師とは、弟子とは
「よッ!」
スケルトンの屍を飛び越えながら、俺はダンジョンを止まることなく進んでいた。「スケルトンの屍」というのはなんだか意味が重複してそうだが、そんなことは気にしない。
「今のところ、見たことあるモンスターしか出てきてないな。スケルトンも他と比べて強いってわけじゃなさそうだし。監獄だからってダンジョンが変わるわけじゃないか」
作業開始から一時間ほど経過しているが、現れるのはひたすら骨だけだ。稀に武器を持ったスケルトンや防具を着たスケルトンがいることもあるが、他と比べて強いかと言うとそうでもない。
「ま、捕まった身でありながらダンジョンに行けるってだけで感謝しないとね」
そういえば、俺が捕まった後の城内はどうなったのだろうか。フゥについてはまたハバネルがなんとかしてくれるだろうが、心配なのはスパイダーの件である。彼女が消えた原因も、その後の行方も不明なのだ。もしかすると突然、城に戻ってきて再び王の命を狙う、という可能性もゼロではない。そしてそうなってしまった場合、俺の立場は今よりさらに悪くなるのは確定だ。
「ダンジョンがあることに喜んでる場合じゃないかもねッ!……よし。これで最後かな」
恐らく今現在、一階層に存在しているモンスターは全て倒したであろう。次の階層への階段は先程すでに見つけてあるので、そちらに向かうとしようか。
「──ねえッ!待って!」
背後からの呼び声を聞き、俺は足を止める。
スティが俺の後をずっとつけていたのは分かっていた。しかし、その理由までは見当がつかなかったので、とりあえず放置という選択肢を取っていたのだが。
それもここまでらしい。
「アナタ……何者なの?」
「……また、その質問かァ。俺ってそんな正体不明の何かに見えるの?」
俺はスパイダーの時を思い出す。確かこう聞かれたときの答え方はこうだ。
「名前はミユウ・ダンズ。種族は人間だよ。生きるためにダンジョン配信をして、生を実感するためにモンスターを狩っている……。今は監獄に捕まってるけどね」
よし。
これでいいだろう。
「……なんでそんなドヤ顔なのさ」
「あれかな。勉強したところがピンポイントでテストに出た時と似た感覚かな」
「なるほど……?ってそんなことはどうでもよくてッ!」
頭をブンブンと左右に振りながら、スティは歯を食いしばっている。
「僕の話を……頼みを聞いてほしいんだ」
そう言う彼の姿は年齢よりもさらに幼く見えた。いや、王と同い年くらいだろうという勝手な想像をしているだけであって俺はスティの実年齢を知らないので、もしかすると本当の年齢はもっと下なのかもしれない。
などといらぬことを考えているうちに、スティは続きを話し始める。
「頼みっていうのは僕の父についてなんだ。看守が言ってたでしょ?「親父は見つかったか」って……」
こうなっては、もう最後まで聞くしかあるまい。ダンジョン探索なら明日の作業でもできるだろう。
「もしかして、親父さんもこのダンジョンに来てたの?」
「……うん。父はここで行方不明になったんだ。ニヶ月前のことだよ」
つまりスティの頼みは親父さん探し、というわけだな。しかし二ヶ月か……。
「はっきり言うよ、スティ。親父さんのことは諦めたほうがいい。このダンジョンで二ヶ月なんてまず生きられない。まだ一階層しか見てないけど、恐らく食べ物となるようなモンスターも水分補給できるような場所もここにはないだろうからね……。それに、万が一生きてたとしたらとっくに帰ってきてるはず──」
「分かってる!……そんなことは、分かってるよ。僕の頼みはそんなことじゃない」
「そんなことじゃないって……それじゃあ頼みってのは──」
「僕を……弟子にしてほしい!強くならなきゃいけないんだ。父の仇を討つために……」
弟子、か。
そういえば昔はダンジョンで、そのような関係性の冒険者を見ることもあったな。最近は配信者が増えてそもそも冒険者そのものを見なくなったが。
しかし、かつて見た冒険者の弟子というのはほぼ荷物持ち兼雑用のような存在だった気がする。そんなもので強くなれるとは思えない。
なので、仮にスティが俺の弟子になり本気で強くなりたいと願うなら、真の師弟関係というものが必要というわけになる。
それに、そもそも俺は別に弟子を持つのが嫌だというわけではないのだ。かつてのグループに居たときだって、むしろ積極的に戦闘を指南したがっていたと言っていい。
恐らくだがスティから見限られることがあっても、俺から見限ることはないだろう。
「弟子になるのは好きにしてくれて構わないけど、仇ってのはどういうことなの?まァこれは、俺がただ単に気になっただけだから言いたくないなら無理に言わなくてもいいけどさ」
「……父は、というより僕らの一族は代々ワイズ家に、この監獄を取り仕切るものとして仕えていたんだ。それこそ、ほんの二ヶ月前まで父はここの監獄長だった……」
なるほど。だからスティは王の名前にあそこまで反応していたのか。一族で仕えているということは、なかぬか深い関係があるのだろう。
「それじゃあ、スティの親父さんがここのダンジョンに来てたのは、囚人としてじゃなくて看守としてだったってわけか」
「うん。父がいなくなった日、作業から囚人が一人帰って来なかったんだ。脱走の可能性も考えた父は、看守達で手分けしてその囚人を捜すことにした……」
「それで捜してたら、自分がミイラになっちゃったってわけ?確かにダンジョンなら何が起きてもおかしくはないけど、捜索に当たって何か対策とかは──」
「父は騙されたんだ……。当時、副監獄長だった男に!」
スティの固く握られた拳は震えている。
「騙された?」
「いくら武装したからって、ダンジョンが危険なことは父も十分に理解していたよ。だから三人一組で小隊を作って行動していたんだ。けど、父と組んだ残りの二人は副監獄長に買収された手先だった……!それどころか、そもそも囚人なんて居なくなってなかったんだ!全て父を消してこの監獄を自分の物にするための謀略だったんだよ……」
この国の政治には、というか政治には詳しくないのだけど、こういうことは頻繁に起こることなのだろうか。
「要は権力争いに巻き込まれたって感じ?だけど、監獄長ってそうまでしてもなりたいものなの?」
「その理由までは分からない。そこまで調べる前に、事件の真相を探っているのがバレてここに入れられちゃったからね……」
「口封じってことか。なら早いところここ出ていかないとね」
この時、俺の頭の中ではある一つの筋書きが完成していた。
スティと違い、俺の逮捕は完全なる冤罪というわけではないのだ。スパイダーをダンジョンから連れてきたのは間違いなく俺だし、さらには監督不行届で王の命を危険に晒した。
スティの手助けをすることがその罪滅ぼし、などと自身で言うつもりも資格も無いが、少なくとも極悪人ではないという証拠にはなるだろう。情状酌量の余地が生まれるかもしれない。
「……なんにせよ、今はお互い助け合わないとねッ!」
「──へぶッ⁉」
俺は、スティの背後で剣を大きく振りかぶる囚人の鼻っ先へ拳をめり込ませる。
「──えッ?」
「どうやら親父さんを殺ったって奴、看守だけじゃなくて囚人まで買収してるみたいだね。スティが俺に付いてきて、ダンジョンの奥まで入ってきたから、作戦実行ってとこかな」
「……囚人の中にはソイツの親父に感謝してる奴らもいるからな。邪魔されちゃ敵わねェ。だからこそ、今日はチャンスが訪れた!と思ったんだがテメェもソイツを守る口か?新入りさんよォ!」
一人目は先程の一撃で既にのびているな。
残りは四人か。全員、持っている武器は俺が倒したスケルトンが持っていた物のようだ。犯罪者というだけあって、人を襲うことに躊躇いはなさそうである。
「……ちょうどいい。スティ、まずはお手本を見せるよ」
俺はスティの返事を聞く前に脚に力を入れる。狙うは一番近い男。
「よいしょッ!」
腹部に蹴り込みを入れて、剣を奪う。やはり、先程倒したスケルトンの一体が持っていたブロードソードだ。
「こ、こいつ、強えェ⁉」
「バカヤロウ!相手は一人だッ!まとめてかかれッ!」
三人が同時に向かって来る。
まるで見境なく襲い掛かってくるモンスターと一緒だ。
「この剣なら大丈夫かなッ!」
俺は、イノシシと化した三人をまとめて薙ぎ払う。
スケルトンが使っていた剣だ。手入れなどされているはずもなく、切れ味なんてほとんど失われている。
「な……!」
放物線を描いて飛んで行く囚人達を目で追いながら、スティは口をポカンと開けている。
「ざっとこんな感じ。お手本になったかな?」
「──全然なってないよッ!ホント何者なのさ!」
二度あることは三度あるってわけか。
「名前はミユ──」
「それはもういいッ!……やっぱこんな人に頼むんじゃなかった」
はやくも弟子から見限られそうである。
さすがに、いきなり実践で教えるのは無理があったようだ。
「とりあえず……戻るか」
魔法カメラから流れる、作業終了のブザーを聞きながら俺とスティは入り口へと歩き出す。
「嫌になったら、いつでも弟子をやめてもいいから」
「……父の仇を取るまではやめないよ」
「そうか。俺も良い師になれるよう頑張ってみるよ」
「なにそれ……」
スティはクスクスと笑いながら歩く速度を少し速めた。
監獄内にあるダンジョンでの奇妙な師弟関係の始まりである。
「……あのガキ、妙な奴と手を組みやがったな。バカな親父同様、大人しくダンジョンでくたばってればいいものを……」
監獄長室。
そこでは、スティの父を罠にはめ副監獄長から監獄長へと成り上がった男、クラフが配信用とは別のカメラで捉えたミユウとスティの姿を映像越しに睨みつけていた。
「まァいいだろう。囚人ごときが看守には絶対に逆らえないということを、今に思い知らせてやる」
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