幕間 

とある先遣隊の夢の始まり

 これはミユウとフゥが出会った日。その二人の出会いを傍から見ていた、とあるギルド職員の話である。




 まったく困ったものだ。

 私はこんなことをするために、このギルドの職員になったわけじゃないぞ。

 幼い頃、かつてダンジョン冒険者だったと言う祖父の話を聞きカッコイイと思った。それは子どものちっぽけな感想だったかもしれないが、その時の思いを根幹に私は冒険者に憧れ、いつしかそんな冒険者を支えるギルドで働きたいと思うようになったのだ。

「なのに、やってることがダンジョン配信者を影からバレないように監視か……。転職しようかな……」

 冒険者という職が廃れていくと同時に、それをサポートするギルドという物も廃れていったのは当然であろう。私が大人になった現在もその衰退は留まることなく、それらに台頭してダンジョンを賑わせているのが、ダンジョン配信者とそのギルドというわけである。

 ギルド『ダイアモンド』。元ダンジョン配信者であるハバネルが創設した配信者向けギルドであり、私の職場だ。

 このギルドを選んだのに特別な理由などはないが、強いて言うならば給料が良かったからだろうか。

 それが全てだ。

 ギルドマスターのハバネル曰く、「配信者と言えどもダンジョンに行くならば何時でも危険と隣り合わせであり、それを支えるギルド職員もまた、同じだけの覚悟で仕事をしなければならない」ということらしく、結果として他のギルドよりも多くの報酬を払っているようである。

「でもいくら給料が良くても、こう毎日お嬢様の見守りだけってのはなんだかなァ……。たしかに冒険者と配信者では必要とされる支援も変わってくるのはわかるけどさ……」

 私は本来、冒険者が苦手な事務的サポートだとか、各ダンジョンに適した道具やモンスターについての知識提供がしたかったのだ。

 そのために王国公認のダンジョン知識検定だって、しっかりと準一級まで獲得したが今となってはなんの役にも立っていない。

「それにダンジョン配信者って、やっぱり冒険者とは全然違うのよね……」

 祖父から感じた殺気とも取れるような刺々しい雰囲気が、ダンジョン配信者からは感じられない。

 彼らが配信場所として選んでいるのは、基本的にモンスターが低級である所や既に内部の地図や情報が出回っている所である場合がほとんどだ。そのため、これといって戦闘技術が高くない者でもダンジョン配信者として活動しているのが現状である。

 結果、私の今の仕事内容は配信者向けの企業案件の営業、ギルド所属配信者の宣伝やそのマネジメント、はたまた人材発掘などとなってしまった。

 しかし何故か今はそれすらせずに、よく分からないストーカーまがいの業務をするはめになっているわけだが……。

「それにしても、なんで休みの日に迷宮型のダンジョンの、しかも九階層まで来てるのかしら。そもそも、ギルマスがあの娘にここまで過保護な理由もよくわからないし……。はァ、どこかに私の心をときめかせてくれる冒険者様はいないかなァ」

 私の夢は世界一の冒険者を支えられるようなギルド職員になること。時代錯誤な夢かもしれないが、いつか必ず叶えてみせる。

「──ってまさかあの娘、十階層に行くつもりじゃないでしょうね……!迷宮型は十階層区切りでモンスターのレベルが一気に上がるのを知らないわけじゃないでしょ!」

 このダンジョンはミノタウロスの出現が確認されている。もし産まれるとしたら間違いなくこの先からだろう。

「……こちらアンス。対象が迷宮型の十階層へと進んでいます。万が一のため、至急応援をお願いします」

 さて、どうしたものか。私の仕事はあくまでも彼女、フゥ・ビー・リーズを見張っておくことである。こちらからの干渉が禁止されているわけではないが、関わり合うつもりはない。

 いかんせん私は彼女のダンジョンへの姿勢が苦手なのだ。傍から見ても解るほど、彼女はダンジョンのことを恐れ嫌っている。それなのにどうして、ダンジョン配信をしてさらには休日にまでここに来ているのか。

 理解不能である。

 もしかすると、そうせざるを得ない複雑な理由があるのかもしれないが、それについては知る由もなく想像の域を出ないので考えるだけ無駄だろう。

 ともかく。

 流石に階段を降りてすぐにミノタウロスに遭遇、なんてことはないだろうし、私は階段を降りずにここで増援が来るのを待つのが最も良い選択であろう。

「──ウィンディラッシュ!」

 どうやら、フラグと言うやつを建ててしまったようだ。

 今のは彼女の使う風魔法である。

 つまり、モンスターとの戦闘が始まったことを意味する。階段の下で戦っている相手がミノタウロスかどうかは不明だが、難敵であるに違いない。増援が到着するまで持ち堪えることができる、というのは間違いなく私の希望的観測だろう。

「でも……私が行ったところで何が……」

 ダンジョンやモンスターの知識はあっても戦う術など持ち合わせていない。それに彼女だって仮にもギルド『ダイアモンド』に所属しているダンジョン配信者だ。

 きっと大丈夫。

「……って、見捨てるなんてことできるわけないでしょ!」

 私は階段は全力で駆け下りる。その後のことなんて考えるだけ無駄だ。一時の感情に流され命を落とすなど堪ったものではないが、きっとこれは一時の感情ではない。もしも後悔するならば、それは今動かなかった場合の私だ。

「けど……やっぱり私の馬鹿ッ!」

 階段が終わると開けた場所に出た。

 目の前では一人のダンジョン配信者が三体のミノタウロスと対峙している。

「嘘……なんで三体も……⁉」

 絶望というのはいつだって想像を遥かに超えてくるものだ。

「──ウィンディラッシュ!」

 どうやらフゥの風魔法はミノタウロスには効果的ではないようである。

 考えろ。

 今の私には何ができ──。

「え──きゃァァァ⁉」

 思考を巡らせることに集中したせいか、私は目の前の出来事を処理することができていなかった。ここでは、そんな一瞬の油断が命取りになる。そんなことは、ずっと前から知っていたはずだ。

 つまるところ、私は髪をかすめるほどの距離を通過していった何かに驚き腰を抜かしてしまったのである。

 轟音を立てて壁へ衝突したその物体は、恐らくミノタウロスがよく使っている武器の一つである棍棒だろう。土埃の中に見えるシエルエットが、以前図鑑で見たものと同じだ。

 腰が抜け、立つことすらままならなくなった私は、這う様にしてなんとか階段の影へと身を隠す。

「……今、死んでた」

 恐怖が湧くことも、涙を流すこともなく、突然の死を迎える。頭では解っていても、身体ではまだ解っていなかったのだろうか。

 震えが止まらない。

「きゃァァァ!」

 悲鳴が耳に入り頭を上げると、フゥが三体のミノタウロスに囲まれ尻餅をついていた。

 やはり増援は間に合わないだろう、と完全に諦めかけたときだった。階段の上から楽しそうに、まるでスキップをしているかのような足音が響いてきたのである。

「まさか、間に合ったの?いや、足音は一人分……。なら、たまたま居合わせたダンジョン配信者?」

 何者かは知らないが、一人でこの状況を打破できるはずがない。

 止めるべきだ。

 しかし私は「来てはだめ!」とは言えなかった。起こるはずのない奇跡に縋ってしまったのだ。

 そうして、足音の主は階段を下り終えてしまった。階段の影にいる私からは後ろ姿しか見えないが、どうやら男性のようである。

 こちらには気付いておらず、フゥとミノタウロスの方を見ながらなにかを呟いている。

「──殺らないとねッ!」

 消えた?

 いや、違う。恐ろしい速さで跳躍したのだ。地面が抉れるほどの脚力で、彼はミノタウロスの方へ飛んでいく。

 その姿を見た瞬間、私は確信した。

 彼は冒険者だ。

 それも、祖父から感じたものを優に超える殺気を出しているような強い冒険者。ダンジョンに生き、ダンジョンに死ぬ人生。私が支えたいと思う冒険者である。

「嘘でしょ……⁉一体、何者なの……」

 たった一人のそんな冒険者によって、三体のミノタウロスが次々と倒されていく、という現実とは思えないこの光景を眺めながら、私は夢への第一歩、そのきっかけを見つけた気がしていた。

「……三体。しかも同時に……あ、報告しなきゃ」

 こちらに向かって来てるであろうギルドの職員達へギルド用携帯端末を用いて、信じてもらえないだろうが今起きていることを伝える。

「十階層へ降りたフゥ・ビー・リーズと戦闘をしていた三体のミノタウロスは、突如現れた冒険者であろう男によって全て排除。対象の安全はひとまず確保されました」

 端末の向こうからは困惑した声が聞こえてか来る。

 当然だ。

 ミノタウロスというモンスターは、仮に一体だけであっても、一人で倒したとなると一生自慢できるほどのモンスターなのだから。それを三体同時に倒したなど、私の気が狂って幻覚でも見たと思われても仕方がない。

「とにかく……二人はこのままダンジョンから出るようです。恐らく鉢合わせすることになると思いますが……はい。わかりました」

 どうやら我らがギルドのマスターは二人と遭うつもりらしい。なにやら企みがあるような口振りだったが、いったい何をするつもりなのだろうか。




 結果から言うと、ハバネルの提案は私にとっても素晴らしいものであった。どうやら彼はミユウさんのことを知っていたようで、その強さを見込んでか、以前から『ダイアモンド』への勧誘を考えていたようである。

 フゥが加入を止めようとしていたときは、これまでにない怒りを抱いたが、それは彼が加入してくれたので許すとしよう。

 そうしてミユウさんは『バトルボット』として、ギルドでの活動を始めたのだ。一方で私はと言うと……もちろんバトルボットの専属サポーターとして誰よりも早く立候補した。幸いにも、彼の戦う姿を見たことがある職員は私の他には居らず、さらにはいきなりの加入というのも相まって話はトントン拍子で進んだ。

 彼の加入から三日後。

 晴れて私は彼の専属サポーターに任命されたのである。

 きっかけは掴んだ。

 世界一の冒険者を支える世界一のサポーターになる。その夢の大きな一歩を、その日私は踏み出した。

 

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