醜態
何とか予備隊での生活に馴染もうとはしたが、新人ゆえの嫌がらせが続いていた。
(面倒くさいからはやく止めてほしいんだけどな)
その日は休養日だった。雨上がりの庭に放り出された着替えを取りに行きながら鬱々とした気分になっていた。
(どうすればいいのかな、今更こんなことしてくる奴らと仲良くなんかしたくない)
こんな生活がしばらく続くのかと思うと、うんざりしてきた。泥だらけの服を拾うと、時に追い剥ぎもして惨めだった路上生活を思い出してしまう。
(どうせ犯罪者の寄せ集めなんだ、ここは。みんな性根が腐ってるんだ)
そんな性根の腐った連中の中に入れられたことが悲しかった。
(でも、俺もそのひとりだ。頭がおかしくて、人とまともに喋れないゴミだ)
とぼとぼと宿舎の中を歩いていると、休憩室で他の予備生たちが仲良く話をしているのが見えた。
そもそも、今までもそれほど同じ歳頃のたくさんの子供たちと一斉に過ごすことはなかった。剣技の稽古は基本的に家で父や叔父に見てもらうことがほとんどで、たまに祖父のところに泊まりがけで特訓に行くこともあった。公開稽古でもいち早く年上の部に混ざっていたし、勉強や作法は基本的に家で姉や家庭教師に見てもらっていた。特に読み書きについては「これからカラン家を背負う者としてしっかりしないとダメだ」と姉からかなり厳しく仕込まれていた。
そのせいか、集団生活においてどうしても気後れしてしまうところがあった。皆で一斉に行動するような場面では合わせていくのがやっとで、周囲を気遣う余裕はなかった。特に爪弾きにされているような状態では、なおさら集団と距離を取りたくなった。
(どうせ俺には関係ないし)
部屋に帰るためには、どうしても休憩室の前を通らなければならなかった。見つからないように気配を隠して歩いたが、あえなく見つかってしまった。
「ようチビ、どこ行くんだ?」
(うるせえな、チビで悪かったな!)
元から背が低いことを気にしていたが、名を名乗れないでいることで勝手に「チビ」と呼ばれることに納得がいかなかった。しかし、名乗れない自分が悪いのでそこはどうしようもないことだった。
「どうせ暇なんだろ、ちょっと遊んでいけよ」
そのまま大勢に休憩室に連れ込まれた。抵抗したかったが、「懲罰房」という言葉が全ての動きを封じていた。多くの予備生はこの抵抗しない玩具でいかに遊ぶかということを考えているようだった。
「そうだ、ここに入っていてもらおうぜ」
「次の訓練終わるまで出てくるんじゃねえぞ」
そう言って部屋の隅の雑多な用具をしまうロッカーの扉を開けるのを見た瞬間、一気に冷や汗が吹き出した。
(ちょっと待て! それはダメ、絶対ダメ!)
恐怖で凍り付き、抵抗もできないまま両脇を抱えられてロッカーに放り込まれた。すぐに扉を押さえつけられ、中に閉じ込められる。懲罰房のことを考えていたこともあり、頭の中は一気に死の恐怖に染まった。
気がつくと休憩室の真ん中で倒れていた。多くの予備生がこちらを遠巻きに見ていた。その顔は一様に凍り付いて、憐れみのようなものを感じた。
「……大丈夫か?」
そのうちの1人が声をかけてきたが、無言で起き上がると休憩室を飛び出した。
(何だよ、同情なんかいらないんだよ。誰が俺をこんな目に合わせたと思ってるんだ)
いじめられていることも悲しかったが、それ以上にロッカーに閉じ込められただけで意識をなくす自分がひどく恥ずかしかった。おそらくみっともなく暴れているところを見られたのだと思うと、彼らからひどく蔑まれているだろうと思った。
(このまま何もかも全部消えて、なくなればいいのに)
ふと煙草が欲しくて欲しくてたまらなくなった。しかし、予備隊にいて煙草が手に入るとも思えなかった。
***
ロッカーに閉じ込められてから、少し周囲の空気が変わった気がした。
(どうせ俺のこと本格的に頭がおかしいって思い始めたんだよな)
ロッカーに放り込まれただけで呼吸困難を起こすほど暴れて意識をなくすという醜態をさらして、皆が一斉に馬鹿にしていると感じた。
(いいんだ、どうせ俺はもう頭がおかしいし、一生ひとりぼっちだし)
大勢の子供がいるのに、どうしてもひとりぼっちであるという感覚は消えなかった。その分、ますます剣技の鍛錬だけに心は向かった。
「いいぞ、32番。筋がいいな」
教官に褒められて、その日は少し気分が弾んでいた。そのせいか、少し油断をしてしまったところがあった。
「おい、調子に乗ってんじゃねえぞ」
修練場の片付けが終わったところで、後ろから数人に押さえつけられた。既に修練場に教官の姿はなかった。
「な、なにしやがる!」
「うるせえ!」
そのまま再び修練場に設置されているロッカーに閉じ込められた。今度はかなり長く閉じ込められた。あまりにも長く襲いかかる死の恐怖に、一瞬姉の幻覚を見たような気もした。
(姉さん、僕死んじゃうのかな……)
それから、ロッカーの外で完全に伸びているところを別の予備生に起こしてもらった。既に閉じ込めた予備生はいなくなっていた。何があったのかはよく覚えていなかったが、吐瀉物にまみれた服から嫌な想像しかできなかった。
(決めた。次はない)
どうせどこかに閉じ込められて気絶するなら、懲罰房もロッカーも変わらなかった。腹を決めると、気持ちが幾分か落ち着く気がした。
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