持ち帰り
ティロが気がつくと、知らない家のベッドにいた。誰かに半地下の連れ込み部屋に連れて行かれそうになって、それから何事か泣いたり喚いたりしたような気はした。
「まずいな、記憶飛ばすなんて……」
起き上がると酷く頭が痛んだ。未だに世界がぐらぐらと定まらずに回っている感覚があった。
(これだから酒は嫌なんだよ……)
強烈な二日酔いに苦しんでいると、知らない女性が現れた。
「大丈夫? 水飲む?」
女性から水を受け取ると、一気に呷った。しかし世界は相変わらず回っていた。
「あっ、えっと……ごめん、誰だっけ?」
「やっぱり覚えてないんだ、大変だったんだよ」
ティロは揺れる頭で、昨夜酷く機嫌が悪くて一刻も早く酔いたかったところまでは何とか思い出した。
「……ごめん、何してた?」
「急に動かなくなったと思ったら、ずっと泣いてたよ。よくわからないこと言ってたから、適当に話合わせてたらなんか抱きついてきてね。放っておくわけにもいかなかったし」
(何だろう、俺は一体何を言ったんだ……?)
一瞬何か不都合なことを口走っていないか不安になったが、「酔っていた」の一点張りで誤魔化そうとティロは心に決めた。
「あぁ……悪かったな。なんか、どっか行こうみたいなところまで覚えてるんだけど、何でそうなったんだっけ?」
「私もわからないけど、急に気分悪くなったって」
(そうか、思い出した。確かヤれそうだったんだった)
昨夜のごだごだを思い出したティロは、痛む頭を押さえて事情を説明することにした。
「そっか……俺さ、閉所恐怖症なんだ」
「閉所恐怖症?」
女性がきょとんと尋ね返す。
「うん。地下室とか絶対無理。入ったら死ぬ」
「死ぬの!? だってあそこ半地下だし、一応窓もあるのに」
「もう地下ってだけでダメ。それで死んでた」
地面の下について考えるだけで、ティロの心はざわざわと落ち着かなくなる。
「昨日は随分酔ってたのもあるけど……」
「そうね。あと、どのくらい飲んだの?」
「割らないで1本空けた」
女性は昨夜ティロが抱えてた酒瓶を思い出し、その酒量に顔をしかめる。
「いっつもこうなるんだ。やっぱり酒向かねえんだな」
「そんな飲み方してたら向き不向きないんじゃ……」
「でもいちいち水なんかで誤魔化して飲んでも意味なくね?」
「よくわかんない、ってかあんたの話全然わかんないのよ」
(全然わかんない、か。俺自身もよくわかってないしな)
「そうか……そう言えば昨日変なことなんか言ってなかった?」
「何言ってるかわからないからちゃんと聞いてないよ。ただうんうん調子合わせてたら何かわーってなって、その繰り返し」
「あ、そう……迷惑かけたね」
ティロは何か重大な失言をしたのではないかと焦っていたが、女性が隠し事をしている様子も無かったのでほっとした。
「まあ、私も声かけて悪かったかな」
「放っておいて欲しかった気もするけど、それは別にいいかな」
「なにそれ、じゃ、改めて?」
「それはなぁ……」
ベッドに座り込むティロに女性がしなだれかかる。二日酔いでそれどころではないティロがどう返答するか困惑していると、部屋のドアが乱暴にノックされた。女性が舌打ちして扉を開けると、部屋に背の高い男が乗り込んできた。
「おいエリス! 昨日の稼ぎはどうしたんだよ!」
「待ってよ、昨日は稼ぎどころじゃなかったんだから!」
エリスと呼ばれた女性は背中でティロを庇おうとする。
「はあ? 何言ってんだよ、お前なに男連れ込んでんだよ! そんな暇あるなら早く金寄越せよ!」
「わかった、でも待ってよ……」
「何を待つってんだよ」
男はエリスに手を上げる。その様子をティロはじっと見ていた。
「おい、てめえもさっさと出ていけ。人の女に手ぇ出しやがって」
「俺は何もしてないぞ」
すっかり寝乱れた様子で説得力の欠片もないティロに男は激昂する。
「何もしてねえわけねえだろ! いいか、こいつは俺の女なんだよ! タダで済むと思ってんのか!?」
ティロは倒れたエリスを起こして、そっと囁いた。
「あのさ、こいつどうしてほしい?」
その申し出にエリスは不思議そうな顔をした。
「……それがどうしたの?」
「いいから、どうしてほしい?」
ティロが尋ねると、エリスはそっと呟いた。
「今は帰って欲しい……」
「わかった」
ティロはエリスを座らせると、ふらふらと立ち上がって男と対峙する。
「何だよてめえやんのか? 外に出るか?」
「その必要はない」
咄嗟に背後に回ると、ティロは男を床に押し倒す。
「何だとって痛ててててて!」
ティロの素早さに男が驚く前にティロは男の腕を捻じり上げる。
「……あんたの女とは知らなくて悪いことしたな。安心しろ、女とはヤってねえよ。ぶっ倒れた俺を介抱してくれてたみたいだ」
「はぁ!? そんな話信じられるか!?」
「信じる信じないは自由だが、信じない代わりに腕は一本貰うぜ」
「なんだよてめえ! 汚ぇぞ!」
ティロは更に腕を捻じり上げると、男は呻いた。
「生憎、汚いことには精通しててな……もう少しやるか? 何なら外行くか?」
「チビのくせに……」
「何か言ったか!? そんなにこの腕いらないのか!?」
更に腕に力を込めたティロに男は勝機を見いだせなかった。
「わかったわかった! 離せ、信じるから離せ!」
「離した瞬間殴るなよ。大人しくしないなら、次は鼻を貰う」
狭い部屋でこれ以上ティロと争うことは出来ないと男は悟った。
「わかった、わかった……頼む、離してくれ」
「根性ないな……そんなんでデカイ顔するな。とっとと出ていけ、女しか殴れない卑怯者が」
ティロが手を緩めると、男は急いで逃げていった。一連の騒動を見て呆けていたエリスがようやく口を開いた。
「あんた、本当に強いんだ……」
「だから言ったじゃないか、100人殺したって」
言いながらティロはベッドに倒れ込む。
(思ったより雑魚でよかった……格好なんかつけるもんじゃないな)
「ごめん、今まで信じてなかった」
「別にいいよ、どうせ信じられるような話じゃないし」
頭を押さえるティロを見て、エリスは昨夜の情けない男と先ほどの立ち回りをした男が同一人物であることに驚いていた。
「で、君は何者なの?」
その言葉にティロは一瞬固まる。いろんな思いが一瞬過るが、とりあえずは今の身分をありのまま話すことにした。
「俺はしがない一般兵11等の警備隊員だよ」
しかし、エリスは更に信じられないという顔をする。
「そんなわけないじゃない……ねえ、あんた一体何なの?」
(何なのって言われても、俺も何だかわからないんだよなあ)
まさか追求されるとも思わず、ティロは更に頭を抱えることになった。
「何だろうね、一体……」
するとエリスはにこにことティロの手をとる。
「ねえ、またゆっくり会おうよ。私、君のこと気に入ったみたい」
「え、ええ!? いいけど、別に……」
二日酔いで回る頭でティロが答えると、エリスは更に微笑む。
「ねえ、君の名前は?」
「えっと……ティロ。君はエリスでいいのか?」
「……そうね、よろしく」
その日の夕方まで、エリスのベッドをティロは占領した。久しぶりに誰かと心から打ち解けられそうな予感がしたが、やはりティロの名を名乗るのは気が重くなることだと思った。
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