一難去ってまた一難……の予感

「……おいおい、こりゃ一体何事だよ。入り口が完全に崩落してるぞ」

 ハバネルは目の前の光景に、思わずサングラスを外す。彼は、「フゥとミユウがダンジョンに入っていったが、なにやら様子がおかしい」という部下の報告を聞き様子を見に来たのだ。

 二人が入ったのは、街からそう遠くはない低級の洞窟型ダンジョン。戦闘に重きを置いていないダンジョン配信者や初心者が行くような場所として有名だ。内部構造は一本道になっており、入り口から最奥までの距離もゆっくり歩いて三十分といった距離である。

「お二人がダンジョンに入ってから大体二十分ほどでしょうか。洞窟の壁がピンク色に光り始めまして……念の為とハバネル様に連絡してから間もなくでした。爆発音のような音がダンジョン内から響いてきて、そのまま崩れてしまいまして……どうしましょう」

 部下の説明を聞きながら、ハバネルはこれからどうするかを考えていた。

「とりあえず、ミユウが一緒にいるということは恐らくフゥの身は安全だ」

 バトルボットとしての彼の配信を日頃から見ているハバネルは、その強さに大きな信頼を寄せていた。

 彼が初めてミユウに出会った日。

 本来の目的はフゥの救出だったのだ。彼女がギルドやハバネルに対して大きな不満を抱いていたのは、ハバネル自身わかっていた。しかし彼女の精神状態が、一人で迷宮型のダンジョンのさらに十階層まで行ってしまうほどだったとは気づいていなかったのである。

 しかし、これにはハバネルが知らないフゥの家族の問題も影響しているため、一概に彼に責任があると言えるわけではないが。

 ともかく、彼にとってフゥの暴走は想定外のことだったのだ。

「……なんだか一ヶ月前を思い出すな」

「正直言ってあの時、フゥ様はもう助からないかもしれないと思っていました……。なので、先遣隊から『一人の男がミノタウロスを三体倒した』なんて報告を聞いたときは耳を疑いましたよ。ミノタウロスなんて一体だけでも、王国近衛兵数人がかりでやっと相手できるほどのモンスターですから。それを一人で、しかも三体同時に倒してしまうなんて……ミユウ・ダンズ、彼は一体何者なんですか?」

 ハバネルの部下によるその疑問は、ハバネルに向けてのものだったが、決して答えを求めて聞いたわけではなかった。彼もまた、バトルボットの配信を見ることでミユウの強さが理解の範疇を超えていると考えていたからだ。

「何者、か……。奴自身も聞かれたら返答に困りそうな質問だな。ま、なんにせよ今はこの岩をどかすことが最優先か。とは言え、この規模となると王国に救助隊を要請することになるかもしれないが……」




「──死なないようにね」

 右脚での側頭部を目掛けた廻し蹴り。

「──人間風情がァァァ!」

 攻撃が届くまでの僅かな瞬間、俺とスパイダーの間に白い壁が現れる。あとから聞いたことだが、俺やフゥの身体に付いていると言っていた糸と同じ物の集合体がこの壁だったようである。

 フゥを捉えていた糸も、ダンジョンの壁の中に張り巡らされていた糸も、俺を抑えるために使われていた以外の全ての糸がそこには集まっていたのだ。

「──あ」

 体の自由を取り戻したであろう、フゥの声が後ろから聞こえる。

 この壁を壊してその先のスパイダーにまで攻撃が届いたなら、それで決着は付くだろう。

「──!」

 集められた糸の束がどのような形で織られていたのかはわからないが、脚で感じた硬さは鋼鉄と言われても納得できるものであった。

 しかし壊れていく様はやはり糸であり、千切れた端糸がヒラヒラと揺れていた。

 直後、俺の蹴りを頭に受けたスパイダーは勢いよく飛んでいく。するとその時の彼女の髪もまた、千切れた糸の様にユラユラと揺れるだけであり、それを見ると戦いの終わりを漠然と感じてしまったのである。

「……これが魔族か。これからはダンジョンに行く理由が一つ増えるな」

「ミユウさん!なんか、ヤバそうです!」

 俺がこれから先のダンジョン配信に早くも心を躍らせていると、フゥが険しい表情でキョロキョロと周りを見ていた。

「確かにスパイダーならまだ生きてるけど、多分暫くは起き上がらないと思う──」

「違います!壁をよく見てください!」

「壁?」

 彼女の言う通りにダンジョンの壁へと注意を向けてみると、その言葉の意味はすぐに解った。壁にはどこを見ても大きな亀裂が生じており、ボロボロと崩れ始めているのだ。このままでは三人で仲良く生き埋めだろう。

「きっと長い時間壁の中にあった無数の糸を同時に、しかも一瞬で取ったせいで隙間ができてしまったんだな」

「冷静に分析してる場合ですか!とにかく出口に急がないと──」

 彼女が見た先では、まさに天井が音を立てて落ちてきている最中であった。恐らく、ここの天井が落ちるのも時間の問題だろう。

「そんな……」

「フゥは魔法職でしょ?いい感じに岩を退かせられたりしないの?」

「……私が使えるのは風魔法だけです。それに使える風魔法もこんな岩を持ち上げられるほど強くないので……すみません。私、最後まで役立たずですね」

 どうやら余計な罪悪感を芽生えさせてしまったようだ。

「……俺が力づくで道を作ってもいいけど、下手に衝撃を与えると崩落がより進んでしまう可能性があるからね。安全に脱出する方法があれば、と思って聞いてみただけだからそんな気にしないでよ」

 しかし参ったな……。フゥを安全に脱出させる方法が全く思いつかないぞ。

 先程もフゥに伝えた通り、力づくで出て行くというのはあまりに危険すぎるので却下だ。

 ならば、時間をかけて少しずつ岩を取り除いていくかのはどうだろう。まだマシかもしれないが、それまで天井が持ち堪えてくれるとは考えにくい。それに、少しずつであろうと洞窟を支えている岩のバランスを崩してしまうことに違いはない。却下だな。

 残すは方法は……外からの助けを待つ、か。幸いこのダンジョンは街からそう遠くはない所に位置しているため、人目には付きやすいはずだ。入り口まで完全に崩落していると仮定するならば、かなり現実的な案と言えるだろう。

 いや、案と言うよりはただの神頼みに近いかもしれないな。

「……いや、待てよ。ハバネルならもしかすると……。フゥ、ちょっと聞いてもいい?俺とフゥが初めてあったあの日、ハバネルにダンジョンに行くことって伝えてた?」

「なんで急にそんなこと……!いえ……あの日は誰にも行き先を伝えずにダンジョンに行きました」

 現状とは関係のない質問をする俺に対して、フゥは懐疑的な目を向けてきたが、こちらが至って真面目であると理解するや否やすぐに答えをくれた。

「……なるほどね。それじゃあ俺達はここで待つだけで良さそうだ。直に救助隊が来てくれるよ」

「なにを悠長なこと言ってるんですか!確かに助けを待つしか方法はありませんけど、それだっていつになるか──」

「……すか!……大丈夫ですか!」

 自力での脱出を諦めた俺に対して、説得するように詰めてくるフゥだったが。彼女のすぐ後ろにある崩れた岩の隙間から、こちらの安否を確認する声が聞こえてきたことでそれは止まった。

 これは思ったより早かったな。もしかしてハバネルの奴、テレポート魔法使ったか?

「──王国兵!なんでこんなに早く!いえ、おかげさまで助かりましたけど……」

「さあ君たち!風魔法で岩を持ち上げてる間に早く出るんだ!我々でもこの量の岩はそう長くは保たないぞ!」

 救助隊を仕切っている一際ガタイの良い男が言うように、岩は不安定な浮き方をしている。「確かにこれは急いだ方が良さそうだけど……ちょっとだけ待ってもらっていいですか?」

 俺は洞窟のとある一角に目をやる。俺とスパイダーとの戦闘が終わった地点だ。

 スパイダーは頑丈だった。魔族が皆そうなのかは知らないが、恐らく彼女はこのダンジョンで生き埋めになっても自力で脱出できるほどの身体能力だ。それは身をもって実感しているので、間違いはない。よって、わざわざ助ける必要はないだろう。

 もう一つ理由を付け加えるならば「彼女は世界を支配しようとしているから」だろう。これはもはや、助ける必要がないを超えて助けるべきではないと言っていい。

 ただ……彼女はいつものモンスターとは違った。意志のある生命だったのだ。それだけで助ける理由には十分だ。

「ま、もしも暴れたりするようなら俺がまた止めればいいか……。すみません、もう一人います!」

「ミユウさん──⁉」

「そうか……どうやらなにかあったようだな。後で事情を聞いてもいいかな」

 身に一切の衣服を纏わず気を失っているスパイダーの姿は、何も知らない人から見れば、明らかに事件に巻き込まれた被害者だ。間違っても、彼女が魔族で俺達が襲われた側だとは思うまい。救助隊の目から兵士の目に変わった彼の視線を受けると、なんだか精神がすり減らされていくようである。

 いっそのこと、説明は全てフゥに任せてしまおうか。

「フゥよ……後のことは頼んだぞ」

「何で急に、仲間に思いを託して死んでいく人みたいになってるんですか……。そっちこそ、なにかあったらミユウさんしか止められないんですから、しっかり責任は取ってくださいね」

「もちろん、戦闘は喜んで引き受けよう」

 彼女との再戦ならば、むしろこちらからお願いしたいほどだ。

「おォい!早くでろォ!潰されるぞ!」

 出口に近づくにつれて話に意識を持っていかれていた俺達を急かすように、救助隊がダンジョンの外からの手招きをしている。

 晴れて洞窟から出ることができたが、これから取り調べが待っていると思うと心は全く晴れないな……。

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