愉悦

 姉と自分をエディアで襲ったゾステロを救助隊まで連れて行くふりをして、ティロは何とか残りの2人の情報を聞き出そうと試みた。


「ところで、クラドという方をご存じありませんか?」

「クラド・フラビスか? お前が何故知っている?」


 ティロは怪しまれない範囲で世間話をでっち上げる。


「遠い親戚で……入隊したのもそのご縁なんです。エディア攻略の際にご一緒した話などを聞いたことがありまして」

「ああ、あの時な。攻略とは名ばかりで、俺たちは墓掘りしかしなかったけどな」


(ものすごく適当なことを言ってる気がするけど、案外バレないものだな)


「そんなことを仰ってましたね。そのとき、もう一人ご友人がいませんでしたか、確か、名前は……」


(確かクラドにザムと呼ばれていたことしかわからない。本名を聞き出せればな……)


「ザミテスのことか? あいつそんなことまで話していたのか。懐かしいな、こんなところで昔の話をするというのは」


(奴の本名はザミテスか……もう少し情報が欲しいな)


 ティロは先ほどの隊員たちの話を元に、更に探りを入れる。


「隊長殿ももうすぐ顧問部ですか?」

「そうだ、この戦が終わったら晴れて俺も顧問部の仲間入りということになっている。クラドは昨年顧問部入りしたし、ザミテスも上級騎士に進んだから現場仕事は俺くらいだ」

「そうですか……」


 彼らの名前のみならず現在の足取りまで把握することが出来て、ティロは心の中で大きく手を叩いた。


(残り2人は生きてる。顧問部のクラド・フレビスと上級騎士のザミテスか……とりあえずこいつから聞き出せるのはこのくらいか)


「ところで、エディア攻略のときのことなんですけど」


 辺りに人気のないことを確認し、ティロは例のことを切り出すことにした。

 

「なんだお前は、そんな昔のことを気にするんだな」

「そりゃあ気になりますよ、覚えていませんか?」


 ティロは支えていたゾステロを地面に叩きつけた。


「き、貴様、一体……がぁっ!?」


 すぐさまゾステロの背中に乗って左腕に体重をかけた。手負いのゾステロは反撃することもできず、その左腕はあらぬ方向に曲がった。


「こんなことしたでしょう? いいですよね、利き腕じゃなければ」


 ティロの脳裏にはあの日の出来事が焼き付いていた。左腕を折られ、姉を殺され、生きながらに埋められたという記憶は忘れたくても忘れられないものだった。


「お前、まさか、あの時のガキか!?」


 ゾステロが真っ青になる。その無様な顔をよく見たくてティロはゾステロの顔を掴んだ。


「思い出したか? そうだ、てめえが腕を折ったあのガキだよ。あの時は世話になったな」


 彼が自分のことを覚えていたことが何故か異様に嬉しかった。犯して殺したことに罪悪感を覚えていたのか、それとも一時の支配と快楽を忘れていないのか、いずれにしてもあの時と逆転したこの状況がティロには嬉しくて仕方なかった。


「な、お前は、埋めたはずだ!」

「残念ながら、生き返っちまったんだよ。痛かったぜ、まったく」


 元から深手を負い、更に左腕を折られたゾステロが抵抗することはなかった。


「しかし、何故リィア軍に!?」

「そっちで勝手に拾ったんだよ。たまたまあんたの名前を聞いて、それでもしかしてと思って来てみたら、久しぶりの再会というわけだ」


 今からゾステロに絶望を与えることを考えるだけで、ティロの顔はにやけて仕方が無かった。


「き、救助隊はどうした!? 救助隊が来たら貴様も命はないぞ!?」

「そんなもん来ねえよ。今ごろ編成が終わって一生懸命山登ってるんじゃないか?」

「しかし、残して来た部下たちがお前のことを証言するぞ!」

「ああ、もう二度と喋れないから安心しろ」


 ゾステロの顔が大きく歪んだのがわかり、更にティロは嬉しくなった。


「貴様、よくも……!」

「てめえの立場がわかってないみたいだな」


 ティロは倒れているゾステロを蹴り飛ばす。下半身の怪我している部分を強く踏むと情けない呻き声がする。踏む度に呻き声が聞こえることが面白くて仕方ない。


「やめろ、来るな、やめろ!」

「『やめてください、お願いします』ってあの時俺と姉さんは何度も何度も言ったな。それでお前たちやめたか? どうだった?」


 どうすればこの男をもっと責め苛むことができるかティロは考えていた。次第に呻き声が弱々しくなったことでティロは傷口をつま先で抉ることをやめた。


「悪かった、お願いだ、どうか命は助けてくれ」

「この後に及んで命乞いか。未来の顧問部が聞いて呆れるぜ」


 ティロは半死半生のゾステロの頭を踏みつける。


「頼む、何でも言うことを聞いてやる、お願いだ、許してくれ」

「許す? お前を? 面白いこと言うなあ、許してくれだって?」


 ティロはゾステロの体を崖の端まで掴んでいった。切り立った斜面は落ちたらひとたまりもなさそうだった。


「そうだ、思い出した! 頼む、許してくれ、ジェイド!」


 その言葉にティロは固まった。久しく聞いていない本名を聞いて、それまでの愉快な気持ちが台無しにされたようだった。


「余計なこと思い出させやがって……」


 ティロはゾステロの身体から手を放すと、その恐怖する顔を覗き込んだ。


「じゃあついでにいいこと教えてやるよ。お前が殺した女の名前はライラ・カラン・エディア」

「え、エディア!?」

「そして俺の名前はジェイド・カラン・エディア……俺の爺さんはデイノ・カランって言うんだけど、知ってるか?」

「デイノ・カラン!? あの剣聖のか!?」


 狼狽するゾステロを見て、ティロの中に再び愉快な気持ちがわき上がってきた。


「ああ、そうだ。世が世なら俺はどうなっていたかな。てめえが俺の左腕を折る前にエディアの精鋭たちがてめえなんか微塵切りにしていただろうな」


 ティロは抜刀すると、ゾステロの腹部に剣先を突き立てた。


「頼む、許してくれ……」


 血を吐きながらゾステロは未だに許しを求めていた。


「じゃあここから落ちて生きてたら許してやるよ、じゃあな」


 ティロはゾステロから剣を引き抜くとその身体を蹴り落とした。ゾステロは急斜面の岩肌を滑り降りて、何度か途中の岩に身体をぶつけながら見えなくなった。斜面の麓に到着する頃には、一見して誰かわからぬ姿になっているだろう。


「簡単に死ねるんだ、せいぜい有り難く思えよ」


 ゾステロが消えていった斜面を見つめて、ティロは吐き捨てるように呟いた。


「さて、本当の救助隊がそろそろ来るぞ」


 ティロは山を下りながら、出会うオルド兵を何人か撃破しつつ本部へ戻った。後に救援隊が第7小隊の全滅を本部に報告しているのを聞いたが、ティロの介在には気づいていないようだった。


***


 その夜、ティロは上官用の上等な酒と煙草をくすねてきて1人で祝杯を呷り悦に入っていた。


「やった、ついに1人、地獄に送ってやった! ざまあみろ! この俺が! やってやったんだ!!」


 ティロの脳裏には最期まで許しを乞うゾステロの情けない顔が焼き付いていた。この調子で残りの2人にもどう制裁を加えるかと考えるだけで愉快な気持ちになる。ケラケラ喚いていると、その声が本陣の内にいるシンダー連隊長を苛立たせた。


「うるさい! 貴様、昼間はどこに行ってたんだ!?」


 本陣から出てきたシンダー連隊長にティロはこれでもかというほど殴られた。それでもティロは非常に満たされた気分だった。


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