極秘任務

 思いがけず、ティロはオルド攻略の現場最高責任者であるシンダー連隊長直属の部下となった。


「これはついに、俺にも運が向いてきたのかもな」


 シンダー連隊長の部下になったティロに与えられた任務は「単独でオルド兵を1人でも多く撃破すること」であった。そのための武器や物資は制限無く支給されるということで、ティロはすっかり気をよくしていた。数日山に籠もれる装備をもらい、ティロは木の上でオルド兵を待ち伏せていた。


「これで成果を出せば、一気に執行部に推挙ということも考えられるな!」


 一般兵で1等まで実績を積んだ後は、大きく分けて進路が2つあった。ひとつは総務部という後方支援に特化した部で、人事や通信事業に関した仕事をしていた。もうひとつは執行部という実務中心の部で、こちらは転勤のない一般兵と違いリィア国内の別の地方へ赴くこともできた。


「執行部に入って遠隔地勤務でもやれば上級騎士になる資格ももらえるし、そうすれば俺も一発逆転があるかもしれないな!」


 上級騎士とは、特に剣技に優れた者で構成される首都防衛を目的として作られた役職であった。ティロは執行部に昇進することで上級騎士になることも夢ではないと思った。


「上級騎士になったら、その辺のリィアの雑魚なんか蹴散らしてやる。それで上級騎士隊長もぶっ飛ばして、俺がリィアの上級騎士隊隊長になってやる……いや、そのまま親衛隊に入れてもらえるかもな」


 ふと、エディアの親衛隊長であった父の姿を思い出した。真っ赤な地に黄色が鮮やかな隊服を着た父は自分の大きな誇りだった。少しでも父に近づけるかもしれないという気持ちが、ティロの何かに火を付けた。


「へへ、とにかくやるだけやる。それだけだ」


 木の上からオルド兵を待ち伏せしていたティロの前に、ようやくオルド兵が現れた。


「人数は2、3……5人。奴らこっちには気がついていないな」


 山中に何とか陣取ったリィアの拠点の付近ならオルド兵が確実に訪れると思い、半日待っていた甲斐があった。


「まずは1番後ろの奴を殺る。それから気がついて剣を抜いてきた奴から斬る。気がつかなければそのまま全員後ろから殺る」


 オルド兵たちは前方の拠点に注意を払っていて、後方から刃を向けられているとは思っていないようだった。


「じゃ、行きますか」


 音も無く木から滑り降りると、ティロは最後尾のオルド兵の後ろに忍び寄った。ここが予備隊であれば即座に戦闘になるところであるが、オルド兵はティロに気がつく様子がなかった。


(どうせ奴らもトーシロばっかりだ、剣だってやっと持ってる奴の方が多いんだろう?)


 ティロは後ろからオルド兵の口を塞ぎ、即座に心臓の辺りにナイフを突き立てる。オルド兵は何が起こったのかわからないまま絶命した。


(あと4人。これでどこまで行けるかな)


 2人目に成功したところで、後ろを振り返ったオルド兵に見つかった。


(ちっ、もっと上手くやらないとダメか)


 ナイフをしまうと右手で剣を抜き、オルド兵と対峙する。オルド兵は目の前で仲間を殺されたことでかなり動揺しているようだった。


「面倒くさいからいっぺんに来いよ」


 挑発の通りオルド兵たちは3人まとめて抜刀してティロに斬りかかってきた。


(手前2人は……問題外。もうひとりはおそらく小隊長、こいつはそれなりに出来る奴。こいつを先に片付けるか、それとも簡単なのを先に捌くか……)


 ティロは剣を受けながら先に小隊長を片付けることにした。邪魔な手前のオルド兵を蹴り飛ばすと、一気に小隊長の眼前に迫る。防御に入ろうとした小隊長の剣の切っ先にティロは思い切り剣を叩きつける。


「ぐっ!」


 見たことのない剣の動きに驚いた小隊長の隙をついて、ティロは更に剣の柄の方を叩く。驚いた小隊長が状況を理解する前にティロは小隊長の懐に潜り込み、素早く鳩尾に剣の柄を差し込むと小隊長は剣を落とした。


「小隊長!」


 後ろからオルド兵の悲鳴が聞こえたとき、既に小隊長の首には剣が深々と刺さっていた。


(あと2人!)


 ティロが振り返ると、1人は腰を抜かして起き上がることができず、もう1人は逃走を図っていた。


「ちっ、もう1人は無理だな」


 命の危機を感じて全力でその場から離脱していくオルド兵を追いかけるのは得策では無かった。


「仕方ねえな」


 ティロは動けなくなっているオルド兵を見る。


「あ、あああ……なんで、なんで」


 オルド兵は真っ青な顔でティロを見上げていた。目の前であっという間に同胞が殺された事実と、目の前の男が慈悲も無く人を殺していくことをオルド兵は受け止めきれずにいた。


「なんでって……命令だからな」


 ティロは剣をオルド兵に向ける。オルド兵はそれ以上何かを受け止める必要がなくなった。


***


 本陣に帰還したティロは真っ先にシンダー連隊長の下へ報告に向かった。


「報告します、今回の出撃でオルド軍の小隊3つ、計15人の撃破に成功しました」

「そうか、下がれ。次回は明後日だ。それまで休んでろ」


 シンダー連隊長はティロの方をろくに見なかった。


「それと、せめてその見苦しい格好をなんとかしろ」


 言われて、ティロは自分の格好を再度眺める。ぼさぼさで伸ばし放題の髪はともかく、山中に数日籠もっていたため泥だらけでオルド兵の返り血も浴びたままだった。


(なんだよ……頑張って仕事してるってのに……)


 ティロは一生懸命任務を遂行しているつもりだったが、全く褒めてもらえないことが不満であった。


(まあ……任務が成功すれば、少しは何かもらえるよな)


 ティロは幕の内から出ると、本陣の外へ出る。


(どうせ小隊のほうにいても、ろくなことがないからいいんだけどさ……)


 ティロはなるべく連隊長の部屋の外に控えているように言い渡されていたが、申し訳程度の庇があるだけの屋外を待機場所とされていた。


(せめて、本陣の中で休ませてくれたっていいじゃないか……)


 地面に横になると路上生活時代を思い出して胸の奥が痛くなったが、支給品の敷物があるだけマシだと自分に必死に言い聞かせる。


(これがあるからいいけどさ……)


 ティロは同じく支給品の箱を取り出す。中に入っているのは注射器と痛み止めだった。戦場で重傷を負った兵士へ使うものだったが、ティロは自分も心に傷を負っているから使ってもいいと自分に言い聞かせながら躊躇わず腕を顕わにすると針を突き立てる。


「姉さん……俺頑張ってるよ……頑張ってさあ、姉さんのところにまた行くからね……」


 たちどころに身体の感覚がすっと消えていく。ティロは地面で丸くなりながら、同じく地面の下にいるはずの姉を思い出していた。


「そしたらさ、俺のこと姉さんは見直してくれるかな……もうちっちゃい弟なんかじゃないからな……今度は俺が姉さんのこと守るから……」


 山中にいる間は一睡もできなかったティロはそのまま痛み止めに身を委ね、姉のことを考えながら束の間の休息に陥っていった。

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