第2話 仇討ち

自分会議(戦場)

 オルド攻略でティロがトリアス山に赴いてからしばらくが経っていた。


 連日ティロは、シンダー連隊長の指示で単独行動をしていた。数日山に籠もれる装備を持ってティロはトリアス山に籠もり、目に付くオルド兵を倒していくということを繰り返していた。


「流石に疲れてきたぞ」


 オルドの陣に近い手頃な木に登って、ティロは呟く。


「山に入ればオルド兵がいるってわけでもないしなー」


 最初の数度の出撃は重責を任されたことでティロは使命感に溢れやる気でみなぎっていたが、何度も繰り返すうちに単調な戦闘に飽き飽きしていた。最低限のことはしておこうと小隊をひとつ潰した後は、ぼんやりと木の上で時間を潰すことが多くなった。


「オルド兵を叩くのに歩き回るのも疲れるし、かと言ってこうやって待っているのも疲れるし、一体どうすればいいんだ?」


(どうもこうも、任務をこなすしかないじゃない)


「でもさあ、俺の任務はいつまで続くんだ?」


(あと100人くらい撃破すれば変わるんじゃないか?)


「えー……だってもう60人は殺ったんじゃないかな……ひとりで、だぞ?」


(偉い偉い、よく頑張ってるよ)


「本当に俺はよくやってると思う。輝かしい勝利に貢献したとして、オルドが陥落した際には執行部に推挙、ついでに特別報奨もつけてもらうぞ」


 執行部に上がれば、剣技の鍛錬の相手も少しは増えるとティロは考えた。それからリィアから遠く離れたビスキの中心街あたりの勤務を希望すれば、もっと気楽に生きていけるのではとぼんやりと考えていた。


「それかオルド勤務ってのもいいな。オルドの剣技も楽しそうだ」


 誰も自分を知らない土地で一から人生をやり直すのも悪くないと思った。そうやって人生をやり過ごしているうちに、特務へ復帰できるかもしれない。


(特務へ帰れば、またみんなに会えるのかな……)


 ふと予備隊で過ごした日々が脳裏を過る。厳しかったけれど、どこにも行く当てのなかった自分に居場所を作ってくれた予備隊には感謝をしてもしきれなかった。


「今頃みんな何してるんだろうな……」


 その中でも、最近は予備隊のことをよく思い出すせいで最初から最後まで慕った友人のことを思い出していた。


「俺がこんなクズになってるって知ったら、怒るだろうな」


 会いたいという気持ちと同時に、会えば彼は今の自分を見て激怒するだろうという確信があった。


「それでも、会いたいな。みんなに会いたい。誰でもいいな、俺のこと悪く言わない人なら誰でも……」


 木の上でぼそぼそと昔のことを思い出していると、たまに何人かが木の下を通り過ぎていくのを感じていた。


(今のは自軍か……オルド兵が来るまで粘るのも飽きたな……)


 ぼんやりしているとようやくオルド兵が木の下を通りかかった。即座に木から降りて、いつものように小隊を撃破したティロの頭に悪い知恵が働いた。


「そうだ、こいつらを使って……」


 ティロはオルド兵の遺体を集めると背中合わせに座るように並べ、その中心で「助けてくれ」と叫び始めた。少し気分が悪かったが、空を仰いで気を紛らわした。


(これにオルド兵がひっかかればよし、自軍が来ても問題なし、と……)


 しばらく声を出していると、遠くから声が聞こえてきた。オルド兵であってほしいとティロは遺体の腕を持って手を上げているように見せる。


(何人かこっちに来たぞ!)


 ティロは遺体の中から急いで出ると、側の木陰に隠れた。


「おーい、生きてる者はいるか?」

「生きているなら返事をしろ!」


(しめた、オルド兵だ! 人数は4人か、連絡員か見回りの小隊か?)


 ティロはオルド兵たちが遺体を確認しているのを見て作戦が成功したことを心から喜んだ。


「ではさっきのは……」


 訝しんでいるオルド兵の真後ろからティロは飛び出し、剣で殴りつけ地面に叩きつけた。その背中に思い切り剣を突き立てる。


「な、何だ!?」

「敵襲か!?」


 オルド兵の遺体から回収していた剣で、混乱するオルド兵を次々となぎ倒していく。ティロを視認して固まったオルド兵の喉を突いて倒すと、もう1人の鳩尾を突いて仰向けに倒す。倒れたところの首に思い切り剣を突き立て、瞬く間に2人のオルド兵を片付ける。


「な、何だ!? お前は?」


 残り1人になったオルド兵は闇雲に剣を突き出してきた。


(何だってか……何なんだろうな、俺は)


 不意に訪れた胸の痛みを誤魔化そうと、最後のオルド兵には研究していた必殺技を試すことにした。思い切りしゃがんで低い位置から足払いを仕掛けた後に背後に回り込むという、正攻法では考えられない荒唐無稽な技であった。


「き、消えた!?」


(消えたように見えるのか……俺かっこいいかもな)


 うつ伏せに倒れたオルド兵へ止めを刺すのは簡単だった。

 

「これで4人、そっちで5人、合わせて9人か……ああ疲れた」


 ティロは肩を回しながら、撃破したオルド兵を確認していく。


「悪く思わないでくれよ、これは戦争なんだから」


 すると、最初に地面に刺し貫いたオルド兵ががくがくと動き出した。


「お、それは悪かったな。今楽にしてやるよ」


 ティロはオルド兵の剣を引き抜くと、確実にオルド兵の心臓にあたる部分をナイフで刺し貫いた。オルド兵が動かなくなったことを確認すると、彼の真新しい剣を目ざとく見つけて持ち去った。


「さて、もうひと頑張りしようかな……」


 オルド兵相手に必殺技の実践ができたことで気を良くしたティロは再度やる気になってきた。


***


 その日、ティロは機嫌良く自陣へ戻っていった。


「報告します。今回の出撃でオルドの小隊を4つ、計20人を撃破しました」


 シンダー連隊長に報告する気分も軽かった。20人の撃破は今までの出撃では1番の戦果であった。


「そうか、わかった。次の出撃は追って指示する。下がれ」


 シンダー連隊長はティロに相変わらず目もくれなかった。


「あの……」

「何だ? 下がれと言ったはずだ」


 シンダーはすぐに下がらないティロに何か不満が溜まっているのだと理解して、ため息をついた。


「……面倒くさい奴だな、これでもやるからとっとと消えろ」


 シンダーは懐から錠剤をいくつか取り出すと、ティロに差し出した。


「貴様みたいな鼠にはちょうどいい薬だ。次の出撃の時にでも使え」


 それは数日眠らなくてもよくなる興奮剤だった。眠らないだけならティロには何でもないことだったが、疲れることなくずっと集中できる薬として戦場では重宝されていた。


「ありがとうございます!」


 ティロは僅かばかりの褒美を手にほくほくとシンダー連隊長の元から下がった。入れ替わりにやってきた将校は身なりの悪いティロを気味の悪い目で眺めた。


「……全く、こんなもので喜ぶとはとんだ鼠だな。それで、戦況はどうなってる?」

「着々と拠点の拡大は進行しています。第3到達点を得るのも時間の問題です」

「そうか、オルド軍の様子はどうだ?」

「それが……向こうも疲れが出てきたのか、我が軍の撃破数が格段に増えました」


 それを聞いて、シンダー連隊長は満足そうな笑みを浮かべた。


「そうか。引き続き拠点の拡大とオルド側の陣の奪取を続けろ」


 形勢が逆転してきたことはリィア軍全体に広まり、士気はどんどん高まっていった。

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