第4話 特務予備隊

入隊

 特務のクロノによってビスキからリィアの首都へ連行されると、早速大きな建物に連れてこられた。


(何だろうここ……高い塀に囲まれてる。孤児院にしては、なんか広いな)


 建物には自分と同じ鼠色の服の子供たちがいた。子供たちはこちらを見て口々に何かを言っているようだった。


(俺もあの中に入って生活するってことなんだろうな……)


 エディアにいたときも、親のない子供が暮らす施設のことは知っているつもりだった。それでもいざ自分がそういう立場になると惨めさと面白くなさが全面に降りかかってくる。


(いや、でもひとりで強盗してるよりマシだって思わないと)


 路上にいたときはそこまで考えることはできなかったが、子供のうちから名前を明かさずに隠れて暮らすということはあまりにも無謀であった。


(もっとひどい怪我とか病気をしていたら、俺は一体どうなっていたんだろう……いや、そもそも強盗なんかやっちゃダメなんだよ。何やってたんだ俺は)


 他の子供たちを見たことで、自分がやってきたことを思い出してひどく恥ずかしくなった。煙草欲しさに多くの人を傷つけてきたというだけでも恥ずかしかったが、カラン家の次期当主として立派に育てられてきたはずの自分がそこまで落ちぶれてしまったことも恥ずかしさに拍車をかけていた。


(もう嫌だな……もう誰にも合わせる顔がない。俺の人生ここで終わるんだ)


 鬱々と身の上を案じながらクロノの後について階段を上っていると、この施設そのものについて疑問が生まれた。


(でも、一体何故ここに連れてこられたんだ? 特務は行方不明になった俺を捕まえに来たんじゃないってことだよな。それに、俺ひとりこんなところへ連れて来る必要ってなんだ?)


 わざわざ特務がやってきたのは、最初こそエディア王家の生き残りである自分を捕まえるためではないかと思っていた。しかし、それならこんな立派な施設にはるばるビスキから引っ張って来る必要は全くない。一体これからどうなるのか検討もつかなかった。

 それでもまだ処刑される可能性がなくなったわけではないので、怯えながら施設内をクロノに連れられて歩いた。クロノは「面談室」と書かれた部屋の扉を開けた。そこは椅子と机があるだけの、警備隊員を刺して連れてこられた小さな部屋によく似た部屋だった。


「さて、やっと着いた。長かったわね」


 部屋に置かれていた椅子に座ると、前置きもなくクロノが話し始めた。


「ここはリィア軍の特殊任務部隊、特務の候補生を育てる部隊。特務予備隊よ」


 先ほど見かけた、自分と同じ色の服を着た子供たちを思い出した。


(なるほど、未来の特務候補生って奴か……ってことは?)


「私はここの教官を務めているの。あなたにはこれから特殊な訓練を受けてもらって、特務に所属できるかどうか適性を図るから、せいぜい頑張りなさい」


(俺がリィアの特務に!? 冗談じゃない!!)


 それを聞いて全身の毛が逆立つほどの衝撃を受けた。実質エディアを滅ぼしたリィア軍の所属になるなど、おおよそ考えられることではなかった。


(なんで俺があんな鼠みたいな仕事をしなくちゃいけないんだ!?)


 路上でリィアの特務を見かけたときは、その一分も隙を見せない姿勢に惚れ惚れとした。しかし、やっていることは革命家の取り締まりと拷問で仲間の名前を聞き出すこと、そして粛正という名の処刑ということは知っていた。その特務の仲間になるということを考えるだけで、カラン家の次期当主としての誇りが全部打ち砕かれたような気分になった。


「驚いているようね。しかし、あなたに拒否権はないの」


 内心で憤慨していることに気付いているのかいないのか、構わずクロノは続ける。


「どんな事情があったのか知らないけれど、大事な市民を傷つけた罪滅ぼしのためにあなた自身で軍に奉公しなさい。適性がないと判断された場合は、それなりの進路が用意されているけれどおすすめはしないわ」


(でも……それを言われると確かに、俺は立派な犯罪者だからな)


 既にカラン家の次期当主ではない自分の身の上を嘆くのと同時に、ようやく自分がエディアの王族であることがばれていないことに確信を持てた。クロノからはただの犯罪者の子供として扱われているのだとわかると、かなり胸の内が軽くなった。


「ここは子供しかいないけれど、軍内部と同じと思って頂戴。逃亡、規律違反、その他そういったものは厳しく罰します。あなたの場合、懲罰房に入りたくなかったらおとなしく命令に従うことね」


 懲罰房と聞くと、詳細を聞かなくてもろくでもないものであることは容易に想像が出来る。


(何だよ、本当に訓練を受けるしかないんじゃないか……)


 すぐに処刑されることがないことがわかって安堵はしたが、このままリィアの特務になるための訓練を受けることは心底嫌だった。


「集団生活になるから、自分勝手な行動は慎むこと。生活態度も適性の判断の材料にされるから、生き残りたかったら行儀良く振る舞いなさい」


(生き残りたかったらって……そんな大げさな)


「もちろん、剣技や体術の腕前も適性に加算されるからしっかり励むこと」


(け、剣技だって!?)


 その一言でもやもやと淀んでいた心が一気に明るくなったような気がした。


「以上がここの概要よ。質問等は受け付けないわ。調書とここ数日の様子を見る限り、あなたにいきなり集団生活は難しいでしょうから、訓練から徐々に参加して馴染んでいきなさい。返事は……って、あなたは話せなかったわね。その声が出せないのも早くなんとかしないと、ね」


 後半のクロノ教官の声は半分くらい耳に入っていなかった。


(剣技、剣技ができるのか……そりゃ軍だものな、剣技くらいするか。もしかして、おとなしくここにいたら、剣技がまた出来るのかな……しかも思いっきり!)


 まともに剣を握ることはとっくに諦めていた。しかし、ここで剣技が出来るというだけで処刑されるのではという心配が吹き飛んでしまった。それまでずっと死んでいるようだと思っていたが、生き返ってもいいと言われたように感じられた。

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