、彼の殺気から逃れることは一切許されなかった。
今のミユウは、普段ダンジョンに行っているときとはモードが違う。魔族という外敵を国から排除することを目的として動いているのだ。戦闘をすることは、あくまでその過程の一つに過ぎない。
「……逃げようとしてるところ申し訳ないけど、アンタらはもう手遅れだよ。次も控えてることだし、そろそろ殺ろうか」
「ミユウ……だよな?」
初めて見るミユウの様子に、これまで何度も彼の戦闘を見てきたはずのポップでさえ動揺していた。
「──抵抗するとより辛いからねッ!」
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