死神編

第1話 オルド攻略

使い捨て

 亡国エディアの王族であり剣聖の孫である、かつてジェイドと呼ばれた少年は一切を失い身を隠して生きていた。その後なんとか成人し、ティロ・キアンとしてリィア軍で生きているのか死んでいるのかわからない生活を送っていた。


 特務に上がることが出来ずに一般兵の身分になったティロは一介の警備隊員として勤務中は自分を極力殺して過ごし、非番時は鬱屈を晴らすように薬に頼っていた。最近は薬の他に酒と煙草を一緒にやるとよく効果が出ることに気がつき、金がないときは専ら安酒を飲んでいた。


 そんなティロを周囲は見ないように扱っていた。彼の出自がほぼ捨て子を意味するキアン姓であり、触法少年が入れられるという予備隊で過ごしたという事実が広まると誰もが彼から目を反らした。更に伸ばし放題の髪に人を寄せ付けない風体が余計に他人を遠ざけた。宿舎にいることがほとんどないティロを疑問視する声もあったが、関わり合いになりたくないという雰囲気の方が勝っていた。


 誰からも相手にされなくなると、ますますティロは孤立した。自身の気の毒な境遇を相談できるのは相変わらず頭の中の「友達」だけで、後は小ずるい詐欺や小金稼ぎの身売りで鬱憤を晴らしていた。たまに思い出したように剣の鍛錬は続けていたが、剣を持てば持つほどエディアや予備隊での生活を思い出してしまうため以前より積極的に剣を持つことはなくなっていた。


「おい予備隊野郎、いい知らせだ」


 ティロがやる気の無い早朝警邏から帰ってきてくると、にやけた警備隊長がいた。気がつけばティロの勤務は夜勤ばかりになっていた。勤務だけは文句を言わず確実にこなすティロは、次第に皆の嫌がる仕事を押しつけられ始めていた。


(なんだろう、死刑宣告かな)


 あまり働かない頭でティロは警備隊長から1枚の令状を受け取った。


「喜べ、オルドへの出兵が決まったぞ」


 それは来月招集される、オルド攻略の第2連隊に参加するよう書かれた招集令状だった。


「ええ? でも僕まだ2年しか経ってないんですけど……」

「お前は予備隊にいたんだ、在軍歴なら問題ないだろう」


 戦場に赴くのは一般兵なら在軍歴3年以上と決まっていた。厳密に言えばティロは一般兵になってから2年半しか経っていなかったが、予備隊役も加算されたため出兵命令が下されたようだった。


(何だよ、都合のいいときだけ予備隊を持ち出しやがって)


 内心毒づくが、ティロは黙って令状を見つめた。


 リィア軍が隣国に侵攻することをティロは大変によく思っていなかった。しかし、ビスキとエディアを落とした過去から国内ではオルドも手に入れるべきという声が高まっていた。


『オルドが落ちたら、次はクライオで半島統一ですかね』

『この機会にリィアの威光を知らしめないと』


 そんな声があちこちから聞こえてきたが、ティロは全て聞こえないふりをしていた。


 クライオ国はリィア国の西に位置し、なだらかな平地に広がる遺跡とそれに連なる研究施設、学問都市を中心としていて各国からの留学生や観光客を広く呼び込んでいた。オルド国はリィア国から西の半島の付け根の山間部にあり、半島を出て隣国へ行くために必ず通行しなければならなかった。山間部の盆地にある首都には大きな関所があり、そこに広大な市場があった。


(また不意打ちをやればオルドも落とせるんじゃないか? エディアみたいに……)


 一般兵になってから、ティロはエディアの災禍についての資料を探した。少しでもあの日に何があったのかを知りたかったが、一般人が閲覧できる資料はほとんどなかった。災禍について公開されている情報は、かつてティロが予備隊で読んだ「リィア戦記」が全てであった。


(全く好戦的なお国柄だよ、ここは)


 半島の北東側にある、一番広い領土を有するビスキ国をリィア国が占領したのが15年前、そして半島の西側の先端に位置していたエディア国を占領したのが10年前であった。

(ま、どうでもいいか。俺には関係ないし)


 リィア軍が他国に侵攻することに関して、ティロは何も考えないことにしていた。本当は思うことがたくさんあったが、考えるだけで胸が痛くなるような気がしてなるべく意識の外に追い出すことにしていた。どうしても辛いときは薬に頼った。薬はいつでもティロを裏切らなかった。


***


 翌月、第2連隊に招集されたティロはトリアス山へ向かう移動手段を見て血の気が引いた。


「自動車……」


 そこにあったのは最新式の大型軍用車であった。1車両の荷台に30人ほどを乗せ、オルドの国境まで向かうらしい。


「へえ、これはいいや」

「馬車より多く人が乗るなんてすごいな」


 次々と荷台に乗ってくつろぐ兵士に混ざって、ティロも荷台に積み込まれた。幌を被せてある荷台に多くの兵士が座り込み、それだけでティロは息が詰まりそうだった。


(で、でも馬車みたいに閉じ込められる感じはそれほどない、よな? )


 流れる冷や汗を感じながら、何とか大丈夫だと思い込もうとする。しかし、動き始めた車の揺れでその思い込みは完全に打ち砕かれた。


(何だこれ! 死ぬなんてもんじゃないぞ!)


 自動車の揺れに真っ青になって吐き気を堪えていると、隣から話し声が聞こえてきた。


「オルドまでどのくらいかかるんだ?」

「なんと明日の朝には着くらしい、技術の発展ってすごいな」 


 今までは馬で数日、更にこれだけの軍勢の大移動となると徒歩で何日もかかる道程だった。それを思えば、狭い荷台に押し込められていても十分楽であると他の兵士たちは考えていた。


「口を閉じておけ、舌を噛むぞ」


 自動車は馬車も通れない悪路でも平気で進んでいく。まるで早馬に乗ったような揺れに兵士たちはどよめく。その中で、自動車を降りてどうしても徒歩で行きたい兵士がいることなど誰も知る由もなかった。


(仕方ない。いざという時のためだと思ったけど、今がいざという時だ)


 懐に隠していた睡眠薬の瓶を開け、とにかく口に入れた。


(嫌だ、戦って死ぬのはまだいい、でもこんなところで死にたくない……)


 荷台で揺れながら、ティロは意識を失うまでの時間が非常に長いと感じていた。姉の指輪に触れながら、常に懐と足元に忍ばせているナイフの存在に思いを馳せる。


(なんで俺、こんなのがダメなんだろう……本当に情けないな、やっぱり欠陥品なんだ、早く死にたいな)


 このまま目が覚めなければいいのに、と毎度目を閉じるたびに願っていた。しかし、その願いが叶うことはなかった。

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