死んだつもり
リィアの特務予備隊に連れてこられ、再び剣を握ることが出来ると聞いて死んだような心が弾み始めたところだった。クロノは立ち上がると面談室の扉を開けた。
「それじゃあ、さっそく初等の剣技の訓練に行きましょうか。もう適性の判断は始まってると思いなさい」
(初等の訓練だって!?)
久しぶりの肩慣らしと意気込んでいた矢先に、思いがけない障壁が立ち塞がった。
(しまった、ここで思いっきり剣を振れば、俺の正体がばれてしまうかもしれない。ここは周りに合わせた動きをしないと……)
剣技と聞いて舞い上がった頭に冷や水をかけられたようだった。出来ないことを出来るようにするよりも、出来ることが出来ないという振りをする方が何倍も難しいことのように感じた。
「今は全体訓練の時間じゃないから、ゆっくり持ち方から指導するわ」
クロノの後に続いて部屋を出た。何食わぬ顔をしているように見せかけて、頭の中はせわしなく今後の方針についてぐるぐる巡っていた。
(とりあえず設定としては、剣技が得意な誰かに少しだけ習って、握り方と素振りくらいはちょっと理解していたくらいにしておこう。そうだな……路上のチャンバラ、そこに元軍人の剣が得意な爺さんが入ってきたくらいの奴にしよう。そうなると、えーと、どういう持ち方になるんだ?)
エディアにいた頃よく見かけた光景を思い出した。誰かに何かを聞かれたときのために、剣技についてはよく設定を考えた。全く剣も持ったことがないというのは流石に不自然だと思ったため、基本的な持ち方くらいは出来ることにした。
(エディアの型、特に父さんの型は絶対出さないようにしないと……親衛隊長の息子だなんてバレたら一巻の終わりだ)
ふと「基本の型をもっとしっかり体にたたき込め」という父の言葉を思い出した。
(もう剣技に関しては一回死んだものとして、リィアの型を一から真面目に習って忠実に体にたたき込むしかない。それはもう、俺が生き残るための必須の条件だ)
まだ剣も握っていないのに、まるで見えない相手と試合をしているように思えた。
(他の体術とか集団生活とかそういうのは……まあ、何とかなるだろう。とにかく、剣技に関しては細心の注意を払わないとやってられないな……他の子の様子も見ながら、少しずつ元に戻していこう)
クロノの後をついて歩きながら、左手を意識する。普通に動かせるくらいには回復していたが、怪我をしている間に随分と動かし方を忘れてしまったようにも思えた。
(とにかく素人のふりをするんだ。どうしようかな……とりあえず、左手で握ってみよう。肩の怪我もあったし、左手でも剣技ができるなら俺も強くなれるしな、修行だと思うしかない)
これ以降、人前では左手で剣を持つ覚悟を決めた。クロノは修練場の扉を開け、中へ入っていく。
(わぁ……いい修練場だな。こんなところで毎日鍛錬できるのか)
壁に掛けられた模擬刀や修練場独特の雰囲気はエディアのものとほとんど変わらなかった。クロノは模擬刀の中から一番軽くて扱いやすそうなものを選んで持ってきた。
「はい、これが模擬刀よ。剣は持ったことあるかしら?」
一度だけ頷いて、模擬刀を受け取る。初めて握るリィアの剣であったはずなのに、不思議と懐かしさを感じた。
(剣だ……また、剣を握ることが出来たんだ……)
手に染みついた持ち方では怪しまれると思い、自主鍛錬で相手をした小さい子供たちが持つ剣の持ち方を必死で思い出して「実演」した。左手で剣を持つと、クロノに修正されそうになった。しかし右手で持って素振りをすればただ者ではないことがすぐにバレてしまうと思い、なんとか左手で持つことだけは譲らなかった。
「それじゃあ、まずは正式な握り方から始めましょうか」
「はい」
(あれ、今、返事できた?)
自分でも驚いた。あれほどまでに塞がっていた喉の蓋が剣技について考えているうちにどこかに行ってしまったようだった。
「あら、あなた返事できたのね。よかったじゃない、その調子で剣の握り方を覚えましょうか」
クロノに促されるまま、左手の持ち方でぎこちなく素振りをする。ほとんど初めて剣を持つような感覚を体に叩き込まないといけない。それが出来なければ、最悪死が待っている。必死で今まで見てきた素人の素振りの「実演」を続けた。
(そうか……俺、剣がないとやっぱりダメなんだな……)
素人の素振りのふりをしながらぼんやりとそんなことを考えた。
(剣が俺をまともにしてくれるんだ……俺は剣に助けられたんだ……)
余計な感慨にふけっていたせいか、その剣はますます素人の素振りに見られた。ただ、あの日全部失ったと思っていた何かが少し取り戻せたような、そんな気がした。
「初めてにしてはなかなか上手じゃない。変な持ち方だけど、適性は今のところ合格よ」
(そりゃあ……初めてじゃないしな……)
素振りに関してはエディアもリィアもそれほど変わりないと思った。素振り等の基本的な部分は大体どこでも似ているのかもしれない。
「それでは、あなたは今日から32番よ」
クロノは「32」と書かれた認識票を首にぶら下げさせた。
「訓練は全員番号で管理されるから、自分の番号をしっかり覚えなさい。わかったかしら、32番?」
認識票は金属製で、それは首に噛みついてここから逃さないようにしている枷にも思えた。それよりも番号ではあるが新しい名前をもらったことが何よりも嬉しかった。
「……はい!」
しっかりクロノの顔を見て声が出せた。あの日以来、久しぶりにしっかり呼吸ができた気がした。
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