見返り

 全てが嫌になってやけ酒を呷って路上にひっくり返っていたティロは、赤い髪の女性に声をかけられていた。


「あ、何だよ?」

「その話、詳しく聞きたいな」


 ティロは起き上がって女性の顔を見る。年の頃は自分と同じくらいで、柔らかい顔立ちをしていた。


「何だよ……俺はな、輝かしい勝利って奴に深ーく貢献したの! それなのに、それなのに、なんだ、あいつら、寄って集って俺のこと嘘つき呼ばわりして……」


 女性は喚くティロに頷いてみせる。


「人殺したってのは?」

「戦争なんだから人くらい殺すに決まってるだろ! それなのになんだよ、俺のこと予備隊予備隊ってバカにしやがって……」

「予備隊?」

「そう、俺は卑しくて薄汚い予備隊出身だから平気で人殺すってな。誰のためにわざわざ人殺しなんかするかっての! 大変なんだぞ、いろいろと!」


 オルド攻略では躊躇なくオルド兵を殺し続けたが、ティロも心が痛まないわけではなかった。自分の活躍がなくなったことで殺していったオルド兵にも申し訳が立たない気がして、ティロは余計に気を病んでいた。


「そっか、大変なんだ」


 女性はティロの物騒な話題にも楽しそうに相槌を打つ。


「当たり前だろ。死ぬ思いで俺は予備隊もオルド攻略も行ったってのに、なんもなしはあんまりじゃねえか! せめて金くれよ金! 何で俺だけなんもねえんだよ! 何もなしどころか減俸だぞ!! 意味わかんねえだろ!!」

「うん、確かに何言ってるかはよくわからないかな」


 女性はティロの話を真剣に聞いているわけではなさそうだった。しかしティロは話し相手ができたことで機嫌を良くし、女性に話しかけ続ける。


「だろ? あーあ、もう死ぬしかないんだ。こんなゴミは生きてたってしょうがないんだ。せっかく戦争で死ねるかと思ったのに全然死にやしねえ、さっさと死ぬべきなんだ」

「死にたいの?」

「死にたい死にたい、すっごく死にたいね。もう死にたくて仕方ないからこうやって死ぬまで飲んで、そんで死ねりゃいいやって思ってるから……そうだ、あんた俺のこと殺してくれよ、これ使っていいからさぁ」


 無茶苦茶を言い出して懐に手を入れたティロを女性が窘める。


「そんな、死ぬなんて勿体ないよ」


 女性の言葉に、ティロは懐のナイフを出すことを止めて改めて女性の顔を見ようとした。


「そうか? こんなクズさっさと死んだ方が世のため人のためだろ?」


 真っ直ぐ姿勢を保つことが出来ず、ふらふらとティロは女性にもたれかかる。柔らかい女の感触が、酒で感覚のなくなった肌に伝わってくる。


「へへ、あんたかわいいな」

「あらどうも。あなたも素敵よ」


 女性はぐらぐら揺れるティロを抱き留め、膝に頭を乗せる。ティロは女性の胸と顔をを見上げ、気を良くしていた。


「なんだよ、こんなクズが素敵なわけないだろ? 俺はな、世界一のゴミでクズなんだから俺なんかに構うとろくなことにならねえぞ」

「でも戦争で活躍したんでしょう?」

「したよ、思いっきりしたよ!! それなのに、なんで、俺がこんなクズだからかな……もう死ぬしかないんだ、俺なんて死ぬ以外価値のないゴミカスはさっさと死ぬのが社会のためなんだ!!」


 ティロとまともに会話が出来ないことに女性はため息をつき、死ぬしか言わなくなったティロに提案をする。


「じゃあさ、死ぬ前にいいとこ行こうよ」

「いいとこ? なんだよそれ」

「何言ってんの、いいとこに決まってんじゃん」


 ティロは女性に口説かれていることを察して、ようやく座り直した。


「は? こんなゴミどうするってんだよ。一文にもなんねえぞ」

「君の話が本当なら、勝利に貢献した大英雄がこんなことしてていいわけないでしょ。その見返りよ」


 女性はティロの腕をとり、立ち上がるよう促す。


「見返りか、見返り。いいね、見返り」


 すっかり気分が大きくなっていたティロは女性についていくことにした。足元が覚束ないだけでなく、正直女性が何を意図して自分に話しかけたのかもよく理解していなかった。


「私、君みたいな人好きだよ」


 半分女性に支えられながらティロは何とか女性に連れられて歩いていく。


「何言ってんだよ、どこがいいんだよこんなクズ」

「だって本当は大英雄なんでしょ、じゃあ頑張ってみんなを見返さないと」

「頑張る? どう頑張るんだよ? これ以上何しろってんだよ。どうせ俺なんて頑張るだけ無駄だから、いつまでも一般兵11等なんだ。何にもねえんだよ」


 再度卑屈になっていくティロに女性は話しかける。


「そんなことない、みんな君の本当の姿を知らないだけ。そうでしょう?」


 本当の姿、という言葉を聞いてティロの奥底にいつもある何かが刺激された。


「本当の姿、ねえ……本当の、姿……」


(本当はエディアの王族です、なんて言ったらこの子はどう思うんだろうな)


「どうしたの、急に」

「いや、なんだろうな、本当の姿って思ってさ……」


 急に真面目な顔になったティロを見て、女性は軽く肩を叩く。


「考えすぎ。変に思い詰めすぎなのよ」

「そうかな……ま、どうでもいいか……」


 そのままティロは女性に手を引かれて、盛り場の奥の方へ連れて行かれる。


(とりあえずこの子かわいいな……姉さんも生きてたらもっとかわいいんだよな……かわいい子が向こうから来るなんて俺もツイているというか、なんていうか俺だって悪いモンは持ってないよなあ、それもこれも姉さんがキレイだからであって、俺も姉さんみたいに皆から好かれるような奴だったらこんな子は寄ってこないんだろうなあでも姉さんはもっとかわいいしこの子はえっと)


 いざ女性と「そういうこと」をしようとすることを考えると、無条件で姉のことしか考えられなくなる。いつの間にか姉と「そういうこと」をすることばかり考えていたティロは、気がつけば半地下の連れ込み部屋に誘導されようとしていた。


「どうしたの?」


 急にぴったり足を止めたティロを女性は訝しんだ。自虐も姉も全て吹き飛んで、ティロの頭の中は土の音で埋め尽くされた。


(畜生、こんな時に……)


 足を前に出そうとするが足は石のように動かず、それどころか今すぐにこの場所から立ち去りたくて仕方なかった。


「ねぇ、急にどうしたの?」

「あ、あの、その……俺帰るわ」


 何とか数歩後ずさってその場を取り繕おうとするが、嫌な汗が止まらない。


「どうしたの? ここまで来て帰るの?」

「いや……その……なんていうか、その……」

「いやなの?」

「全然嫌とか、そういうわけじゃないんだけど……」

「じゃあ行こうよ」

「ちょっと待て心の準備が……待てったら待て! やめろ!」


 強引に腕を引っ張る女性を突き飛ばし逃げようとするが、ただでさえひどく酔っているせいでふらふらと座り込んでしまった。


「え、ちょっと、どうしたの? 飲みすぎ!?」

「ごめん、無理……」

「なに、え、何!?どうしたの!? 答えなさいよ、どうしたの!? え!?」


 そのままその場に蹲り、ティロは一歩も動けなくなってしまった。

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