それぞれの意志

「次──はい、次」

 ダンジョンに入ってすぐの場所で、俺達はいつも通り檻の中で鉄格子越しに手錠と足枷を外されていた。流石にこれを付けたままダンジョンに行かされるわけではないらしい。

 入り口の横幅にピッタリとサイズが合わせられた大きな檻には両方向に扉がついている。囚人が入口側から全員入った後、手足の錠を外して今度はダンジョン側の扉を開ける、ということだろう。

「ほら、お前で最後だ」

 やっと俺の順番が周ってきたか。足枷が外れるのはここに来て初めてのことである。両足首を肩幅よりもやや長い鎖で繋げているこの足枷は、制限はかかるものの日常的な動作が不可能になるわけではないので、手錠と違い牢屋内でも外さないのだろう。

「それじゃあおめェら、今日もせいぜい死なねェように頑張りな!」

 看守が手に持つスイッチを押すとダンジョン側の扉が開く。

「よしッ、行くか!」

 俺は勢い良く檻を飛び出した。

 が、どうも檻から走り出たのは俺だけのようだ。他の囚人達は皆、未だに檻とダンジョンの境界線付近でノロノロと歩いている。

「ちょっと!何してるのさ!」

 そんな中で唯一こちらへ走ってきたのはスティであった。

「何って、ダンジョン探索するのが作業なんじゃないの?」

 もしかして、監獄内だけの特殊なダンジョン配信のルールでもあるのだろうか。だとしたら事前に説明をしてくれなかった、看守達の責任だ。

「確かにそれで合ってるけど、僕ら武器もなにも持ってないんだよ⁉そんな素寒貧な状態で思い通りにダンジョン探索なんて出来るわけないでしょ!この作業はできるだけモンスターに遭わないよう、入り口付近のここら辺で時間を潰すのが一番だよ」

「けど、それだと配信を見てるって言ってた他国の王や貴族から文句が出てくるんじゃないの?」

 今もまさに、俺のことを自動で追いかけている飛行型の魔法カメラへ試しに手を振ってみる。向こう側からは俺のことがどんな姿で見えてるのだろう。

 そういえば、俺って自分の配信を自分で見たことがないな。今度、録画しておいて見てみるか。

「……彼らはダンジョン配信なんて庶民的なものに触れる機会はないからね。入り口で産まれるようなモンスターでも、十分に楽しめるんだよ。だから看守たちも何も言わない」

「なるほど……」

 つまり、監獄のダンジョンだからといって特殊なルールは無いということだ。

 そうと分かれば気兼ねなく先に進めるな。

「わかったら、アナタもここで──」

「ミユウ・ダンズ。まだ自己紹介してなかったね。色々と教えてくれてありがとう!これからよろしく」

 新たなダンジョンの探索に首の付け根がうずうずしているのが解る。この欲求だけは止められないだろう。

 見たことのないモンスターはいるだろうか。

 強いモンスターはいるだろうか。

「……もしかして、新しい魔族と会えたりしてね。ほんっとここに来て良かった!」




「──ミユウが王の暗殺未遂で捕まった⁉待て待て待て、言ってる意味が分からん。ちゃんと一から順を追って説明してくれ。俺が救助隊を呼んだ後にいったい何があったんだよ……」

 ミユウとフゥを洞窟から助けたハバネルは、ギルドでの他の仕事のため会社へと戻っていた。しかしそんな折、彼のもとへ本日二度目の部下からの緊急連絡が入る。

『逮捕の瞬間については私も詳しくは……。ただ、彼がダンジョンから出てきたときに意識のない女性を背中に抱えてまして、なにやらそれについて王国兵から事情聴取を受けたみたいです。そこからなぜか城に連れて行かれてしまって……出てきたときには監獄行きが決まってました』

「……フゥはどうなったんだ?」

 結局のところ、最も重要な部分である城での出来事が分からないと判断したハバネルが、まず真っ先に気になったのはフゥであった。

『それが……フゥ様はまだ城から出てきてないんです。王国兵に連れられて出てきたのはミユウだけでした』

「それは……なんとも言えないな」

 ハバネルの額に冷や汗が流れる。彼からすればミユウ逮捕については、もはやこちらから出来ることはほぼ無いおかげで逆に諦めが付いていると言えよう。

 しかしフゥに関してはそうではない。

「……よし。今からそっちに向かう」

『……わかりました』

 通話が切れると、ギルド『ダイアモンド』のマスターとしてのハバネルは鋭い目つきでギルドハウスから出ていった。

 ギルドハウスから城までの距離はそう遠くなく、徒歩で十分もかからないだろう。しかし、柄にもなく緊張し、無意識に早歩きになっている今のハバネルにとって、その距離は更に短いものとなった。

 数分後、ハバネルはほとんど「気がついたら」といった調子で、直立不動の二人の王国兵が守る荘厳な扉へたどり着いた。彼の前にそびえ立つ、大きな城に相応しい立派なその扉は滅多に開くことはなく、最後に開いたのはワイズ・レイが王位についた際の戴冠式が行われた一年前である。

 そのため、日常的に使われている扉は別にあり、ハバネルの部下が連行されるミユウを見たというのもそこであった。

「どうだ、まだフゥの奴は出てきてないか?」

「ハバネル様……。そうですね、少なくともここからは出てきてないです」

 部下と合流したハバネルは、移動中に変化がなかったことを確認し、一呼吸おいた。

「はてさて、どうすれば城の中に侵入できるのやら……。いや、ここはギルドマスターとして何か適当なことを言ってから入れてもらう方が安全か……。だが、下手をするとミユウと共犯だと疑われる可能性もあるしな……」

 勢いで来ても良いのはここまで。ここから先の行動は、一歩間違えれば取り返しがつかなくなるというのを彼はよく理解している。そのため、思考を巡らせるがこの場での最良の選択肢は「手を出さない」のただ一つである。

「……けど、それじゃあ約束と違うからな」

 とある人物との会話を思い浮かべながら、ハバネルは小さく呟いた。

「ハバネル様……?」

 部下の男は、ハバネルの発する空気が一変したことに気付く。先程までのソワソワした様子は一切なくなり、ゆっくりと空を仰いでいるのだ。

 数秒ほど経つと、ハバネルは目線を城の方へ向けて迷いのない足で進み始める。

「ハバネル様⁉どうするつもりですか!」

「どうもこうも、人の家に用がある時にすることは一つだろ?玄関でチャイムを押すんだよ」

 数秒の沈黙。

「……お城にチャイムは付いてないと思います」

 決め顔で振り向いたハバネルだったが、部下からの冷静な突っ込みにその顔は行き場を失う。

 二人の間に風が吹く。

 先に動いたのは部下の方だった。

「つまり……どういうことですか?」

 部下が首を傾げながらそう聞くと、ハバネルは膝をガクッと曲げ手で顔を覆う。

「……回りくどいことはせずに、堂々と事情を聞きに行くんだよ。それで、本当にミユウやフゥが何かやらかしてたってんなら、責任取るのがギルドマスターだ」

「……ハバネル様!一生付いていきます!」

「大袈裟だな……」

 目を輝かせながら仰々しいことを言い放つ部下に対して、困った笑いをしながらもハバネルはより決意を強くしていた。

 そして、そんな彼らの遥か上空。王国の上を流れる大きな灰色の雲の中でもまた、強い意志を抱いている者たちがいた。




 ガヤガヤとうるさい雲の中。現代を生きる人々にとって、もはや半分伝説となった生き物である魔族たちの影がそこには集っていた。

 その中には、先程まで城の中でミユウと共に檻に入れられていたスパイダーの姿もある。

「なんで俺を飛ばした!あと少しで──」

「あと少しで!檻に仲良く入ってたあの男に殺されてたのに?それはアンタも十分わかってたでしょ……まァ、勝手に助けたのは悪かったわ。でも殺されるのを見過ごすなんてワタシできないもの……」

 激昂し赤い長髪が天を向いているスパイダーと相対しているのは、そんな彼女とは対象的な青い短髪の魔族『ブルー』である。

 彼女こそ、スパイダーを檻の中からこの上空まで移動させた張本人だ。

「落ち着け、スパイダー。手段は違えど我々の目的は同じはずだ。皆、二千年前と同様に復讐を果たすことのみが目指すべきところである」

 睨み合う二人を仲裁するように割って入ったのは、この集団の中で一際身体が大きい魔族『ハグミー・インスカイ』である。

 ここにいる数十人の魔族が空に立っているのは彼の持つ魔法によるものだ。

「それにしてもあの人間、何者なのよ……。あんな殺気を出す奴なんて、封印前でもそうそういなかったわ」

「本人は「ただの人間だ」なんてぬかしてたぞ……。クソッ!今、思い出しても腹立つぜ」

 ダンジョンでの出来事を回想したのか、彼女の怒りはさらに募っていく。

「そういえば、なんでアンタ達同じ檻に入ってたのよ。もしかしてあの人間、魔族信者?あの後もそのまま捕まってたみたいだし……」

「俺が知るかよ……。分かるのは、言いたくねェがとてつもなく強いってことだけだ」

「しかしそれならば、かの人間と戦うのは我ら魔族が最も力を発揮できる場所である、己がダンジョンということになるな」

「……ッ」

 二千年の封印からの起きがけとは言え、ダンジョン内で彼に敗北を喫しているスパイダーは舌打ちをしながら、ミユウが連れて行かれたであろうを監獄を見下ろしていた。

「それでは皆、自身のダンジョンに戻るとしよう。当然、先に暴れたいと言う奴がいるのならば止めはしない。しかし……今はダンジョン配信者なるものが大勢居るらしいからな。わざわざ、こちらから出向く必要も無いかもしれないが……」

「えェ……なにそれ。もしかして、あの人間みたいなのがうじゃうじゃ来るってこと?ワタシあんなのと殺し合いなんて無理だよォ……」

 ブルーは無気力に手を振りながらヨロヨロと、自身のダンジョンがある方へと飛んで行く。そんな彼女にに続くように、残りの魔族たちも各々のダンジョンへと散っていった。

 残すはスパイダーとインスカイだけである。

「……帰らないのか?俺の魔法も、今はまだそう長くは持たないぞ」

「……俺のダンジョンはぶっ潰れちまってるからな。力が戻るまでは身を隠して、その後で大蜘蛛たちにまた造らせるつもりだ」

「そうか……困ったら俺のダンジョンに来ると良い、などと言うと怒るのだろうな。まァ、助けるときはブルー同様、勝手に助けさせてもらう。それでは達者でな!」

 雲の中で最後の一人となったスパイダーは、インスカイの姿が完全に見えなくなると、ゆっくりと地上へ降り始めた。

「ッたくよ……どいつもこいつも勝手だな」

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