不眠仲間

 予備隊に入っても閉所恐怖症と不眠症は全く克服できず、その夜ティロは全く寝付けずにいた。三段ベッドの一段に三人詰め込まれる寝室は息苦しく、ティロにとっては耐えがたい場所であった。夜ごとに抜け出すことを他の予備生も知っているため、起こされることを嫌がって常にティロを一番下の段の通路側に配置していた。頃合いを見て外へ行こうかと思っていると、しくしくと泣き声が聞こえてきた。


(また新しい子だな……)


 新人がベッドの中で泣いているのはよくあることだった。予備隊に入れられるということは子供の中では死刑宣告の一歩手前であり、ここから追い出されると言うことは完全に社会の中で居場所を失うということだった。そしてその子供がどうなるかということをティロたちは知らされていない。知りたくもなかった。


(まあ、そのうちここにも慣れるだろう)


 他の予備生が全員寝付いた頃を見計らってティロは外へ出た。泣き声は気になったが、数日もすれば泣き声は止むと思った。大体は環境の変化で泣いていることが多い。放っておいても構わないとそのときティロは思っていた。


***


 ティロは楽観視していたが、一週間が経っても夜の泣き声は止まらなかった。


(こう毎晩だと、こっちまで気が滅入るよな……)


 ティロは思い切って泣き声の主を探すことにした。大抵新入りは三段ベッドの一番上の狭い場所に追いやられているはずだった。梯子を登って辺りを探ると早速泣いている少女を見つけた。


(そう言えば女の子だったな……こんなところに入れられて可哀想に)


 自分の境遇を忘れて一瞬少女に同情してしまった。女子も珍しい存在ではなく、10歳までは男子と同じように過ごすことになっていた。昼間の訓練ですっかり疲れ切っている他の予備生は熟睡しているようだった。少女のそばまで近寄ると、驚いた少女が飛び起きた。


「そんなに泣くなよ、こっちまで嫌になるだろ」

「ごめんなさい……」


 少女はしゃくり上げながらティロを見た。叱られると思ったのか、酷く怯えているようだった。


「謝らなくてもいいけどさ、それより一緒においでよ」

「え……?」


 思いのほか優しい申し出に、少女は戸惑ったようだった。


「嫌いなんだよね、女の子が泣いてるの」


 ティロはそう声をかけるとさっさと梯子を降りていった。それは特に考えもせず、本心から出た言葉だった。誰かが泣いている声というのは誰もが不快であるが、ティロは特に子供の泣き声を嫌っていた。何故かはよくわからなかったが、異様に惨めな頃の自分を思い出すからではないかと本人の中では思っていた。


「あの……」


 梯子を降りてきた少女は寝室を出たティロについてきた。少女にとってこの得体の知れない少年がどういうつもりなのかさっぱりわからなかった。ティロは少女を宿舎の裏側に連れて行くと、夜間の定位置にしている場所へ座らせた。


「あのさ、まあここの居心地が非常によくないのはよくわかるよ。でもさ、そう毎晩毎晩泣いてると気になってさ」


 ティロは予備隊に流れ着いたばかりのときを思い出していた。聞けば集団生活が困難と見なされてしばらく隔離されるということはほぼないことらしい。大体は有無を言わさずこのよくわからない少年たちの群れに放り込まれて、その中で何とか生きていかなければならない。


(あの時の俺の特別扱いは一体何だったんだろうな……)


 教官のクロノからは「調書と連行してきた数日の様子を見て」と言われていたが、一体自分の何がそこまで至らなかったのかはよくわからなかった。


「あの……その……ごめんなさい」


 少女は小さくなって謝罪の言葉を口にした。


「だから何で謝るの?」

「だって……怒ってるんでしょう? 私がうるさいから……」

「怒ってるって? そんなことないよ」


 少女はこの謎の少年の言うことが信用ならなかった。今にも殴られてしまうのではないかと身構えていたが、思いがけず謎の少年は少女の隣に腰を下ろすと一人で話し始めた。


「でも毎晩毎晩泣いてるからさ。ここに入れられて泣かない子なんてあんまりいないけど、君は泣きすぎ。泣いてたっていいことないし、諦めて毎日訓練に励むだけだよ?」

「違うの、ここが嫌で泣いてるわけじゃないの……」

「どうして?」

「夜が怖いの……怖くて、眠れなくて、それで……」


 ティロは少女を観察した。予備隊に入れられる女子がどういう環境にいたのかというのは何となく察しがついていた。


(きっと夜になるとひどく追い詰められて、他人に危害を加えてるんだろうな。僕みたいに)


「眠れないの?」

「うん……もうずっと、ちゃんと夜に寝てないの……」

「なんだ、じゃあ僕と同じだ。僕も眠れなくてよく星を見に来るんだ」


 眠れない仲間が出来たと思うと、ティロは何だか急に嬉しくなった。


「僕は32番のティロ。君は?」

「私は、41番のリオです……あの」

「どうした? 予備隊で何か困ってることはあるの?」

「そう言われると……全部です」

「全部かあ……確かに、全部困るよなあ。困ってなかったらこんなところ来てないってね」


 何とかリオと会話と試みていると、ようやくリオの顔から涙が消えた。昔の話はお互いによくなさそうだったので、何とか予備隊の生活の中から彼女が笑顔になりそうな話をひねり出す。


「そうだね、僕も最初に入れられた時は随分いじめられたけどね。僕をいじめてた奴は大抵いなくなった。反対に、いじめに加わらなかった奴らは大体残ってる。そういうところだよ、ここは」

「ティロさんでもいじめられたんですか?」

「誰だって最初はそんなもんだよ。でも君をいじめる奴がいたら、僕に言ってくれよ。剣……女性と子供には優しくするっていうのが僕の信条なんだ」

「信条……すごいものを持ってるんですね」

「そんな大した物じゃないよ。ただ信じてるものがあるってだけ」


 深夜の独り言の定位置ということで思わず祖父であるエディアの剣聖デイノ・カランの剣術指南を口走りそうになったが、何とか誤魔化すことができた。リオはすっかりティロに気を許したようだった。これにはすっかりティロもいい気になっていた。

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