監獄ブレイク
「ミユウ・ダンズ!我が国の王、ワイズ・レイ様暗殺未遂の罪で貴様を懲役千年の刑に処す!その非道で穢れた魂を長い年月をかけて浄化するがよい」
壇上から立派な髭を生やした老人が俺にそう告げた。壇上には、席の中心に位置する老人の左右に一人ずつ、さらにその外側に顔をベールで隠した者たちが二人ずつと、皆こちらを向いて座っている。裁判長と裁判官、そして裁判員達だ。
逮捕から一晩経った本日。看守に伝えられていた通り、俺の刑期が決定した。
「千年かァ……長いな」
彼らは魔族の封印か何かと勘違いしてるのではないだろうか。いや、王の暗殺を企てる奴なんて魔族と同じ様な考えを持ってそうだからそれでいいのかもしれない。というか、そもそも王を狙ったのはスパイダーなのだからこの判決は妥当すぎる位に妥当だ。
次、彼女に遭ったらぜひともこの判決を伝えよう。
「……あまり反省の色が見えんな。なにか言いたいことがあるならば聞くが?」
裁判長の深く見つめてくるその視線は、年の功だけによるものではないだろう。今まで何人もの犯罪者を見送って来ただけのことはあるようだ。
「反省はしてますよ。魔族をダンジョンの崩壊から救うには、あまりにその後の見通しが甘かったという事に対してですけどね」
俺は思ったままを口にする。
「なに?」
「今、魔族と……」
裁判官達が魔族という単語に反応を示す。
「一応、取り調べの時にも全部喋ったんですけどね……。俺はダンジョンで出遭った魔族を倒して、そいつを城まで連れてきてしまった。もし、何かあっても彼女を止められる自信がありましたから。だけど、想定よりも魔族の人間に対する恨みが大きかった……んですかね。少しだけ自由を許してしまい王が攻撃された、というわけです」
かなり大雑把だが、昨日起きた出来事の要点は抑えているはずだ。
「ふむ……確かに調書にもそのように記されておるのう。しかし、その魔族とやらが消えてしまった今、その出来事を証明できる者はおらんのじゃろう?」
「いない?ちょっと待ってください。俺はフゥというダンジョン配信者と一緒に行動していました。彼女の話も聞いてみて下さい」
いや、待て。そういえば城に残されたフゥは結局どうなったんだ。あれから一晩経ってるんだ。彼女にもなにかしら変化があったはず。
「フゥか……その者なら現在、指名手配中じゃ。お主同様、王暗殺未遂の罪でな」
「……そうか。まさかとは思ってたけど、最悪の展開になっちゃったみたいだね。さすがにこの状況はハバネルでも打開できないかな……。なんなら、二人揃って指名手配されちゃったりして」
「どうやら、これ以上は何もなさそうじゃな……。それでは!此度の裁判はこれにて閉廷とする!」
さて、俺は自分の身を心配するべきか、はたまた絶賛指名手配中のフゥを心配するべきか。とにかく、このタイミングで無理やり脱獄するのは良くないだろう。
しばらくは監獄で、スティと共に大人しくしていようか。
「千年?まァ、未遂とはいえ王を狙ったわけだからね。妥当な刑期なんじゃない?」
牢屋へ戻った俺は、スティに裁判の結果を伝えた。すると意外なことに、「千年」という途方もない年月に対しての彼の反応は、魔族向けという点を経由せずとも、俺と一致していた。
「けど、俺って人間だよ?千年なんて絶対生きられないと思うんだよね」
「そりゃ生きられないから千年なんだよ。この国に無期懲役はないけど、ミユウさんは実質の無期懲役ってやつだね。しかし、懲役千年か……。千年後はいったいどんな世界なのかな……」
その言葉と表情からは、子どもの持つ希望と、大人の持つ諦観の両方を感じさせる。
「そういえば、スティって何歳なの?勝手に王と同じくらいだと予想してたんだけど」
「僕?僕はワイズの一つ下だから、ミユウさんの予想は大体合ってるよ」
つまりスティの年齢は十五歳か。彼も王も、どちらも若くして苦労が絶えない生活を送っていそうだな。
「そういうミユウさんは何歳なのさ。まだ若そうだけど……さすがに二十歳は超えてるよね?」
「……多分ね。歳をちゃんと数え始めてから二十年は経ってるから、二十歳はこえてるよ。でも正確な年齢は分からないな。話すと長くなるけど聞く?」
「……今はいいや。そろそろ午後の作業が始まるし」
言い終わると同時に、スティの言う通り看守がやってくる。昨日同様、好き放題する例の看守だ。
「作業の時間だ!手を出せェッ⁉」
しかし、どうやら本日の作業は中止になりそうである。
この気配。
「──どうした!何事だ!」
「て、天井が突然!」
崩れた天井から巻き上がる土埃は牢屋の中にまで及んでいる。その濃さは、すぐ隣にいるはずのスティでさえ目視できないほどだ。
「まったく、アンタは何をするにも俺の想定外のことをしないと気がすまないのかな……。ねェ、スパイダー」
「……よお、昨日ぶりのリベンジをしに来たぜ。人間」
俺とスティの牢屋の前に立つのは、全ての元凶ともいえる魔族。
スパイダーであった。
「リベンジって……俺、今アンタのせいで絶賛服役中なんだけど……千年ほど。それでどうかな、五百年位いらない?」
「そうか!安心しろ!千年も五百年も待たずに俺が今日、お前の死刑執行人になってやるよッ!」
「ミユウさんッ?これ一体どういうこと!」
スティに説明している暇はどうやらなさそうだ。スパイダーの殺気はダンジョン内で出会ったときの数倍はある。
一晩で随分と力をつけたらしい。いや、取り戻したと言った方が正しいか。
しかもこの感じ……。
「もしかして今日は一人じゃないのかな?」
スパイダーによってできた監獄天井の大きな穴からは、地上の喧騒が落ちてきている。
人々の悲鳴に建物が崩れる音。
やはり魔族は彼女の他にも復活していたか。
「安心しろ。お前を殺りに来たのは俺だけだ!」
スパイダーが右手を一振りすると、俺の手錠と足枷がキンッと鳴って壊れる。お得意の糸による攻撃だろう。
「それじゃあ……今度は昨日みたいに逃げないでね」
「──ッ!殺すッ!」
「俺もそうするよ!」
鉄格子の一マスでお互いの拳がぶつかると、そこを中心に波紋のように網目が曲がっていく。
ここでこれ以上やれば、スティが危ないな。
「──貴様何者だッ!両手を挙げて膝をッ⁉」
心臓を一突き。
ようやく瓦礫を越えた看守だったが、糸でできた細い針でその命は呆気なく散る。しかしまあ、彼は常日頃から職権を乱用していたようだし罰が当たったということかな。
「……とにかくッ!まずはここを離れようか!」
俺は牢屋の鉄格子ごと、スパイダーを向かいの牢屋へと蹴り押す。
「──どォわァァァ!」
「なんだこの女⁉」
二枚の鉄格子に挟まれたスパイダーを見て、向かいの囚人二人が驚いている。
「さてと……どでかい出口もできてることだし、堂々と脱獄させてもらいましょうか」
崩れた天井の瓦礫を伝い、俺は約一日ぶりに地上の空気を吸った。が、さすがに一日ではそこまでの解放感は得られないようだ。
むしろ、ダンジョン内で数日を過ごすなんてことも頻繁にあるため、それに比べると短いまでもある。
「──なに突っ立ってんだァ!」
スパイダーの怒号と共に、監獄からバラバラになった鉄格子が鋭く飛んでくる。
当然俺はそれらを避けるが、飛んでいった鉄格子は街の建物へ好きなように突き刺さり、たちまち前衛的な芸術作品に変えてしまった。
「これ、また俺のせいになったりしないよね……」
ま、なるようになるか。
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