一章 魔族の目覚め
暗殺未遂事件
とある一室。
「コヤツが魔族を倒したとかいうダンジョン配信者か、なんともまあ、パッとしない顔じゃのう……それで隣の女が魔族とな。先の女配信者とは違ってどちらも随分と厄介そうな奴らじゃな……」
端末から空間へ映し出されている映像には、石の壁に囲まれた狭い部屋で、鉄柵越しに取り調べを受けているミユウの姿とその横で気を失っているスパイダーの姿があった。そして、それを見ているのはミユウ達が住む国『エストレアム王国』の若き女王、ワイズ・レイとその付き人であるカレの二人である。
「普段は『バトルボット』という名前で、顔を隠しながら活動しているようです。彼の配信を少し拝見しましたが、どちらがモンスターか分からないような戦いぶりでした。戦闘スキルは確かな物でしょう」
「……カレが言うなら、そうなのだろうな。隣の女については何か知っておるか?」
ミユウについての簡単な説明を聞いて、ワイズは次にスパイダーについての情報をカレに求める。
「いえ、彼女については何も。陛下もご存知のように魔族の可能性がある、ということだけです……」
二人は神妙な面持ちで、映像のスパイダーを見ている。
それもそのはず。もしも本当に魔族ならば、この国だけでなく世界規模の問題だ。二人としてはなにかの勘違いか妄言であってほしい、と考えている。
「これはもう、実際に三人に会って──」
「陛下、失礼ですがそのような危険なことは承服しかねます。彼女がたとえ魔族でなかったとしても、彼女やミユウという男が安全かどうかはまだわからないのです。陛下の御身にもしものことがあると──」
「だが、わしの魔法ならほぼ確実に魔族かどうかの判断ができる。それに、二人には檻に入ったままでいてもらうわい。どうじゃ?これならいいじゃろ?」
ワイズが少し引き攣った笑顔でそう言うと、カレは肩の力が抜けたように小さく息を吐いた。
「それではそのように手配します。くれぐれも無茶はしないで下さいね」
「……分かっておる」
カレが部屋からでていった後、ワイズはベッドに座り込み肩を丸めながら小さく震えるのであった。
「……やはり、魔族は完全には滅んでいなかった、というわけか。にわかには信じられんがたしかにソレから感じる禍々しい魔力はモンスターのものと似ておる……いやいや、だが魔力だけではソレが魔族であるという確固たる証拠にはならない……。やはり儂の魔法で一度確かめる必要が……」
少女は表情をコロコロ変えながら一人でぶつくさとなにか呟いている。見た目だけなら明らかに子どもであるのだが、その貫禄は並の大人よりもあるといえるだろう。
豪華な照明やキラキラとした装飾によって明るさだけは眩しいほどある広々とした部屋。それが、俺が今いるこの謁見の間である。
先の一件により、俺達はダンジョンから出て休む間もなく王国から取り調べを受けていた。しかしそれがどういうわけか、取り調べの内容が王の琴線に触れてしまい直接ダンジョンでの出来事を話せ、との命令が下ったらしい。そうして狭い取調室から一転して、国のど真ん中に建っているこの大きな城に移動するという事態になったのだ。つまり、部屋の奥で大きな椅子に座って「あーでもない、こーでもない」と言っているこの少女は、この国の女王ということになる。周りには王国兵が数人がかりで護衛を務めており、その中には、ダンジョンで救助隊を率いていた男もいる。
「……随分と若い王なんだな」
「彼女はまだ十六歳ですからね。ワイズ・レイ。この国で代々続いているレイ家の王女であり女王です」
それであの貫禄というわけか。何歳から国を任されているのかは知らないが、一国の王の重圧というのはなかなか計り知れないな。
「陛下、彼女に僅かでも魔族の可能性があるならすぐにでも極刑に処しておくべきです!話を聞く限り、敵意もあるようですし。もしも今この場で暴れられたりしたら……」
兵士の一人が、俺達の方を恐れるように睨みつけながらそう言った。より正確言えば、見ているのは俺ではなく、俺が洞窟から運んできた意識のないスパイダーであるはずなのだが、なぜか俺のこともチラチラと恨めしそうに見ているので「俺達」という表現もあながち間違いではないだろう。
それにしても、いくら檻の中に入れてるとはいえ、魔族の可能性がある者を城に入れて、さらには目の前まで連れてくるというのはどうなんだ。王の警戒心が弱すぎるのか、はたまた好奇心が強すぎるのか、どちらかは知らないが歳相応な部分もあるということかもしれない。
「……けど、なんで俺まで?」
そう。
睨まれるだけならまだしも、現在の俺はなぜかスパイダーと共に檻の中に入れられているのだ。城に入る際「危険因子は檻の中へ」と言う会話が聞こえたが、つまりは俺も危険因子だと言うことか。これでは二人組の凶悪犯罪者にしか見えない。
「そりゃあミユウさんが連れてきたんですから……警戒されて当然ですよ。ホント、なんで助けちゃったんですか?」
「まァ、一応意思疎通ができる相手だったからな。モンスター殺すのとはわけが違うと思っただけだよ」
「けどその人、モンスターの親玉みたいなもんですよ」
そういえばモンスターとダンジョンを産み出したのは魔族だったな。つまり、全ての元凶というべき存在というわけだ。
まさに諸悪の根源。
「つまり……スパイダーのおかげで俺は生を実感できてるってことかッ!」
「なんでそうなるんですか!」
フゥの叫びが謁見の間へ響く。
王は未だに首を捻らせており、周りの兵士達はスパイダーと俺に対して警戒し続けるのに疲れ始めている様子だ。
ぶっちゃけ、俺もそろそろ退出したい頃合いである。しかしスパイダーを助けた手前「あとは王国に任せます」などということは両者に対して失礼であろう。
ではどうする?
いっそのことダンジョンに連れ帰ってしまおうか。彼女にとってあそこは家みたいなもの、であるはずだ。もはや洞窟とは呼べないほど崩れてしまっているが、そこには目を瞑ってもらおう。
そうすれば元通りである。
その後、彼女が街へやってきてどれだけ暴れ回ろうが俺には一切関係ない……いやむしろそのときは喜んで戦うかもしれないが──。
「──おい。どういうことだ?」
寝起きとは思えない力強い声に部屋の空気が凍りつく。
なにやら真横から信じられないほどの怒気を感じるが想定内だ。もちろん発生源はピンク・スパイダー。俺の予想では丸一日ほどは目覚めないはずだったが、魔族というのは回復力も桁違いなのかもしれない。
「構えェ!」
彼女の怒りに対抗するように、兵士達も一斉に殺意を露わにして武器を檻へ向けている。すなわち、彼女と同じ檻にいる俺にも矛先が向いているということだ。
「あ?ここは……城の中?この程度の檻に入れただけで、俺を無力化したつもりかよ……人間ってのは相変わらずだなァ!おい!てめェが王だろ──」
辺りを見渡し瞬時に状況を理解したスパイダーが檻の中から、ワイズの方へ腕を伸ばすと彼女の身体はゆっくりと宙へ浮き始めた。
「──あァッ!」
首が締まっているのか、ワイズは苦しそうにもがいており、まるで見えない十字架に磔にされているかのような体勢で宙に浮いている。恐らくダンジョンで使っていた蜘蛛糸だろう。ダンジョンの外でも使えるという事実には驚いたが、仕掛けが解ってしまえばなんてことはない、とも言ってられない状況だ。
「──陛下⁉貴様ァ陛下に何を──!な……身体が──⁉」
「ミユウさん!身体が──!あのときと同じ感じです!」
責任はしっかり取らないとな。
「助けといてなんだけど、いくよッ──⁉」
消えた。
「──がはッ!あ、はァはァ……」
確かに目の前にいたはずのスパイダーは、まるで最初から居なかったかのように消えた。
一瞬だけ、魔力の気配を感じたがテレポート魔法ではない。魔力の系統はスパイダーやモンスターのものと似ていた。つまり、魔族側の何者かが彼女を助けた、もしくは連れ去ったということだ。
もしかしたら彼女以外の魔族も既に復活を始めているのかもしれない。
「陛下!ご無事ですかァ!」
「──お嬢様!申し訳ございません!やはり無理矢理にでも止めておくべきでした……!」
「……カレか。儂は生きておる……気にするでない」
王様の方はどうやら大丈夫そうだな。奥の扉から出てきたのは付き人だろうか。顔を両手で覆っているが、指の隙間から僅かに見える表情は苦痛に歪んでいた。
「……ミユウさん」
「ああ、分かってるよ。もしかしたら、あのダンジョンで戦った時から正常じゃなかったのかもしれない……」
魔族という強い存在。そしてそれと戦えたことで舞い上がってしまったんだ。だから、あの一度きりにしたくなかった。
我ながら子どもだな。本質は『ダブルエス』にいた時から何も変わっていない。
「ミユウさん……」
兵士の一人が今にも感情を爆発させそうな様子でこちらに向かってくる。救助隊の彼だ。
「ミユウ・ダンズ!貴様を王暗殺の未遂で逮捕する!」
「……」
人生で一度は手錠を掛けられるかもとは思っていたが、まさかその理由が王の暗殺未遂になるとは……。当然、そんなつもりはなかったがスパイダーを連れてきたのが俺である以上、言い訳はできない。
「……次、ダンジョンに行けるのいつになるかなァ」
下手を売った自分に対するため息は、この広い謁見の間では誰にも聞こえなかっただろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます