ゾステロ・フィルム
リィア軍全体の士気は高まっていたが、ティロはすっかり単独行動に嫌気がさしていた。興奮剤を使って出撃しても、やっていることはあまり変わらないために大した戦果もあげられなくなっていた。
そんな頃、ティロが出撃の合間にシンダー連隊長の部屋の外でごろごろしていると急ぎ足の伝令が幕の内に駆け込んできた。睡眠薬を入れようかと思っていたティロは、伝令の声に耳を傾ける。
「報告します。伝令からの情報によると第7小隊が山中にて孤立、応援と救助の要請です」
(どいつだその間抜けは。面倒くさいこと頼まないで国のためにさっさと死ねよ)
ティロが面倒くさいと思うのと同じように、シンダー連隊長のうんざりした声が聞こえてきた。
「第7小隊? 小隊長はゾステロ・フィルムか。深追いしすぎたか?」
「場所はトリアス山西部ラディニ峡谷北西部です。岩場に逃れたところで一人が隊を離脱して救助を求めてきました」
(ゾステロだって!?)
それは忘れもしない、三人の暴漢のうち左腕を真っ先に折った大柄な男の名前だった。
「わかった。救援部隊を編成しろ。その辺にいるオルド兵も一緒に蹴散らしていけ」
救援部隊を組まないのも軍の士気が下がる遠因になるため、シンダー連隊長は嫌々救援部隊の編成を命じた。特に「このまま攻めれば勝てるかもしれない」という雰囲気に満ちているリィア軍全体に水を差すようなことはしたくなかった。
(……他人かもしれないけど、行ってみるか。やれるなら絶好の機会だ)
ティロは急いで起き上がると、救援部隊が編成される前に急いで山へ入っていった。
(もし俺の左腕を折った奴なら、殺す。そうじゃなかったら、俺が救援隊より先に駆けつけて救助したってことで俺の手柄になる。どっちに転んでも悪い話じゃない)
ティロはひたすらオルド兵を殺すだけの毎日にうんざりしていた。山中に潜んでオルド兵を殺し、撃破数だけを報告しても見返りは特に何かあるわけではなく、地面に転がって痛み止めを打つだけの生活が数週間続いていた。
そこへ突如舞い込んだ復讐の機会にティロの心は踊った。たとえ人違いだとしても、救援活動をしたことで悪いことにはならない確信があった。
「これはやっぱり俺にも運が向いてきたに違いない!」
高揚した心でティロは風よりも速く渓谷までの獣道を駆け抜けていった。
***
伝令が述べていた箇所までティロが飛んでくると、言われたとおり孤立した部隊が岩場に隠れていた。見る限り力尽きた者も多く、生存者は僅かと思われた。
(まず、奴らは俺がリィアの隊服を着ているから気を許すに違いない。それからゾステロだけを何とか引き剥がそう)
ティロが岩場の生存者の前に姿を現すと、身構えていた生存者たちはティロを見てほっとした表情を浮かべた。警戒されていないことを確認し、ティロは声をかける。
「ゾステロ隊長、大丈夫ですか!?」
「……お前は?」
小隊長と思われる男が反応した。しかし、ティロはそれがゾステロ本人かいまいち判別ができなかった。
(あいつがゾステロか? もう10年も前のことだし、声だけじゃわからない。せめてもっと近くで顔を見たい)
さりげなくティロは反応のあった男に近づいた。
「今救助隊がこちらに向かっています。僕が先発としてやってきました」
「そうか、申し訳ない」
ティロは返答のある小隊長の顔をそっと覗き込む。
(間違いない、こいつだ)
それは何度も夢に見る、自分の左腕を折ったゾステロの顔だった。にやけそうになる顔の筋肉をティロは必死に抑える。
「それでは隊長を先にご案内します。残りの方は救助隊を待ってください」
ティロはゾステロだけをこの場から引き剥がすために抱えようとしたが、彼は自分から動こうとはしなかった。
「それは出来ない、部下の命の方が優先される」
(ちっ、めんどくせーな。強姦魔のくせにいい格好しやがって)
ティロがどうするか悩んでいると、隊員たちが勝手に「隊長こそ先に行ってください」「隊長は顧問部に昇進するんでしょう?」とティロに都合の良い説得をし始めた。美談のような話し口は普段なら鬱陶しいと思うティロであったが、この時ばかりは綺麗事を並べる部下を心から応援した。
(そうだそうだ、用があるのはこいつだけなんだ。お前らはその辺でくたばってろ)
部下に説得され、ゾステロは渋々ティロに掴まった。
(よし! こいつだけ人目に着かないところに連れて行くぞ!!)
ティロは内心で拳を握りしめる。ゾステロの気が変わらないうちにとゾステロを担いで急いでその場から離れたが、ティロはひとつ気がかりなことがあった。
(でも、残してきた隊員たちはどうするかな。本当の救援隊が来て、ゾステロだけいなくなったら俺が明らかに怪しまれる。かと言って、今更戻るのもな……)
岩場を降りたところで、ゾステロが呟いた。
「しかし、部下を残して先に助け出されるのは隊長として申し訳がない」
そこでティロの頭が即座に悪い方に働いた。
「それなら僕の痛み止めを残りの方に分けてきますので、ここで待っていてください」
言うが早いかゾステロをその場に置くと先ほどの生存者のところまで戻っていった。
「貴様、何故戻ってきた!? 救助隊はどうした!?」
「皆さんを案じた隊長からの指示です」
(なるべく早く事を済ませないと本当に救援隊が来るぞ)
ティロは懐から自分用にくすねている痛み止めの箱を取り出すと、三人居た生存者に痛み止めを多めに注射した。半分意識を失った生存者たちの傷口を抉って、ティロは口を順番に塞いだ。失血と窒息ですぐに力尽きた彼らは、もうティロの存在を証言することはできなくなっていた。
「悪いな、恨むなら隊長を恨むんだな」
念のために他の生存者を探して息のある者がないことを確認して、何事も無かったかのようにティロは岩場からゾステロの元に戻った。
「お待たせしました、それでは参りましょうか」
これから始まる個人的な宴に、ティロの心臓は大きく高鳴っていた。
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