社会不適合者
ティロがシンダー連隊長の下で出撃するようになって、かなり戦況が変わった。それまでリィア軍を見ても怯まなかったオルド兵たちに、少なからず動揺が走るようになっていた。
オルド軍では、たった1人の兵士により壊滅させられた小隊の話が出回っていた。その小隊の数は数十以上あり、その兵士にあったら最後生きて帰れないという噂がまことしやかに囁かれていた。
「よう鼠、この調子なら山頂の砦を落とすのも時間の問題だ。残りの首都攻略は元気の余っている第3連隊に任せるとして、我々は故郷に帰ろうじゃないか」
シンダー連隊長は戦況報告を聞いて、嬉々とティロに話しかける。第2連隊が戦場にやってきてから2か月ほどが経っていた。
「それもこれもお前のおかげだ、礼を言うぞ」
機嫌の良さそうなシンダー連隊長に、ティロはいよいよこの任務の見返りについて尋ねることにした。
「はい、それではすぐ執行部への推挙も可能ですか?」
その言葉に、シンダー連隊長は眉をひそめる。
「執行部だと? お前本当に一般兵みたいなことを言うんだな」
「え、だって僕、一般兵11等ですから……?」
不思議とかみ合わない会話に、ティロは嫌な予感がした。
「待て、お前本当に一般兵11等なのか?」
「はい、あの、認識票もあります、よ……?」
ティロは首から認識票を取り出し、シンダー連隊長に見せた。するとシンダー連隊長の顔がみるみる赤くなった。
「ふざけるな、貴様、本当に一般兵11等なのか!?」
「だからそう言ってるじゃないですか!!」
シンダー連隊長は怒りを顕わにして、ティロを烈火の如く怒鳴りつける。
「出て行け! 貴様のような奴を見込んだ覚えはない! 今すぐ出て行け! 畜生、何が一般兵だ、ふざけるな!!!」
何故急にシンダー連隊長が怒ったかわからないティロは混乱するばかりだった。
「なんで、何がいけなかったんですか、もっと撃破してくればいいですか?」
「知らん、消えろ、貴様の顔なぞ見たくない!」
説明もなく叱責されることにティロは納得がいかなかったが、取り付く島がなかった。
「さっさとどこかへ行け!」
とうとう幕の内からティロは追い払われた。本陣に居場所があるわけでもなく、ティロは混乱したまま本陣を後にした。
「どこかって、どこに行けばいいんだろう……?」
仕方なくティロはとぼとぼと小隊の野営地に戻った。帰還命令が出たところで帰り支度をしている者が多かった。
「お前、死んだんじゃなかったのか!!?」
同じ第17小隊だった隊員に見つかって、ティロは声をかけられた。
「え……俺、生きてるよ、何で?」
隊を抜けることはシンダー連隊長によって小隊長に報告がされているものだとばかり思っていたティロは、自分が死んでいたことになっていたことに困惑した。
「死体もないからどんなところで死んでるのかってみんな心配してたんだ。小隊長のところにさっさと行ってこい」
こわごわとティロは第17小隊長を探した。すると、小隊長のほうがうろうろしているティロを見つけて迫ってきた。
「貴様、今までどこをうろついていたんだ!?」
小隊長の剣幕にティロはたじろいだ。
「でも、シンダー連隊長が……」
「口答えするな!」
思い切り頬を殴られ、ティロは吹っ飛んだ。
「気がつけば隊列から離れていたから死んだものと思っていたのに! しかも連隊長の名前を軽々しく口にして!」
小隊長の剣幕に、片付けをしていた兵士たちが何事かと集まってきた。何かの間違いでは無いかと、ティロは頬を押さえて賢明に弁解する。
「あの、ご存じありませんか!? 連隊長が、直々に……」
「そんなものは知らん! 貴様のことだ、大方どこかで隠れていたんだろう! この2か月、正直に何をしていたか言え!」
シンダー連隊長は「お前の上には掛け合っておく」と言ったのをティロは忘れていなかった。
「そんな! 確かに俺は、あの戦場で……俺はいたよな!? オルドの小隊をいくつも破ったんだ……なあ、誰か、俺を見た奴いるだろ!!? なあ!?」
その場に集まってきた兵士たちは顔を伏せた。単独行動をしているティロを見かけた者もいたが、そう証言して機嫌の悪い小隊長の怒りの新しい矛先になることが嫌でもあったし、そこまでしてティロを庇いたいと思えなかった。兵士たちはティロを見なかったことにして、それぞれの持ち場に戻っていった。
「国の一大事に敵前逃亡とは情けない。しかも連隊長の名前を出して嘘をつこうとしたな。重大な服務違反および命令違反だ。帰還してから楽しみにしておけ」
小隊長の冷ややかな声に、ティロは小さくなるしかなかった。そして、去り際に小隊長が「この社会不適合者め」と呟いたのをしっかり聞いてしまった。
「なんだよ……なんで、何でなんだよ……訳がわからないよ……本当に俺はオルド兵を撃破してたんだよ……」
ふと予備隊で虚言を言わずにはいれなかった者のことを思い出した。彼が言うことは荒唐無稽に聞こえ、誰も彼の言うことを信じようとはしなかった。
(嘘じゃないんだ……俺は確かにずっと戦ってたんだ……嘘じゃないのに、嘘じゃないのに……)
頬の痛みよりも嘘つき呼ばわりされたことよりも、1人も味方がいないことが心底悲しかった。
それから数日後、正式に第2連隊が帰還する日が来た。再度自動車に積み込まれ、ティロは残っていた痛み止めを使った。そんなティロを周囲は白い目で見ていた。誰も心配してくれないことが辛くてたまらなかったが、痛み止めで思考を止めることでティロは全てをやり過ごしていた。
***
第2連隊が帰還してしばらくすると、第3連隊によってトリアス山は制圧、その後首都まで乗り込んだ連隊によってオルド国が完全に制圧されたことが正式に発表された。兵士たちからは歓喜の声が溢れ、首都は大きな騒ぎとなった。
作戦に参加した兵士にはそれぞれ特別報奨と昇進が付与されたが、命令違反とされたティロには何もなかった。それどころか服務違反として始末書と数ヶ月の減俸まで付いてきた。全員に与えられるはずの一週間の恩休も服務違反を理由に取らせてもらえず、街中がお祭り騒ぎを続ける中でティロの内心だけは荒れに荒れていた。
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