戦闘狂すぎてダンジョン配信者グループをクビになったのでこれからは個人でやっていこうと思います

ナカムラマイ

ミユウ・ダンズという男のプロローグ

別れは新たな出会いの始まり

「なんか……お前って顔がパッとしないんだよな……。あと、普段の立ち振舞とかもなぜかパッとしない。それに、オーラとかもパッとしないし……なんかもう全部がパッとしない」

 どうやら俺はとにかくパッとしない人間らしい。目前の男は大げさなため息をつきながら、そう言った。

 突然、ダンジョン配信者グループのリーダーである彼にクビ宣告を受けた俺は、その理由を訊いたのだが返ってきた答えはこれである。

「お前は確かに強いかもしれないよ?でも、それだけじゃダンジョン配信は盛り上がらないんだよ。視聴者が求めてるのはあくまでエンターテイメントなわけ。俺みたいな華やかで輝かしい人間がモンスターを殺さないと意味がないの。言ってる意味わかる……?地味ィなお前が淡々とモンスターを殺す姿なんて誰も求めてないから!──ぶっちゃけ邪魔なんだよ。ちょっと強い奴が一人グループにいれば、楽にモンスター殺せると思って加入させたけど、いつもいつも出しゃばっちゃってさ。どんだけ自分の強さ誇示したいんだってんだ」

 エンターテイメント……なるほど。これが方向性の違いというやつか。

 まさか身を持って体験できる日が来るとは……。しかしまあ、俺自身も彼等とのすれ違いは日々感じていた。要するに彼等はあくまでもダンジョンであり、俺はただのだったというわけだ。

 戦闘面のアドバイスにも一切聞く耳を持たなかったのもそれが理由だろう。求めてない助言など、ただのお節介でしかない。

 彼等には悪いことをしたな。

「そうか……わかったよ。今まですまなかった。だけどこれから戦闘面はどうしていくつもりだ?言っちゃなんだが、基本的にダンジョンで前線を張っていたのは俺だっただろ」

 俺がいない時の戦闘は見たことがないが、後方支援や残党狩りを見る分にはお世辞にも、俺抜きでまともにモンスターと戦えるとは思えない。

 目的は違えど、彼等はダンジョンに共に潜った戦友だ。俺が抜けた後のことを心配する位は傲慢ではないだろう。

 と思っての発言だったが、彼はますます息を荒くしてしまう。

「あ?だからァ……それはお前が無理やり前に出てたってだけだろ!それともなんだ……?俺達だけじゃモンスターごときに殺られるって言いてえのか!」

「……すまない。余計なお世話だったな。それじゃあ──」

「いや、ちょっと待て……」

 これ以上、彼の気を悪くしてしまう前にこの場を立ち去ろうと背を向けたが、まだ何かあるようだ。

 振り返ると先程までとは打って変わり、あざ笑うような表情を彼は浮かべている。

「これは言わないつもりだったが、そこまで俺達が心配なら教えてやろう……。お前をクビにしたもう一つの理由をな!それは、お前より何倍も見栄えが良くてかつ、お前より強い新メンバーの加入が決まったからだよ!要するにお前はもう用済みってことだ!わかったか!」

「新メンバー、そう……か。俺より強いって言うのは少し興味があるけど、じゃあ安心だ。これからはその新メンバーの人も加えて皆でダンジョン配信を頑張ってくれ!それじゃあ、またいつか!」

 どうやら心配は無用だったようである。

 そんなこんなで全ての話を済ませた俺は、軽い足取りで自宅へと向かいつつ明日から始まるソロダンジョン攻略に思いを馳せていた。




 ──大昔、世界がまだ今よりもっと荒れていた頃。世界の支配を目論む魔族と、それ以外の種族との間で大きな争いがあった。戦争当初、魔族は多種多様のモンスターを使役し優勢であったが、人族を筆頭とした魔族以外の種族は、互いに助け合い協力することで、辛くも魔族に対して勝利を収めることに成功した。しかし争いの最中、魔族は世界各地に拠点を設置していたのだ。拠点の形は、塔のような建造物から洞窟のような自然物まで様々。そこには不思議な力が宿っており、モンスターが永続的に産まれてくるということが争いの後に判明した。

 しかし、魔族の使役しないモンスターは大きな脅威とはならず、むしろ上質な食料や資材としてまたたく間に狩られる対象となっていった。その結果、拠点本体に何かしらのアクションを起こす必要はないという暗黙のルールができあがるのは必然だったのだろう。

 それから長い年月が経ち、人や亜人、エルフが世界中で繁栄の一途を辿ってもその考えがは変わることはなく、今ではその拠点がダンジョンと呼ばれているのである。

 そんなダンジョンでモンスターを狩り、生計を立てている俺のような者を冒険者や探検者と呼ぶようだ。さらに最近では、ダンジョン内部の様子やモンスターとの戦闘を、映像で世間に配信することで収入を得るダンジョン配信者という職業まであるらしい。

 いや、らしいというか一月前までは俺もそうであった……。

 などとベッドの上で考えているのにもわけがある。ズバリ、ここ最近の収入があまりにも少ないのだ。俺の収入源はモンスターから取れる食材や資材。しかしどれだけモンスターを殺しても、ダンジョンから持ち運べる量には限りがある。

 一度、テレポート業者に依頼してみようとも考えたが、奴らは自分達の能力が稀少であるのをいいことに、目が飛びてるほどの額を要求してくるのでやめた。あれは金持ちのためのサービスだろう。

 そうしてジリジリとダンジョン配信者時代の貯金は減っていき、遂に底をついてしまったのだ。

「明日からダンジョン配信者に戻るか……」

 俺は決意を新たに握りしめた拳を天井へと突き上げた。




「……これは困った。配信をしようにもやり方が一切わからん……。そもそも必要な道具も知らん……」

 一ヶ月前までのことを思い出してみたが、どれだけ思い出しても戦闘以外の記憶が無い。

 それもそのはず。

 冷静に考えると俺はあのグループにいたときも、今と変わらずモンスターを狩ることしかしてこなかったのだから……。

「イヤイヤ!過去を悔やんでもしょうがない。今もこうしてダンジョンにいるのだから、他のダンジョン配信者を探して配信のなんたるかをご教授いただこう……。とは言ってもかれこれ二時間は人っ子一人見ていないのが現状……」

 モンスターなら今日だけでもう飽きるほど出会ったというのに……世知辛いものである。

 地下に遺跡のような建物が伸びているタイプのこのダンジョンは迷宮などと呼ばれており、深く潜れば潜るほど強く稀少なモンスターが現れるようになっている。

 現在の階層は地下九階。

 一階層あたりの広さはまちまちだが、広いものだと一日かけても周りきれない階層なども存在する。下に降りるための階段は各階層に一つから三つランダムに設置され、先程その一つを見つけたところだ。

「とりあえずもう一階層だけ降りてみるか……。これでダメなら──」

「きゃァァァ!」

 階段の一段目に足を乗せたところで、下の方から悲鳴が聞こえてくる。

 つまり……ダンジョン配信者の可能性!

 俺は大きく跳躍しながら、階段を一気に下りる。

 幸いにも悲鳴の主は階段のそばにいたようで、俺の視界へとすぐに入ってきた。装備を見るにどうやら魔法職の少女のようだ。周りを三体のミノタウロスに囲まれている。

「ミノタウロス……角一本くらいならまだ持って帰れるか?ま、どっちにせよまず殺らないとねっ!」

 両脚に力を加え一気に解放。三体いるうちの一体、真ん中のミノタウロスの顔までバネのように飛んでいく。驚く牛の顔めがけて、本日最初の獲物だったゴブリンから頂戴した石の棍棒を横に一振り。

「うん!やっぱ巨体にフルスイングが一番だねっ!」

 体長五メートルほどのミノタウロスの巨躯は、そのまま頭から飛んでいきダンジョンの壁へと衝突するが、一撃で仕留めているのでその痛みはないだろう。

「え……?」

 少女の隣へ着地すると、彼女は口をぽかんと開けてヘナヘナと座り込んだ。

「大丈夫?怪我はしてないようだけど……」

「ミ、ミノタウロスが……」

 どうやらミノタウロスの方に気を取られているようである。たしかに話の邪魔をされるのは俺も嫌だ。

「ブモォォ!」 

 仲間がやられたことをようやく理解したのか、残った二体の片割れのミノタウロスが俺の持つものよりも数倍でかい棍棒を振り下ろしてきた。

 しかし、そんな大きさだけの攻撃を避けるのは容易い。俺はそのまま相手の顎の真下まで入り込むと、そこからジャンプの勢いでアッパーカットを決める。

 これはかなり脳が揺れたんじゃないか?

 期待通り、ミノタウロスは少しだけ浮き上がって後ろへと倒れていく。

「あと……一体ッ!」

 俺は先程までミノタウロスが持っていた、俺の身長よりも大きい棍棒を両手で持つ。ズッシリとした重さが全身に伝わるが、そんなものは気合で乗り越えればいい。

「ゥラァァァ!」

 背後で斧を振り上げている最後のミノタウロスの脇腹に、振り向く回転のままその棍棒をめり込ませる。ベキベキと骨が砕ける音を鳴らしながら、巨大な棍棒を脇腹に埋めた最後のミノタウロスが倒れていくのを見届けた俺は、今度こそと少女へ話しかける。

「──アンタ、もしかしてダンジョン配信者だったりしない?」

「……わ、わたしを殺しに来たんですか!」

「いやいや、殺さないよ。ほら、ミノタウロスは全員死んでるでしょ?」

「──タダでは殺されませんから!」

 もしかするとまだ混乱しているのかもしれない。どのような経緯で先程のような状況に陥ったのかはわからないが、彼女は明らかにミノタウロスを相手にできるほどの戦闘力はないように見える。

 仲間とはぐれたのか、はたまた他の理由があるのか……。

「困ったな……とりあえずミノタウロスの角運ぶから手伝ってくれない?」

 持ち帰る物資は多ければ多いほど金になるからな。ミノタウロスの角なら大きいもので一本六百コインといったところだ。レストランで一食できるかどうかの金額である。

「俺とアンタで一本ずつ持って帰ったとして……このサイズなら千コインもいけばいい方か」

「これを運び終わったらわたしは用済み……。まだ全然稼いでないのに……」

 背中を丸め、よどんだ表情を浮かべながら角を運んでいる少女を横目に見ながら、俺は本日の収入を概算する。

「……そういえば名前言ってなかったな。俺、ミユウ・ダンズ。アンタは?」

「……フゥ」

「そうか。それじゃあ、さっきともう一回同じ質問。フゥはダンジョン配信者?それともただの冒険者?」

 九階層へ戻る階段を登りながら、俺は当初の目的であったダンジョン配信者についての話題を切り出す。

 もしもフゥがダンジョン配信者ならば、恩着せがましいようだが助けた礼に色々と初歩的なことを教えてもらえるかもしれない。

「私は……なんですかね。世間的にはダンジョン配信者だと思います……。だけど、それだけじゃお金が足りなくて、それで宝物があるって言う迷宮に来たけどミノタウロスに殺されそうになってました……。貴方の方こそ一体何者ですか……?三体のミノタウロスをあんな一瞬で倒すなんて」

 世間的にはダンジョン配信者……つまり配信をする技術があるということだ。

「俺?俺はダンジョン配信者を目指すただの冒険者だ。しかし配信に関する知識を何一つもっていなくてな……。そんな俺の先生となるダンジョン配信者を探していたところ、フゥを見つけたってわけ」

 こちらの事情を簡単に説明すると、フゥは目を丸くして俺の方を見ていた。なにか驚くような内容があっただろうか。いや、既にダンジョン配信をしているフゥからすれば、配信の知識が無いというのは信じられないことに思えるのかもしれない。

「今の時代に配信者じゃないただの冒険者っているんですね……。自由で楽しそう……」

「……ま、俺のことは置いといてさ。配信について──」

「それは俺から教えよう」

 階段の上。九階層から複数人の気配は感じていたので、新たなダンジョン配信者かと思っていたが……どうやらそのような集団ではないようだ。

 階上から見下ろしてくる男も、その周りに立つ護衛のような若い集団も、みなスーツに身を包んでいる。一目で中心の男が偉い立場であるとわかる陣形だ。

「ハバネル……?!なんでこんなところに……」

 どうやらフゥはこの男のことを知っているようである。声音からは負の感情がありありと感じられるが、詳しい事情は知る由もない。

 一方でハバネルと呼ばれた男は、フゥなど歯牙にも掛けないといった様子だ。

「元ダンジョン配信者がダンジョンに居たらだめか?それに安心しろ。目的はお前じゃねえからよ……。いや、正確にはお前だったがそれどころじゃなくなった。まさに棚からぼた餅!」

 言いながら彼はこちらを値踏みするように見てくる……。嫌な視線だ。

「……なにか?」

「ミユウ・ダンズ。一ヶ月前まではダンジョン配信者グループの中でも、上位の人気と実力を持つ『ダブルエス』に所属していたが、なんの前触れもなく引退。本人のパッとしない見た目と他のグループメンバーの派手さも相まって、人気は特になかったため話題にはならなかった……。その後は冒険者として細々と暮らしている」

 こいつ、何をいきなり俺の紹介してるんだ?いや、そもそもなんでこいつはこんなに俺について詳しいんだ……。

「……俺の自己紹介は必要ないみたいだから、今度はそっちの紹介をしてもらってもいいかな。ハバネル……だっけ?アンタは誰で俺になんの用?」

「そう怖い目で見るなよ。戦闘狂のアンタにとって夢のような話を持ってきたんだぞ?」

 別に睨んでいたつもりはないが、いきなり見ず知らずの他人から自分のことを話されたら誰だって引っかかるものがあるだろう。

「──俺はハバネル。ハバネル・サイトエフ。ダンジョン配信者をサポートするギルド『ダイアモンド』のギルドマスターさ」

「……何がサポートですか。相手の弱みに付け込んで無理やりダンジョン配信者をギルドに入れて、無茶な仕事ばかり斡旋するだだの闇ギルドのくせして」

「辞めたきゃ勝手に辞めればいいさ。だけど人気も実力もないお前たちがダンジョン配信で飯を食えているのは、その無茶な仕事のおかげだろ?」

「それは!以前、あなたが辞めた人を見せしめに酷い目に合わせたから!皆、怯えて辞められないだけじゃないですか!」

 気づけば蚊帳の外である。会話の中身からして、フゥはハバネルのギルドに所属しているようだ。他人同士ののいざこざに興味はないが、ハバネルが俺にどんな話を持ってきたのか聞いて損はないだろう。

 ところで俺は自身を戦闘狂などと思ったことはないが、ダンジョンで配信をせずにモンスターを狩っているとそう思われても仕方がないものなのだろうか。

「──で、その話ってのはなんなのさ」

「絶対ろくでもないことですよ!聞かなくていいです!」

「いいのいいの。聞くだけならただなんだから」

「そうこなきゃな……ミユウ・ダンズ!アンタにはうちのギルドで素性を隠しながらダンジョン配信をしてほしい!素性ってのは顔・年齢・私生活・血縁関係・交友関係・その他、アンタを特定できるようなこと全てだ。もちろんギルドは全力で隠すのに協力する。あと……配信そのものについてだが、アンタは何もしなくていい。俺達が勝手にアンタを映しておく。それと大事なお金の話だが……配信での収入はアンタとギルドで折半だ。逆に言うとダンジョンで手に入れた全てのモノはあんた自身のモノにしてもらって構わない。どうだ……?悪くない話だろ」

 悪くない……。いやむしろただの良い話である。つまり、俺はこれまで通り冒険者を続けていればその様子を勝手に配信してくれるわけだ。

「ただし!攻略するダンジョンやその日程については全てこちらで決めさせてもらう。そうだな……一週間に一回は必ずダンジョン攻略の予定を入れると約束しよう」

「断ったほうがいいですよ!ミユウさん!ハバネルは貴方を使い潰すつもりです!素性を隠させるのもその時に都合がいいから!これまでも同じ手口で、戦闘に自信がある人を利用してきたんです!危険なダンジョン配信は誰もやりたがらない分、人気がありますから……!」

 フゥの言っていることは十分に理解できている。きっと大多数はこの話を断って、ごく少数の受け入れたものも碌な目にあっていないだろう。

 金は生きるために必要だ。

 だがしかし、生きていると実感するためにはそれだけでは足りない。俺の場合、それはモンスターと戦うことではじめて実感できるのだ。

「……やらない理由は無いな」

「──そんな……なんで?」

「よし!アンタなら絶対に乗ってくるって信じてたぜ!詳しい話は俺達のギルドハウスでしよう。今夜は祝杯を挙げねえとな。よし、それじゃあ俺達は先に帰っとくからよ、アンタは後からギルドハウスに来てくれや。場所については……そこの女に聞いてくれ」

 ハバネルが言い終わると同時に彼とその取り巻きの足元に一つの魔法陣が浮かび上がる。

 ハバネル自身かその部下が持つテレポート魔法か、業者のものだろう。しかしこの人数をテレポートさせるとなると、業者ではありえない金額がかかるはずだ。よって身内のものである可能性が高いが、どちらにせよ羨ましい……。

「……俺も帰るけど。後で案内よろしくね。あ、一応これからは同じギルドメンバーなわけだから、案内だけじゃなくて同僚としてもよろしくか」

 前のグループではそもそもギルドに所属していなかったため、ギルドメンバーというのは初めてだ。つまり、格好つけて同僚などと言ったが実際のところ、どのような関係を取るのかなど一切知らない。

 もしかしたらギルドメンバー同士の交流など基本的にはない可能性だってある。

「……よろしくお願いします」

 どうやら距離感は間違っていなかったようだが、忠告を無視したことで早くも彼女との間に隔たりを感じる。

 そうして俺は、時折ジトっとした目でこちらを見てくるフゥと共にダンジョンを後にした。

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