自分会議(鍛錬)

 相変わらず眠れないティロは、それからしばらくリオと深夜の密会を続けていた。リオも少しずつ予備隊に馴染み始め、夜の会話にも笑顔が次第に増えていった。


「例えば、相手がこっちに回り込んできたとして見るべきは相手の剣先よりも視線なんだ」

「視線?」

「そう、どこへ剣を撃ち込むかを考えている視線。剣先は小手先ひとつで進行方向を変えられるけど、視線をはずすっていうのはなかなか難しいんだ。滅多にできるもんじゃない」


(まあ俺は視線はずしくらいはやるけどね)


 ミルザムと鍛錬で互いによく視線はずしの練習をしたことを思い出す。


「ふうん……じゃあ、相手を見ていればいいんですか?」

「それと同時に剣先も見ていないと防御が取れない」

「え、それじゃあどっちを見ればいいんですか?」

「どっちもだ」

「えええ……剣技って難しいですね」


 予備隊では女子でも男子と変わらない訓練を行う。多少の体格差は考慮されるが、それでも厳しい訓練であることに変わりはなかった。リオも剣を持たされて戸惑いはあったが、ティロの的確な指導で少しずつ上達の兆しを見せていた。


「どうしてティロさんはそんなに剣が上手なんですか?」

「上手なんかじゃないよ、僕は剣が好きなだけだよ」


 女の子に褒められてティロも悪い気はしなかった。


 それから調子にのってずっと剣技の話をしていた。リィアの型が他よりも優れている箇所についてや持ち方による打撃力の違い、それから一対多を相手とする際の心得などを延々と話し続けた。大体は予備隊に置かれている剣技の教本などに書いてあることだったが、中には祖父や父からの教えも入っていた。リオと話しているようで、剣技の話を思い切りすることで父と話をしているような気分になった。


***


 予備隊に入って日の浅い者は消えていく可能性があるため、女の子であってもあまり相手にされないものだった。夜に泣いているようなリオもそのうちいなくなるだろうと教官も含め周囲は全員そう思っていた。


 しかしリオは立派に訓練に耐え、更に剣技に関してもティロの夜間指導のおかげですぐに同輩の男子の中でも遜色ない域に上達した。中でもリオの記憶力は卓越したものがあり、座学において非常に優秀な成績を納めていた。そうやって予備隊での生活に慣れ、更に周囲から認められていくことでリオの夜泣きも落ち着いていった。


「結局またひとりか……寂しいな」


 夜に話し相手が出来たと思って舞い上がっていたティロだったが、最近リオは他の予備生と同じように眠ることが出来るようになっていた。相変わらずひとりで星を眺めているのは寂しいけれども、気兼ねなく「友達」と話せる時間が確保できたことはティロにとって大事なことであった。


(大丈夫、僕らがいるじゃないか)


「そうだけど、夜に別の誰かと話しているっていうのが嬉しかった」


(夜限定なのか?)


「うん。だって夜ってみんな寝ていて、俺だけ仲間はずれになった気分になる。それに昼間はいろいろ忙しいからエディアのこと思い出さなくていい。夜にひとりになると……つらいよ」


(つらいんだ)


「うん、つらい。つらいから、別のことを話そうか。例えば、訓練のこととか」


(訓練はもういいじゃない)


「そうだね、何か楽しい話はないかな、楽しい話、楽しい話……」


(ないね)

(ないな)


「うん、なーんにもない」


(じゃあ、今したいことは?)


「したいこと、か……とりあえず頑張ってリィアの特務になって、災禍について調べたい。そのために今は死ぬ気で訓練についていく。そうでないとあの事故で死んでいった人たちが浮かばれないよ」


(じゃあ今、君はエディアの希望の星なんだね)


「へへ、そう言えばそうなのかもな。ただのこそ泥で汚いガキの俺をリィアは拾っただけだと思ってるんだろうな。それで従順な振りをして、内部からリィア軍も王家もぶっ潰してやる。それが今のところの俺の望み、かな」


 呟いたところで、慌てて周囲を見渡す。幸い誰もそばにはいないようだった。


「……つまり、今は一生懸命訓練に励んで立派な特務になりたいわけだ。こうしている時間も鍛錬に使いたいな」


 思い立ったらじっとしていられず、そっと修練場まで行くと扉に鍵はかかっていなかった。


「やった、これで夜も鍛錬できるかもしれないぞ」


 壁にかけてある模擬刀を取ると、久しぶりに右手で剣を振った。


「やっぱり右の方がしっくりくる。これはきっとエディアのジェイドの剣だ」


 剣を左手に持ち替えて振る。右手には劣ったが、それなりの鋭い剣撃を出せるようになっていた。


「そして、こっちはリィアのティロの剣」


 そう呟いて、災禍で死んだと思われる少年のことが頭を過った。


(本物のティロはどうなったんだろうね)

(万が一、生きてたら俺のことどう思うんだろう)


「あの港にいて、それであの時期までお母さんに探されてるってことは……何度考えてもそういうことだって思う。だけど、汚いこそ泥に名前を使われて怒ってるだろうな。いつか機会があれば、詫びに行かないと」


(誰に?)


「ティロ本人と……あと、ティロのお母さん」


(そうだな、俺たちはあの時あの人が来なかったらどうなってたんだろう)


「どうにもなってないよ。そのまま、あそこでそのままだ」


 左手で剣を持ち、虚空に剣を振る。未だにどこかで泣いていそうなティロの母には感謝をしてもしきれない。


「だから俺は、ティロの分まで生きなきゃいけない。こんなところでくたばっていられるか」


 剣を持つ手に力が入るが、様々な感情が入り乱れて鍛錬に集中が出来なくなった。模擬刀を置いて一度修練場から出ると、裏庭の定位置に戻ってきて少し泣いた。この涙はジェイドの涙ではなく災禍で死んだティロの涙なのだと思うことにした。

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