獄中生活

「さっさと歩けッ!この極悪人がァ!」

 手だけでなく、足にも錠を掛けられているのに「さっさと歩け」とは随分と理不尽だな。こっちは歩幅が制限されているんだぞ。

「キヒヒ。アイツ、王を殺そうとしたらしいぜ!」

「マジかよッ!パッとしねえ顔のくせに中身はイカれてんのか!」

「強い奴……殺す……」

 スパイダーが消えた後、王国兵から看守へ檻ごと身柄を引き渡された俺は、あっという間に王国地下にある監獄へと連れていた。廊下の左右に配置されている部屋からは無数の声が飛び交っており、全くもって騒がしい場所である。

「うるせェぞ!お前ら!」

 一向に静かになる気配がない囚人たちに対して、看守が怒声を浴びせると場は途端に静かになった。

「なんか……お腹空いたな」

 それもそのはず。今日は朝ご飯を食べてからそのままダンジョンに行き、そのままお昼を食べずに取り調べを受けていたのだから。 

「残念ながら昼飯は無しだ。お前が食べられるのは晩飯から、となっている。明日から三食あるだけでも感謝するんだな」

「なるほど……これが刑罰というやつか」

 監獄での生活については公にされていないため、どのような日々が待っているのかは知らないが、退屈になったら脱走させてもらうとしよう。罪を重ねることになるがしょうがない。最悪の場合はこの国を出て生きていくのも辞さない構えだ。

「ちなみにだが明日、お前の刑期が決まる。王の暗殺未遂なんて前代未聞だからな。楽しみにしておけ……」

 言い終わると看守は立ち止まり、左の牢屋へと近づいていく。つまり、ここが俺の部屋というわけか。

「ほら、手錠掛けるからこっち来い。良かったなスティ、今日からまたお前も相部屋だ」

「相部屋……?」

「ああ!そういえばまだ言ってなかったか。ここは全牢屋、相部屋だ。どっちかがくたばるか晴れてここから出ていくまで、せいぜい犯罪者同士で仲良くしてくれ」

 看守は手際よく鉄格子から出ている囚人の手に手錠を掛けるが、その手は見るからに子どものものである。腕を伝い、檻の中にある姿をいざ確認してみると、やはりそこには男の子がいた。年齢は王と同じくらいだろうか。

 しかし、王の上質な服や丁寧に手入れされた髪と比べると、同じと言っていいのは唯一年齢だけかもしれない。

「さあ、入れ」

 鉄格子の扉がギシギシと音を立てながら開く。薄暗いが汚いなどということはなく、睡眠を取る分には十分な部屋だ。

「……よろしく、でいいのか?」

「……」

 目はあったがノーリアクションである。スパイダーといい、この子といい、もしかすると俺は無視されやすい体質なのかもしれない。

「そうだスティ、いいことを教えてやろう。こいつがここにいる理由だ。ハハッ!こいつはな……現王であるあのワイズ・レイの暗殺未遂で捕まったんだッ!」

 スティというのは恐らくこの子の名前だろう。牢屋に入った俺と子どもの手錠を外側から外している看守が、嫌な含み笑いをしながら高らかにそう告げると、スティは隣で全身をこわばらせた。

「……それじゃあ仲良くな!」

 あの看守、よく分からんが何か言ってはいけないことを言ったに違いない。軽快な足音から察するに、彼は意図して爆弾を落としたのだろう。もしかすると、この子と相部屋になったのも最初からそれが狙いだったのかもしれない。

「……今の話、ホント?」

 俺がスパイダーを助けたことで王の命が危険に晒された、という点では間違いはない。しかし言い訳をさせてもらうなら、俺はそもそも王の命を狙おうとしてスパイダーを助けたわけではないし、当然あのままスパイダーが消えなかったとしたら彼女を止めていた。

 よって暗殺未遂に問われる謂れはない。

「……まあ、半分くらいは本当かな。もしかして、彼女と知り合い?だとしたらすまなかったな」

「……別に」

 いや、どう見ても「別に」という関係性ではないだろう。その証拠に、彼女の名前が出てからというもの、スティは汗が止まっていない。声には出さずとも、頭の中では狼狽え動転している可能性も大いにある。

「まあ、それならいいんだけどさ……。ところで話は変わるんだけど、何か食べ物持ってない?もうお腹が空いて空いて堪らないんだよね」

「夕飯なら午後の作業が終わってからだよ。多分、もうすぐ看守が来る……と思う。ここに入る前になにも聞いてないの?」

 城からここまでの間に、そのような説明は一切として無かった。考えてみれば、牢屋に入るまでの手際が良すぎる気がする。いくら王暗殺未遂の現行犯逮捕とは言え、こうもすんなりと事が運ぶものなのだろうか。

 まあ、考えても仕方のないことだ。この現状を受け入れるほかない。

「作業か……なにするんだ?」

「はァ。ホントに何も知らないんだね」

 スティがため息と共に、こちらを憐れみの目で見ている。子どもからの憐憫にやや心が痛くなるが、しかしそのおかげで、先程まで彼から放たれていた訝るような気配が少し薄くなったような気がする。

「できれば一日の流れを簡単に教えてくれると助かるな」

「……朝は七時に看守が起こしに来る。それから食堂で朝ご飯を食べたら午前の作業だよ。作業は十三時まであって、それから昼ご飯と一時間の休憩があるんだ。今がその時間。それから午後の──」

「整列ッ!全員、手を外に出せ!作業の時間だ!」

 どうやら、ここからは実際に自分で体験することになりそうだな。

「作業って何やるの?」

「しッ!さっきの声の看守は何かといちゃもんつけて囚人を痛めつけるんだ。アイツが近くにいるときはできるだけ喋っちゃだめだよ。僕の真似をして」

 スティは早口かつ小声でそう教えてくれると、鉄格子の隙間から両手を綺麗に揃えて出した。とりあえず、この監獄内では、囚人歴が俺よりも長く先輩である彼の言うことを聞くのが良いだろう。

「おらァ!手は揃えて出せッ!コソコソ喋ってんじゃねえッ!なにガン飛ばしてんだッ!」

 あれでは看守というよりチンピラだ。ことあるごとに囚人へ絡み、警棒を振るっている。

「……よォ、坊主。まだしぶとく生きてたんだな。親父は見つかったかァ?」

 しばらくして、俺達の牢屋の前まで来た看守は、溢れんばかりの嫌味な笑顔でスティへと話しかける。顔見知りのようだが、仲が良いと言う感じではないな。

 彼が話しかけた内容は煽りのようなものだろうか。明確な意味まではわからないが、それでもスティはピクリとも表情を動かさなかった。

「けッ!ノーリアクションかよ。親子揃って面白くねェな……。おッ!そいでおめェさんが新入りか!王さま殺そうとしたんだってなッ!こりゃ極悪人だ。看守としてしっかりと罰を与えねェといけねェ!」

 まるで新しいおもちゃを貰った子どもの様である。彼ははしゃぎながら俺の手を何度も警棒で叩き、こちらの反応を伺っているようだ。

「あの……何してるんですか?」

「ナニって!お前のッ!手をッ!痛めつけてるんだよッ!クソッ!お前ら二人とも無反応で面白くねェな!おらッ!さっさと出ろ。午後の作業だ」

 イライラを募らせた看守は、ガチャガチャと粗雑な動作で手錠を掛け、流れ作業で扉を開ける。

 俺達は囚人達の列の最後尾のようだ。

 看守は全員が並んだのを確認すると、ふんぞり返って偉そうに先頭の方へ歩いていった。

「結局作業ってなにやるの?」

 先頭へ向かって行った看守に聞こえないように、俺は小声でスティに聞く。

「……ここまで来たらもう、実際に体験してもらった方が早いと思う。それに、作業って言っても説明が必要なことじゃないし……」

 つまり誰でもできるようなこと、というわけだろう。

「ほら、見えてきた」

 スティは列の横から前方を見ている。当然、何があるのか気になる俺は首を斜めに伸ばし、スティが見ている方を確認する。 

「……え?」

 そこには、見慣れた物があった。いや、見慣れたなんて、そんな程度ではない。俺が毎日のように通っていた場所。

 牢屋を出てから少し歩いた先。

 そこにはダンジョンがあった。 

 入り口は獲物を待つ肉食獣の開いた口ような形をしており、上下に伸びる鋭い岩はまるで牙のようである。

「なんで監獄にダンジョンが?」

「作業時間中、ダンジョン内で過ごす。それが午後の作業だよ。僕達の様子は魔法カメラで常に監視され、他国の王や貴族たちに有料で配信されてるんだ。名目上は監獄経営の資金集めになってるらしいけど、実際は看守たちの懐にもかなり入ってるみたい」

「……要はダンジョン配信ってことか。もしかしてここ、監獄というより天国だったりするかも」

 退屈になったら脱走だなんてありえない。むしろ、喜んで長居したいくらいだ。

「もしかして、ちょっと楽しみとか思ってる?多分、ここは想像してるようなダンジョンじゃないよ……。今までも力自慢や元ダンジョン配信者の囚人達が、たった一回で心を折られ自信を失くしてるのを見てきたんだから」

 結局、全てを説明してくれたスティであったが、彼は少し間違っているな。正直なところ、ちょっとどころではないくらい楽しみにしている。

 しかし、ここで自分の欲望のままに動いたらスパイダーの件の二の舞いとなってしまうだろう。

「分かってる。俺も少しは自制心というものを持ってみることにしたんだ」

「……なんか絶妙に違う気がするんだけど」

 本日、何度めかのスティの冷たい視線を浴びながら、俺達はダンジョンへと入っていった。

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