取り調べ
警備隊員を刺してしまったことで取り押さえられ、そのおかげで3日ぶりに食事にはありつけたが今後のことを考えると不安はまるで消えなかった。
(これから俺はどうなるんだろう……)
(よく考えればかなり無茶なことをやったね)
何があったのか思い出せるだけ思い出してみたが、やはり自分が警備隊員を刺してしまったことは間違いのないことだった。それから逃げようとしたが、もう一人いた警備隊員に腕を掴まれ、その警備隊員にもナイフを突き立ててしまった。その後ナイフから手を放してしまい、その隙に一発殴られて転がったところを通行人たちに取り押さえられたのだった。それから応援の警備隊員たちが来て、手錠をかけられたのだった。
(思いっきり刺しちゃったしな……)
急所は外したと思うが、2人目の警備隊員に関しては自信がない。最悪怪我の容態が悪ければ命に関わることになる。そうすれば、白昼堂々人殺しをしたことになってしまう。
(よくて死刑、悪くて死刑かな)
(どっちみち死ぬんだ)
(だって生きていたって仕方なくないか?)
(もういっそ終わりにしてくれないかな)
これ以上状況が良くなることも想像できなかったが、悪くなることも想像できなかった。全てがどん底で残された道は死のみであるとすら思えた。
(でも、死ぬのは嫌だ。もう死にたくない)
生きていたくないけれど、死ぬのも嫌だという感情からどう逃げればいいのかわからなくなっていた。
「疲れているなら眠ってもいいんだぞ」
(眠れるならとっくに眠ってるよ、こんな状況で眠れるはずがないだろ!)
先ほどから監視を続けている男を睨み付けるが、こちらの考えていることはあまり伝わったようではなかった。
(眠りたいよ、眠りたいんだよこっちだって! でも出来ないんだよ!)
激しい怒りがこみ上げてきたが、暴れれば事態を悪化させるだけだということはすぐに理解できた。
(ああ欲しいな、欲しいな。頭と胸の痛いのを取ってくれる奴。何でもいいよ、煙草でも睡眠薬でも痛み止めでも。はやく楽になりたい。いっそ殺してくれ)
少し気絶できたが、気休め程度の気絶で頭は完全にすっきりしていなかった。もっと深く休みたいと願ったが、男に監視されていては落ち着いて横になることもできない。少しでも男の視線から逃れたくて顔を反らした。どうにもならない怒りと今すぐにでも消えてしまいたいほどの羞恥、その他諸々の絶望を一気に消してくれる薬への激しい渇望が胸の中で渦巻いていた。
(どうせ死ぬんだ。処刑するならせめて痛み止めくれないかな。痛いのはもう嫌だ)
正式に処刑されることが決まったら、何とかそう伝えてみようと思った。限界まで痛み止めを身体に入れれば、死の恐怖すら克服できそうだった。
(それか睡眠薬で眠っている間に殺してほしいな。眠っている間に死ねるなんて幸せだ)
思考はどんどん良くない方へ向かっていた。いつの間にかもう死刑が確定したものだと思い込んでいた。死ぬのは怖かったが、姉の指輪を服の上から握ってもう少しで姉や父の元へ行けると思い込むことにした。
***
しばらくすると、男に再び手錠をかけられ先ほど縛り付けられていた部屋に戻された。また椅子に縛られるのかと身構えたが、今度は手錠だけで許されたようだった。
「いいか、答えたくないことには無理に答える必要はないから、ゆっくり考えて返答してくれ」
(そうは言っても何を言っていいのかわかんないし、声も出ないんだけどな)
「最近鞄の紐を切って持って行く強盗が出ているという話だが、それはお前で間違いないか?」
急に核心をついたような話をされて、すっかり死刑宣告を受けた気分になった。
(間違いない。嘘をついても仕方ないし、どうせ黙っていても死ぬんだ)
とりあえず頷いた。どうせ死ぬのだからどう答えても一緒だろうと、全てがどうでもよくなっていた。
「この辺りだけじゃなくて半年前くらいから同じ手口の強盗がいるんだが、それもお前が全部やったのか?」
男は地図を取り出し、被害のあった場所や被害者の様子を伝えてきた。地名は一切わからなかったし、被害者も全く覚えていなかった。
(多分、全部俺だ。いちいち覚えてないけど、多分、そうだ)
聞かれたことにはとりあえず全て頷いた。この中の何件かが別人の犯行だとしても、代わりに罪を背負えるならそれはそれでいいことになるのではと自棄になっていた。一通り質問が終わってから再び筆記具を渡された。
(もういいよ、さっさと殺してくれよ)
紙に「どうせ殺すくせに」と書き殴って男に渡した。男は困ったような声で応える。
「殺しはしない。盗みはいけないことだが、殺すまでのことじゃない」
その言葉を聞いて、すっかり殺されると身構えていた気持ちがするすると解けていくような心持ちになった。
(……そうか、奴ら、俺がただの強盗だと思ってるんだ。まさかエディアの王族の生き残りがこんなところにいるなんて思ってないんだ。よく考えれば当たり前だ)
そう思うと、不思議と心が軽くなった。
「ここでは誰もお前を傷つけるようなことはしない。だから安心して何でも話せるようになることが立ち直りの第一歩だ。何か欲しいものはあるか?」
(欲しいもの、か……)
改めて男に問われて考えると欲しいものばかりだった。家族、名前、家、安定した食事、服、安心して話せる大人、そして痛み止めと安定した睡眠。できれば友達や犬、剣技が出来る場所も欲しい。
(一番現実的なのは……)
紙に「睡眠薬」と書いて渡した。おそらく一番簡単に手に入って楽になれるものだと思った。受け取った男は苦笑いを浮かべると、部屋を出て行ってしまった。
(はやく楽になりたいだけなんだけどな……)
ひとり部屋に残されて、惨めな気分だけがぐるぐると身体のどこかに溜まっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます