連隊長

 ティロの所属する第17小隊は山中でオルド兵と遭遇していた。前方のオルド兵に気を取られている小隊の後ろには別のオルド兵の小隊が近づいていて、そのことに気がついているのはティロだけだった。


(畜生、挟み撃ちにされたじゃねえか)


 ティロはこっそり第17小隊の隊列から抜け出すと荷物を捨て、後方のオルド小隊の様子を探ることにした。


(人数は……7人か。遊撃部隊ってところだな、アホ面さげて歩いてる俺たちを見つけて追いかけてきたんだ)


 第17小隊は前方のオルド兵と臨戦態勢に入っている。ティロは小隊に戻るより、後ろからやってくるオルド兵をひとりで蹴散らすことにした。


(俺の方が高い位置にいる。これだけで俺が大分有利だ)


 オルド兵たちはティロを向こう側の部隊を見て逃げ出してきた兵だと思ったのか、未だに剣を抜かずに余裕を見せていた。


(奴ら俺が1人だからって慢心してやがるな)


 ティロは走り出すと撃破部隊の中に飛び込んだ。手始めに向こうが何か行動を起こす前に懐のナイフを抜き、先頭のオルド兵の首を突いて部隊の中に蹴り込んだ。一瞬のことで何が起こったのかわからない両脇のオルド兵の首もナイフで切りつける。


(これで3人!)


 ようやく事態を把握してオルド兵たちは剣を抜いた。ティロもナイフを捨てて右手で剣を抜くと、同時に襲いかかるオルド兵の剣を捌く。


(奴らすっかりビビってるな、腰がひけてる)


 太刀筋を見極めたティロは突然の凶行に怯えているオルド兵を1人、また1人と斬り捨てていった。オルド兵は躊躇なく急所に刃を突き立ててくるティロに戦慄し、その隙をティロは見逃さなかった。勝ち目がないと判断した1人が逃走したが、ティロは深追いをしなかった。


「剣を極める者……やられる前にやる!」


 その場には6人のオルド兵の遺体が転がっていた。ティロはナイフを拾って懐に収め、前方の部隊へ向かっていった第17小隊に追いつくことにした。


「確かこっちの方に登っていったはずなんだけど……?」


 ティロは第17小隊が消えていった方へ向かって走っていたが、その先は急激な下り坂になっていた。遥か向こうでリィア兵とオルド兵が小競り合いをしている様子が見えたが、リィア兵が不利のように見えた。


「今行くぞ!」


 ティロは斜面を駆け下りると、即座にリィア兵に加勢した。オルド兵の背後に回ると、ティロは念のために左手で剣を持ち、声を出す。


「来いよ、こっちにもいるぞ!」


 挟み撃ちにされたことでオルド兵に動揺が走ったが、相手は1人だと油断したオルド兵が2人近づいてきた。即座にティロは2人を斬り捨て、背後から残りのオルド兵に近づいていく。


「加勢助かる!」


 リィア兵の小隊は2人になっていた。背後に向かっていった2人がすぐに斬られたことに気がついたオルド兵の間に動揺が走り、その隙を突いてティロたちは残りのオルド兵を撃破した。


「はぁ、はぁ……助かった。礼を言う」


 ティロは今し方助けた小隊長と思われる将校の隊服を着た男の顔を見て、凍り付いた。それは第17小隊の隊長ではなかった。


「あ、あの……どちらの所属でしょうか?」

「我々は第28小隊だ。遊撃任務に当たっていたが、君は単独行動をしているのかね?」


 ティロは大いに焦った。完全に第17小隊を見失ってしまったことは命令違反の単独行動として処分されてもおかしくなかった。


「いえ、その……はぐれてしまって」

「はぐれた?」


 この山中では小隊での行動を原則としているため、何か叱責されても文句は言えなかった。しかし、戦闘中のことであれば多少は大目に見てもらえるかもしれないとティロは気楽に構えることにした。


「……わかった、我々も何人か隊員を失ってしまった。一度一緒に本陣へ帰還しよう」


 ティロは第28小隊長と隊員と一緒に、本陣へ帰還することになった。


「それにしても君は強いな。こんな小隊にいるのは何かの間違いだろう?」


 隊員の言葉に、ティロはぎくりとした。


「で、でも僕なんて、みんなの足手まといだし……」

「何の冗談を言ってるんだ、階級は?」

「……11等です」


 嘘をつくわけにも行かないので正直に答える。隊員は変な顔をして固まっていたが、小隊長は急に難しい顔になった。


「……11等で、単独行動していたのか?」


 小隊長は怪訝な顔でティロをじろじろと見る。


(ううう……そりゃ、まあ不自然にも程があるよな。でも俺だって好きで不自然に生きてる訳じゃないってのに……)


 気まずさに黙り込んでしまったティロを見て、小隊長は何かを感じ取ったようだった。

***


 山の麓の本陣に帰還したティロは、第28小隊長から何か言伝を頼まれた将校により、リィア軍の陣の一番奥へ連れて行かれた。


(何だよ、俺が一体何したって言うんだよ)


 そこには血と泥に塗れた隊服を着ている者はほぼなく、階級章を付けた執行部役員か、顧問部の作戦指揮官ばかりが集まっていた。


(叱られるにしても、こんな偉い人に叱られるのか? まさかエディアのことがバレたわけでもないと思うし……)


 命令違反に関して、補給部隊に引き渡されて上官に張り倒されるくらいかと思っていたティロは想像以上の待遇に内心怯え始めた。


「連隊長、例の人材を連れてきました」


 幕の内から現れたのは、第2連隊隊長のシンダー・ハンネスだった。オルド攻略の現場最高責任者の登場にティロは面食らった。


「例の……そうか、下がっていいぞ」


 将校が下がると、シンダー連隊長はティロをじっと眺めた。


「貴様、階級と所属を言え」

「あ……一般兵11等、第2連隊第17小隊所属、です……」


 何らかの不都合でものすごく叱られるものとばかり思っていたティロは俯いて答える。その様子を見てシンダー連隊長は更にティロに問いかける。


「11等だと? そんなんで出撃していたのか??」

「え、あ、あの……予備隊役を考慮されて、その……」

「予備隊役だと?」

「はい、一般兵での在軍歴は2年半なんですが、その……」


 ティロは、やはり自分に出撃命令が下るのがおかしいと思っていた。シンダー連隊長は難しい顔をしていたが、やがてにやりと笑った。


「面白い。お前、俺の下に来ないか?」

「はい?」


 思いがけない言葉をかけられ、ティロは目を丸くした。


「どうだ、お前の上には掛け合っておいてやるから」

「い、いいんですか!?」

「その代わり、俺の言うことだけを聞け。わかったな?」


 その瞬間、ティロの中で燻っていた何かがどこかに飛んでいった。


「はい!!」


 連隊長直々に目をかけてもらえるとは思わず、ティロはそれまで失っていたものを取り返せるかも知れないという思いで満ちあふれていた。

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