バトルボット

「なァ、バトルボット……知ってるか?」

「そりゃ知ってるよ。今一番熱いダンジョン配信者じゃねえか」

 フゥとハバネルとの出会いから早くも一ヶ月が経過。俺はとあるカフェのテラス席で優雅にモーニングを食べていた。

 隣のテーブルではエルフの男性二人組があるダンジョン配信者について話しているようである。どちらも身振り手振りが激しく、朝のカフェテラスにはややそぐわないかもしれないが俺は気にしない。

「今まで誰も配信したことがなかったような危険なダンジョンに行くだけじゃなく、そこにいるモンスターも軽々と倒しちまうんだからすげェよな!」

「常に兜やら仮面を着けていて、配信中は一切喋らない!まさに戦うマシーン!一体、何者なんだろうな……」

 なんだか申し訳ない気がしてきた。彼らが目を輝かせて話している人気者の中身が、実はパッとしない男だと知ったらきっと悲しむだろう。

「……バトルボットさまさまですね。おかげで最近は同じギルドの私たちまで注目され始めちゃいましたよ。まあ、皆すぐに強いのは貴方だけって気づいて興味を失くすんですけどね」

 俺が聞き耳を立てていることに気づいたのか、対面の席に座っているフゥはおもむろにそんなことを言い出した。

 彼女は先程からカップに手を付けず、ひたすらマドラーでコーヒーとシロップをかき混ぜている。

「飲まないの?」

「私、猫舌なんです。だけどアイスだと冷たすぎて嫌なんでホットを冷まして飲むんです。それより……朝からよくもまあそんなに食べれますね。見てるこっちが胃もたれしそうです」

「腹が減っては戦はできぬってやつさ」

 俺は目の前に並べられたいくつかの料理からスクランブルエッグを選ぶ。ここのカフェはモーニングのメニューが多いので俺のお気に入りである。だがしかし、そんな行きつけのカフェも二ヶ月間行けずじまいだったのだ。主に金銭的な理由で……。

「バトルボットは今日お休みじゃなかったでしたっけ?」

 周りを気にしてか、彼女声はやや小さめであった。

「……俺は配信してない日もダンジョンに行ってるよ?むしろ行ってない日は無いかも。ハバネルに指定された日だけだと全然物足りないからね。だからと言っては何だけど、できれば用事は手短にお願いしてもいいかな……って大丈夫?」

 フゥはマドラーを動かす手を止め、ゆっくりとまばたきをしていた。口はポカンと開いてしまっている。

 「手短に」というのは少し失礼だったかもしれない。昨夜、「明日、会うことは可能ですか?」と携帯端末を介してフゥから連絡があったため、「午前中なら」と返したのは俺だ。正午まではまだ二時間以上ある。彼女からすれば急かされる謂れはない。

「すまない、急かすつもりはなかったんだ。話の流れでつい……」

「いえ。大丈夫です。私のお願いというのはですね──」

「あっれェ!もしかしてミユウ?なになに朝からデート?結構カワイイじゃん!」

 通りからニヤニヤしながら声をかけてきたのは、二ヶ月前よりもさらに人気が上がったらしい『ダブルエス』のリーダーであった。

 つまり、俺にとっては元リーダーである。

「ポップ・ゴールド……『ダブルエス』のリーダーですね」

「俺のこと知ってるんだ……まあ当然か。それじゃあ話は早い!君、俺のグループに入らない?その杖、魔法職だよね。ちょうど探してたんだ!」

 ポップはチラチラとこちらを見てくる。なにやら俺の様子が気になっているようだ。

「……俺にも何かあるのか?」

 しまった。咄嗟に聞いてしまったが、これは彼の機嫌を損ねてしまう気がする。理由はわからないが、俺がグループにいた時からそうだったのだ。

「あァ!お前なんか眼中にあるわけねェだろ!」

「そうよ!いつもポップの人気にあやかってたくせに、相変わらず偉そうな奴ね!」

 ポップと共に怒っている彼女は『ダブルエス』で回復職を務めている人物である。

 本日はグループ総出でいるらしく、彼らは四人全員で俺の方を見ている。一人だけ見覚えのない爽やかな青年がいるが、彼が新メンバーだろうか。

「へェ、この人が僕の前にグループにいたって方ですか。なんかパッとしないですね」

「そういえばお前ら初対面だったな。見ろミユウ!こいつがお前の後釜のジャックだ!見た目はもちろん、戦いにおいてもお前と同等かそれ以上の強さ。おかげでグループは絶好調よ!それで……君の返事をまだ聞いてなかったね。うちに入れば一躍人気者だよ?こんな奴といるより……ってかそもそもコイツとどんな関係?まさかとは思うけど──」

「この人はッ!この人はただの私の同りょ……じゃなくてえっとォ……そう!相棒です!ダンジョン配信の相棒!」

 ……いつの間にやら俺はフゥの相棒になっていたらしい。なんてことは当然あるはずもなく……。

 恐らくフゥは同僚と言おうとした瞬間、バトルボットが俺だとバレることを心配したんだろう。彼女がそこまで俺の身バレを気にする必要はないのだが、もしかしたらハバネルから口止めでもされているのかもしれない。

 ハバネル曰く、俺の見た目がバレるとどれだけの人気があっても、それが水の泡となってしまうらしい。俺、すごいな……。

「……相棒!なんかいいですね!」

「ぷッ!アハハハ!コイツと相棒なんてアタシなら死んでも無理なんですけどッ!」

 あちら側の二人にはなにやら相棒というのがハマったようである。ポップからもなにかリアクションがあると思っていた俺は彼の方を見たが、なにか言葉に詰まっている様子で目を泳がせていた。

「……もういい。お前らそろそろ行くぞ」

「え?あ、ちょっと待ってくださいよ!ポップさん!」

「ちょっとポップ!どうしたのよ?」

 まるで逃げるように、早歩きで進みだしたポップを残りのメンバーは追いかけていき、彼らはみな去っていった。

「……相変わらず元気な奴らだなァ」

「性格は最悪でしたけどねッ!どうやってあんな人たちとダンジョン配信してたんですか?」

「まァ、俺も好き勝手やらせてもらってたからね……。それよりさっき相棒って言ってたけど──」

「あ、あれはミユウさんの身バレの可能性を少しでも避けるためにですね……!」

 やはりそうだったか。だけど……

「それは杞憂だったかもね」

「え?それってどういう……」

「まあ、仮にも一緒にダンジョン配信してた仲ってことよ」




「ねェ、ポップ。ホントにあれでよかったの?聞いてた話と違うけど?」

 ミユウ達のもとを去ったあと『ダブルエス』の盗賊職、エステルがポップへと問いかける。

 彼女は先程のやり取りに参加していなかった唯一のメンバーである。

「いいんだよ。あの魔法職の娘、『ダイアモンド』に所属しているフゥだった」

「ってことはやっぱり……」

「ああ。バトルボットはミユウで間違いない。だから引き戻すのはやめた。アイツはアイツで伸び伸びとやってそうだったしな」

 ポップの言うことに、旧メンバーの二人は苦い顔をしながらも納得しているようだったが、新メンバーのジャックは困惑しているようだ。

「……えっとォ、引き戻すってどういうことですか?あの人クビにしたのポップさんですよね?何かの手違いとか?」

 ジャックはわけがわからないと言わんばかりに質問をまくし立てる。

「俺はなにもアイツが嫌いでクビにしたわけじゃねえ……。アイツとチームの両方のことを考えての結果だ」

「私はミユウがいると回復職としての仕事が減るから嫌いだったけどね!ましてや相棒なんて職を失うも同然よ!」

 『ダブルエス』の回復職、アエルはわざとらしく口を尖らせている。

「っとか言いつつポップが彼をクビにしたって事後報告してきたとき怒ってたけどね」

 そんなアエルに対してエステルがすかさずツッコミを入れると、二人の間で無言の睨み合いが始まる。

「尚更よくわからないんですけど、彼とチームのことを考えた結果がどうしてクビになるんですか?」

 未だに事態の流れを理解できていないジャックはさらに質問を重ねる。

「アイツは……ミユウは俺達とは比べ物にならないほど強い。それも途方もなくだ。それなのに、その強さをすべて打ち消してしまうほどパットしない……。つまりそういうことだ」

「なるほど……いや、全く意味分かんないですよ!」

 あまりに端折られたポップの説明に、ジャックは堪らず両手を広げながら声を張った。

「つまり、私達と一緒だとミユウが本気で、なおかつ楽しく戦えるようなダンジョンには行けなかったのよ……。アイツは生粋の戦闘狂。そんなアイツが自分たちのレベルに合わせてくれていることに、ポップは申し訳無さと悔しさを感じていたってわけ」

「だけどチームのことを考えるなら──」

「彼、パッとしなかっただろ?顔が良くないわけじゃないんだ。生まれ持ったなにか呪いのような、そんな天性のものさ。そして僕達は、そんな彼を良くも悪くも持て余してしまった」

 アエルとエステルの補足によって、ジャックはようやく全容を掴めてきたといった様子で頷いた。

「……大体のことはわかりました。それじゃあ最後にもう一つだけ、とても気になることがあるので教えてください。なんで……ミユウさんにあんな態度なんですか!今の話を聞く限り、皆さんはミユウさんのことを多少なりとも好意的に思ってるはずですよね?」

 新人のジャックによる、核心を突く言葉にポップとアエルの二人は視線を彷徨わせ「えェと」などと言葉を濁している。

「二人とも彼のことが好きすぎて、彼の前だと情緒が安定しないんだよ。要するにミユウ・ダンズの限界オタクで同時にとてつもないツンデレが発動してるってわけ」

「いやいや二人ともデレ要素ゼロでしたよ!限界までツンツンしてましたよ!」

「ホント、少しは僕のことを見習ってほしいよね」

「いや、エステルさんはさっきミユウさんとは一言も喋って……まさかあなたも……」

「コイツはミユウの前だと緊張して喋らなくなるのよ」

「罵詈雑言が出るよりましでしょ」

「なんですってェ!」

「どっちもどっちだろ」

「「ポップにだけは言われたくない!」

「──」

 ジャックはただ唖然としていた。

 まさか自分が入った人気ダンジョン配信者グループが、ここまで変人揃いだとは思ってもいなかったからだ。

「もしかしてミユウさんが一番まともだったんじゃ……。いや、こんな人たちに囲まれてダンジョン配信をしてた人がまともなわけないか……」

 小声でささやいたジャックは、いまだ言い合いを続けている三人を眺めながら自身の行く末を密かに案じるのだった。




「──ハバネルを引きずりおろしたい?それってつまり、ギルドマスターを辞めさせるってこと?」

「はい。そうです。私はハバネルをギルド『ダイアモンド』から追い出したいんです」

 当初の目的であったフゥからの話。『ダブルエス』が去った後に、俺は我慢ならず「話はダンジョンを探索しながらでもいいか?」と半ば強引に彼女を連れて近場の洞窟へ来ていた。

「ミユウさんほどの方が協力して下されば、きっと成功します!」

 彼女の瞳からは力強い意志と執念を感じる。きっとハバネルとの関係は、ただのギルドマスターとダンジョン配信者というわけではないのだろう。

 そういえば初めてあったとき、ハバネルは自身のことを元ダンジョン配信者と言っていたな。

「……もしかしてさッ!フゥとハバネルって!一緒にダンジョン配信してたの?」

「──そうです。だから、私が彼を止めないと!」

 洞窟型のダンジョンはその数が多く、危険度もそれほど高くない。産まれるモンスターも大蜘蛛やゴブリンなど低級の者ばかりだ。

「でもさッ!俺はハバネルのおかげでッ!結構いい生活できてるよッ!」

 そしてどうやら、今回の洞窟は大蜘蛛のものだったようで奥からとめどなく出てきている。

 俺はそれを、一体におき一発で仕留めるという縛りを自身に課しながら、フゥとの会話を続ける。

「それは貴方が強いからですよ……。ギルドの他の人たちはそういうわけにはいかないんです。いつもギリギリで──」

「それさッ!初めて会ったときも思ってたんだけど……ダンジョン配信者にせよ冒険者にせよ、ダンジョン内で命の駆け引きがあるのって当然じゃないッ?」

 他の個体の黒い体とは違い、赤紅色の体を持つ一際大きな一体を仕留めると、大蜘蛛たちの出現はピタリと止まった。

 俺は足を止め、フゥの方を向く。

「──フゥはダンジョン配信者が向いてないのかもね」

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